第十話・実験者と被験者

 全てのものが黒一色に統一され、不気味な雰囲気を放つ実験室。その中で、糸達は戦々恐々と立ち尽くしていた。


 ぼんやりとした光に照らされた一リットル程の液体が入る容器。時折コポコポと音を立てながら泡がゆっくり浮かぶ。

薄暗い液体で満たされたは、薬と呼ぶにはあまりにも悍ましすぎた。

 そして悍ましさとは別の何かが、根を張るように脳を支配する。



 「……これ、だよね。」


 「嫌なモノしか感じないな。」



 それがなんなのか本能的に口に出してはいけないと思った。言葉にしようとすると牙を剥かれる、そんな感じだ。


 同時に、禍々しいオーラみたいなものを感じ取る。これが体内に入ってくるのか。

 マスクを付けた不気味な研究者達に怪しい薬品を打たれる光景が脳内に思い浮かんだ。思わずゾッとし、眉を顰める。


 周りに目を向けると、キュアースに目を奪われ、金縛りにあったように誰一人として動いていない。



 「叶夢とか糸とか、鋭いヤツは何か感じるらしいね。俺はあんまりよく分かんないんだけど。」


 「僕もですねぇ。

昔は被験者側でしたが、今では実験者でもあるので関係ないですけど。」



 すぐに耳に馴染むような柔らかい声。後ろを振り向くと、さっきまでいなかったはずの一谷先生がドアの前に立っていた。

 着替えてきたのか、寮にいたときのようなゆるい服装ではなく、ちゃんとしたスーツを着ている。



 「じゃ、ちゃっちゃと終わらせましょう。やっちゃって。」



 軽やかに小鳥が唄うように言った。指を鳴らすと、先生の後ろから研究者らしき人達が続々と出てきて俺達を押さえつける。

 布を口と鼻にぴたりと当てられ、思わず吸い込むと、きつい薬品の匂い。どうやら麻酔で眠らせて打つつもりらしい。


 薬品で意識が薄れていくなか、最後に見えたのは優しく笑う二人の先生。俺には悪魔の微笑みにしか見えなかった。



***



 暖かい暗闇に包まれたなか、段々と意識がはっきりしてくる。誰かの笑い声が聞こえ、ゆっくりと目を開ける。皆が俺の周りに集まって話しているのが見えた。

 気づくと俺は強い消毒の匂いがする部屋で、白く大きなベットに寝かされていた。



 「あ、起きた。糸が一番最後だよ。」



 枕元に座っていた藤衣が真っ先に気づく。半ば呆れた様に言い、背中の下に腕を入れて体を起こしてくれた。



 「マジ?」


 「お前一番麻酔が効かなさそうだし、暴れられたら困るから薬は強めにしといた。」


 「俺そんな暴れるように見える?」



 雨宮先生の言葉に俺が聞くと、皆んな目をそらしたり、小刻みに頷く。周りの自分への印象を知り、項垂れるしかなかった。


 朝来ていてた制服はブレザーが壁にかけられている。左腕に丁寧に折られているシャツからは包帯が覗いていた。

 注入されたであろう箇所に、上から少し触れてみると、炎に焼かれるような激しい痛みが走った。



 「あ、痛いでしょ。一応包帯してあるけど、しばらくは触らない方がいい。

 あとこれお昼ご飯。皆んなもう食べたから、糸も済ませて。」



 一谷先生が指差したのは俺の枕元のテーブルに置かれたプラスチックのお盆。

 まだ出来立てなのか、湯気を立てている色々な品が皿いっぱいに盛られている。栄養バランスも良さそうで、何より美味しそう。


 俺が箸をつけると、皆んなはまた雑談を再開。混ざりたいところだが、朝あまり食べなかったせいか、お腹は空腹を伝えていた。



 「先生達って何歳なん?」


 「俺はねー、二十一。若いでしょ。」


 「こう見えても二十四歳です。実は僕達あんまり年変わんないんだよね。」



 皆んな、この先のことなんて予想も見向きもせず、今はただお喋りに花を咲かせていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天照の怪物 のん @sanrise

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