第31話「第三『お姉ちゃん』…?」

 リーナのドラゴンにヴリトラと名付け奴隷商人のアッグスと初めて出会った日から数日後。アスモダイ城へと帰った俺はしばらくぶりにクリスとお茶会を開いていた。

 なんだかんだクリスとこうして落ち着いた時間を過ごすのは久々な気がする。


 エルガーがクリスを相も変わらず政務の手伝いに引っ張り込むのだ。

 以前クリスが倒れたのは過労とかは全く関係ない魔塊病という言わば彼女の生まれつきの能力によって起こった病気だが、もう少し手心を加えた方が良いと思う。


「そう言えば、フリッツは最近までヴェリーナと遊んでいたんですっけ?」

「うん。そうだ、そこで子供のドラゴンを見せてもらったんだ。すごく可愛くて、クリスお姉ちゃんにも見て欲しかったな」

「へぇ…。でもヴェリーナが貴方にドラゴンの卵を贈っていたわよね。きっとそろそろ見られるわ」

「結局、あの卵いつ孵化するんだ?部屋の掃除する時気になってしょうがねぇんだよな」


 いつもは二人で行われる俺とクリスのお茶会だったが、今日はそれに加わる人が一人。

 メリセントだった。一応お茶を淹れたり菓子の用意をしたりメイドらしいことはしていたものの、今ではドカッと椅子に座りまるで参加者のように振舞っている。

 彼女のこの態度はいつものことだしわざわざ訂正させようなど思わないが。


「リーナと言えば…奴隷商人に会ったな」


 俺はグルンダで初めて会ったアッグスという奴隷商人の顔を思い出す。恰幅の良い身体からきっと彼はやり手の商人なのだろう。


「なぁに?フリッツってば、奴隷に興味があるの?」

「いや、興味というか…」


 アッグスに連れられていたあの獣人族の奴隷の顔が未だに忘れられない。この世に絶望した様子の目。生きる希望など見いだせないとでも言うような表情。

 なにかしてあげたいが、彼女は奴隷、つまりアッグスの所有物だ。俺がしてやれることなんてほとんどなく、こうしてお茶会の話題に挙げることくらいだった。


「あの娘、とても暗い様子で…何か出来ることないかな…」

「奴隷はどの種族でも認められている制度よ。合法である以上、他の人物の奴隷である者に手出しは出来ないわ」


 あの後聞いたが、この世界では奴隷と呼ばれる人間は数多く、奴隷とは貧に窮してもうその日のパンすら買えない者や、子供を養う金も無くなった親が最後の手段で奴隷として子供を売るなど、この世界の最下層の人間の最後の受け皿のようなものらしい。


「そもそも奴隷商人も十人十色。奴隷に酷い扱いをする者もいればいくらかまともな扱いをする者もいるわ」


 そうは言うが、俺が見たことのある奴隷商人なんてアッグスだけだ。彼がまともかヤバイ奴なのかなんて判断のしようがない。

 しかし俺が何かを言う前に、メリセントが口を開いた。


「アッグスはまともな部類だよ」


 その言葉に少し驚いた。なぜならメリセントはあの場で奴隷商人であるアッグスの目の前で奴隷に対して胸糞悪いと発言し不機嫌さを隠そうともしていなかった。

 そんな態度を見せていたものだから、彼女はきっとアッグスの事が嫌いだと思っていたが実はそうではないらしい。


「例えば龍姫族の屋敷で会ったあの奴隷。あいつは買われたら何に使われると思う?」

「え?奴隷ですからやっぱり力仕事とか…」


 その他に奴隷と聞かれて連想するワードは性欲処理なんてものも浮かんでしまう。

 しかし、彼女はそんな言葉からは程遠い程幼い身体をしていた。

 …いや、もしかしてその体だからいんだよとかいう変態がどこかにいるかもしれない。

 なんだか急に彼女の事が心配になって来たぞ…!


「いや、きっとあいつのことだ。あの奴隷は観賞用だな」

「鑑賞……用………?」


 まるで奴隷には似使わない言葉に俺は分かりやすくハテナを浮かべる。


「見た目が美しい奴隷を家に飾るのよ、絵画みたいにね」

「それは……なんの意味が?」

「さあ?それこそ絵画を飾るのと一緒でしょう。たまに見つめて心を奪われたり来訪者に自分の財力を自慢したり」

「月毎に契約する観賞用はそこまで以上のことはされない。力仕事をさせたり無理矢理股を開かせることは商人側が許可しない。怪我させたりそいつの精神を傷つけたら観賞用としての価値が下がっちまうからな」


 つまり金持ちたちは観賞用奴隷とされている者を美術品と同列に見ているってことか?

