第30話「赤ちゃんドラゴンと奴隷」
数日後。俺はメリセントと何人かの親衛隊隊員とともにグルンダを訪れた。
「いらっしゃい!フリッツ!」
「お誘いありがとう、リーナお姉ちゃん」
「どういたしまして!」
満面の笑みのリーナがお出迎えしてくれる。うんうん、活発幼馴染系『お姉ちゃん』でしか接種できない栄養がある。
「それで、子供の
「こっちよ!」
リーナに手を引かれ屋敷の右の方へ連れられる。よく見ると兵士の恰好をした者が多い。兵舎のようなエリアだろうか。
兵士たちはリーナに対してあまり反応をしなかったが、俺に気付くと気まずそうにではあるが軽く会釈をしてきた。なんだなんだ。俺なんかしたか?
「ここにいるわ」
リーナに連れられてやってきたのは厩舎のような建物だった。
いや、実際に厩舎か。中に入れば数匹の馬が確認できる。
その中をしばらく奥に歩いたところにそれはいた。
「これよ」
「ぉぉぉ…!」
まず感想を言おう。
可愛い。
赤い鱗に両手の上に乗りそうなくらい
そんなちんまりとした動物が丸くなって眠っているのだ。
例え
「かわいぇ…」
「そうでしょ!」
俺の思わず出てしまった呟きにリーナは嬉しそうに反応した。
しかし、その声が思ったより大きく目の前の小動物が目を覚ます。
「くぁぁ…」
か、かわいすぎる…!
開かれた黄色い蛇のような目はくりっとしていてこちらも可愛らしい。それに見つめられるだけで自分は酷く醜いんじゃないかとすら思えてくる。
「おいおい…
「そうでしょうそうでしょう!」
横で興味なさそうにしていたメリセントも感嘆の声を上げる。
いやぁ、それにしてもめちゃくちゃ可愛い。両手の上にのせてそのまま帰りたいレベル。
「くぁ!」
「え?」
目を覚ました小さい
「おっおっ?」
「くぁー!」
そしてそのまま俺の右肩に乗り、聞くだけで楽しいとわかる声で鳴いた。
あれ、懐かれてる?
「珍しいわね。
「そうなの?」
「ええ。基本
赤ちゃんの
その瞳には全く警戒の色が感じられなかった。
うぉ~…無条件で懐く小動物程心が癒される生き物はいないですよ…。
「…こら、デレデレしない」
「おっとっと」
「くぁ~」
肩の上の
見ると、リーナは顔を少し膨らませている。
「ど、どうしたんですか」
「別に!もうお終い!」
少し怒った口調でリーナは
おいおい…これは俺がデレデレしていた
やばい、今度はリーナで癒されそうだ。
「そういや、こいつに名前とかあるのか?」
「名前?」
確かに、気になるな。
ちなみに魔王親衛隊では馬それぞれに名前を付けていた。
でも馬の見分けなんかつかないし、そもそも五十匹くらいいるので俺は早々に覚えるのを諦めたがな。
「名前つけてないわね…。必要かしら?」
「この
「ペットというか…将来はこれに乗って戦うわね。それでフリッツを守るの!」
「っ!」
不意打ちだった。俺は目の前のリーナの嬉しそうな、そして勇ましい笑顔に心臓を撃ち抜かれてしまったのだった。Fin.
「それなら名前は付けておいた方がいいんじゃないか?苦楽を共にする関係になるんだろ?」
「う~ん言われてみればそうね……」
そう言えばメリセントのまるでメイドとは思えない口調にリーナは特に何も言わないな。龍姫族の屋敷にもメイドはいることは確認済みだが…リーナは割りと上下関係に寛大な性格なのかもしれない。
「それじゃ、フリッツが決めて?」
「え?」
予想外の一言に驚いてしまった。
俺が?これからリーナと共に汗を流すことになるであろうこの可愛らしい小動物の名前を決めるのか?
