ワッフル

 あむ、と勢い良くワッフルを口の中に入れる。濃厚なホイップクリームに絡まる少し苦くて甘いチョコレート。一口食べるごとに伝わる生地のふわっふわとした柔らかさ。

「ン〜〜!美味しい!」

 放課後、部活前のおやつとしては最高な一品である。六時間目の授業が終わると小腹が空いて頭が回らないのにも関わらず、部活は文芸部。読書をしたり小説を書いたり課題をしたり。ともかく頭を使うのだ。つまり糖分が必須というわけ。甘いものがなくちゃ頭は働かないだから。というわけで今日のおやつは小腹も満たしてくれるうえに糖分も補給できるので一石二鳥なのである。昼休みに購買でワッフルを買った私、天才すぎない?

 部室の時計をちらと見ると、部活が始まるまであと十分しかない。つまりもうすぐ先輩が来るってこと。それに気が付いて慌てて食べるスピードを上げる。ここに先輩が辿り着く前に食べてきってしまわないといけないから、少し早食いのようになってしまってワッフルと、これを作ってくれた方に申し訳無くなる。私だって本当は味わって食べたいのだ。食べたいのだけれど、先輩は甘い物に目が無いから許してほしい。

 あと五口ほどで食べ終われる……! 良かった! と思っているとガラリと勢い良く扉が開いた。その音にビクッと肩を震わせて、恐る恐る、扉の方へ顔を向けた。ウワ……来ちゃった……。ワッフルを食べながら変な顔をしている私に対して先輩は怪訝な顔をして部室に入ってくるなり、「美味そうなもん食べてんな」と私の目の前で言った。エッ怖すぎない? 先輩の前で甘い物食べてるのが見つかるとこんな不良みたいになるの? 怖……。動揺を悟られないようにエヘ、えへへ……と笑って「今日のおやつなんですよ」と答える。しかしそれで納得する先輩ではない。ただ、じぃと私の手にあるワッフルを見つめている。

「エ……イヤ、あの、たべますか」

「いいのか」

 そんな見られると食べられないです私。図太くないので。貴方の視線だけでお腹いっぱいです。……なんて言えるはずもなく、いいですよと頷いてワッフルを渡した。最後まで食べられなかったのは残念に思うが、残り少なかったしまあ、いいかな。

 先輩は渡されたワッフルを見てから私を見て、再度ワッフルに視線を落としてからお礼とともにいただきますと言って食べ始めた。もぐ、と一口。しばらく味を確かめるようにしっかりと咀嚼してから二口。とても美味しいものであると認識したように、三口、四口と急ぐように盗られないように食べている先輩。元は私のであることを忘れているみたい。あと、がっつかなくても誰も盗らないのになあ。……先輩は私から貰ったから盗ったとか盗らないとかじゃない。うん。そうだ。

 そんなことを考えていると先輩は最後の一口を食べて終わったようで、バツの悪そうな顔をしながら、「美味かった」と呟いた。味見をして叱られた子どもみたいでなんだかちょっと面白い。くすくす笑っていると、先輩は更にムッとした顔をして、尚更面白い。なんで普段大人ぶってるのにこういうところは年相応にこどもらしいんだこの人。

 アハ、アハハとひとしきり笑ってから「先輩ってかわいーんですね」と目元を拭いながら言った。先輩は「先輩は格好良いもんだろ、訂正しろ」と言ってきたので「宝物みたいに大切そうにワッフル食べてた人はかわいいんですよ!」と返すと眉をしかめた。

「ヤでも私のおやつはなくなっちゃったなあ」

「……ごめん。でもマジで美味かった」

「悪いと思ってるなら、帰りに肉まん奢ってくださいよぅ」

「代償大きくないか?」

 鳩が豆鉄砲を食ったようにまんまるい目をした先輩。そしてちょっと考えるように、マ食べ物は恐ろしいっていうからな……仕方ないか。と呟いて「オウ、奢るわ」と言う。

「やった〜!奢りだ!」

「ン、謝罪と感謝の奢りだよ」

「んふふ、おやつを分けてみるもんですねえ」

「お前な……」

 呆れた顔をしてを笑う先輩を見て私もつられて笑顔になる。正直、おやつがなくなったとか食べられただとかどうだっていいのだ。分けたのは私だし、先輩が可愛い顔をして、可愛い物を食べてたからそれでチャラ。じゃあなんで先輩に奢らせたいのかというと。

「肉まんははんぶんこしましょうね」

「……いいのか?」

「また食べかけのものを分けるのもイヤですし」

 さては結構根に持ってるな、お前。と呆れた先輩に違いますよ、否定しつつ部活を始めましょと声を掛ける。

 私はただ、帰り道に先輩と二人で「買い食い禁止」の校則を破る、悪い子になりたいだけ。つまるところは共犯者。先輩と同じ時間をたくさん共有して思い出を作りたいだけ。だって、それって少し高校生っぽくていいじゃない? 私がそんなことを考えてるなんて知らない先輩は、今日も可愛くて優しい良い人であるから、やっぱりこの人が先輩で良かったと笑うのだ。そんなわけで私は今日も帰りが楽しみだと心を弾ませつつ、先輩と「今日は何します?」と話を広げるのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る