 無理矢理働かされる普通の奴隷と比べると楽だろうが……観賞用と言うくらいだからずっと立っているのだろうか。なんだか大変そうだ。

 しかも月毎に契約するって…派遣社員みたいな商売してるな、奴隷商人。


「でも詳しいですね、メリセントさん」

「あぁ?……まぁ昔ちょっとな」


 昔ちょっととはどういうことだろうか。その言葉は以前に経験したことがある時に使うものだが…。


「はぁ……でも兄弟をばらばらに引き離すってのはあいつの欠点だな………」


 メリセントは忌々し気にそう呟いた。

 以前彼女がアッグスの目の前で不機嫌になっていたのはそれが原因なのだろうか。

 確かにメリセントは妹想いの所がある。しょっちゅうリーサリーセの心配をしているし。


「そう言えばフリッツ?貴方最近、危険な状況にわざわざ飛び込むのが気に入っているようね」


 なんだか急に話題を変えたな、と思える余裕はなかった。

 クリスはいつもの笑みを浮かべながらも、その顔には怒気が感じられる。

 この姉、キレていらっしゃる。


「い、いや違うんだよクリスお姉ちゃん。あれはダリウスが危なくて……!しょうがなく、そうしょうがなかったんだよ……!」


 俺があたふたと言い訳にもなっていない弁明をすると、クリスは一つ息を吐き、テーブル越しに俺の両手をその綺麗な手で包んだ。


「フリッツ……貴方のその他人を思いやる気持ちは素晴らしいと思うわ。でもね?私は貴方を失いたくないの」


 クリスは少し潤んだ目で俺を見つめる。

 ぐ……俺が『お姉ちゃん』の涙に弱いと知っての行動か……!?流石クリス、侮れん…!


「私がその場にいれば貴方を守れるのだけれど…。はぁ…」


 そのため息はエルガーに向けられたものだろう。

 俺もクリスともっと一緒にいたいんだけどな…。エルガーの奴がクリスをずっと独占してやがるんだ…。


「だがなぁ、ぼん。私もクリスティーナ殿下に同意だぜ?」


 意外なことに、メリセントがクリス側に着いた。

 ……そう言えば、何故彼女は俺の事をぼん呼ばわりなのにクリスにはちゃんと敬称をつけるのだろうか。納得がいかん。


「でもメリセントさん、あの時は一人の命を救えて偉いみたいなこと言ってましたよね」

「まぁな。それは今でもそう思うぜ。でもな、アンタにはクリスティーナ殿下がいるだろ?」

「はい?」

「つまり、ぼんが死んだらクリスティーナ殿下がすげぇ悲しむってこった。…いや、それどころかぼんの後を追う可能性だってあるな」


 メリセントのその言葉にクリスはその通りと言わんばかりの顔で頷いていた。


「あんまり姉弟を泣かせるようなことはすんなよな?」


 メリセントは彼女の妹と話す時と同じ顔でそう言った。

 なるほど、つまり彼女は俺が無理をするとクリスが悲しむと言いたいのか。

 確かにそれはそうか。クリスは俺に依存しているってレベルで俺にぞっこんだからなぁ…。


 しかし、メリセントのこんな優しそうな顔初めて見たな。まるで俺をリーサやリーセのように弟妹として見つめるような……。

 はっ、これは『お姉ちゃん』の波動…!?


「ってか、ぼんてその年で大人びてる割りには危なっかしい行動も結構するよな」

「そうですか?」

「そうですよ。グルンダに行く途中だって、魔物が出た時あんたも馬車から出ようとしただろ。マジでなにやってんだと思ったよ。親衛隊だっていたのにさ」

「…………」


 クリスの刺すような視線が痛い…!

 いやだって仕方ないだろ。ただ守られるってのは慣れてなくて、ついつい俺も戦わないとって気分になっちゃうんだよな…。


「いやでもほら、僕だってたまに任務に同行してますし…」

「あれはそういう前提でサリヤがきちんと考えて人集めてんだよ。ぼんを護衛するか一緒に任務に就くかでは、親衛隊のやつらの心構えもまた違うってことを自覚しろよ?」


 正論だ。この上なく。それをいつもちゃらんぽらんなメリセントに言われることに少し納得がいかないが。


「はぁ…ぼんを見てると小さい頃の妹を思い出すな……」


 メリセントは煩わしそうに、それでいて慈しむように笑う。

 俺はその顔に『お姉ちゃん』の波動を更に強く感じて思わず口を開く。


「それならメリセント『お姉ちゃん』って呼びましょうか?」

「あぁ?やめろやめろ、手のかかる弟妹なんてあいつらだけで十分だっての」


 彼女は今までで一番眩しい笑顔でそう言った。

 ………それとクリスの視線が痛かった。

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