俺がそんな大層な役目を担っていいものかと思っていると、目の前のリーナが顔を赤らめ少しもじもじとし始めた。
「僕ですか?」
「だって…その方がこの子と訓練する時に貴方を思い出せるでしょう……?」
「がはっ…」
致死量の可愛さ……!これが……幼馴染系『お姉ちゃん』の破壊力……?
「わ、分かった。決めさせていただきます…!」
「うん、よろしくね!」
これは責任重大だ…。
ニコニコと嬉しそうに笑っている彼女の笑みを曇らせるような生半可な名前は許されない…!
でも前世でもペットなんて飼わなかった俺に動物の名付けなんかできるかね…。
ヴェリーナ………
あ。
「ヴリトラ…なんてどうですか?」
「ヴリトラ……?」
ヴェリーナという名前に
由来は少々朧気だが、結構かっこいいと思う。どうだろう。
「ヴリトラ…ヴリトラ…。うん、カッコイイ響きね!今日からあなたはヴリトラね!」
「くぅー!」
どうやらリーナも
よかったよかった。
「ちなみにこいつ、オスメスどっちだ?」
「メスよ!」
「え」
あ、君女の子だったんだ…。ちょっと名前が勇ましすぎたかもな…。
―――
それから数刻後。
俺たちは厩舎を出てリーナの部屋に向かっている途中だ。
この後はお茶を飲みながらシェズをしたり談笑して帰ることになる。
俺がここを訪れた時のいつもの流れだな。
しかし以前と比べ俺とリーナが会える頻度は少なくなっている。
そのため以前よりもたくさん会話をしなければ俺のリーナ成分が枯渇してしまう。
と、いう訳で俺はこれからの時間を濃密なものにするために頭の中で会話デッキを作っていたのだが――。
「あら、アッグスじゃない」
そう言ったリーナが見ている方向から、裕福そうな恰好をした恰幅の良い中年男性がやってきた。
…ん?ツノも翼も尻尾もない。身長は小さい方だが小さすぎるということも無い。
もしかして、人族の男性だろうか。
「おお、これはこれはヴェリーナ殿下。お久しゅうございますな」
アッグスと呼ばれた恐らく人族の男性は親し気にリーナに挨拶をする。
馴染みの人物なのだろうか。
「リーナお姉ちゃん、この方は?」
「彼はアッグス。人族の奴隷商人ね」
「ど、奴隷…?」
「………」
おいおいおい、中世ファンタジーっぽい単語が出てきたな。
「はい、わたくし奴隷商人をしているアッグス・グレイマンと申します。…そのお姿、フリードリヒ殿下とお見受けいたします」
「僕の事を知っているんですか?」
「直接お会いするのは初めてですな。しかし以前からエルガー陛下にご子息が産まれて事をお聞きしておりまして。龍姫族の姫様と親し気な様子だったのでもしやと思った次第でございます」
アッグスは髭を触りながらそう答えた。へ~人族と魔族は嫌い合っているとどこかで聞いたがそんなこともない様子だ。
商人という仮面を被っているかもしれないが。
「お母様は奴隷をお買いに?」
「いえ。残念ながら今回は」
「え、今奴隷がいるんですか?」
俺は奴隷という聞き馴染みのない言葉につい興味が湧いてしまい、言葉が出てしまう。
それを聞いたアッグスは即座に商人の顔つきになり、体を半歩ずらす。
そこには首輪をつけられた貧相な身なりをした少女がいた。
彼の恰幅がよすぎて背後にいた彼女に気が付かなかったのだ。
「この娘はつい先日買い取った獣人族の娘でしてな。まだまだ幼いですが使い道はありましょう」
獣人族。その名の通り彼女の頭には犬のような耳、そして腰には尻尾があった。本来人間の耳があるだろう場所は髪に覆われて見えなかったがあそこはどうなっているんだろうという小さな興味が湧く。
しかしそれより目を引くのは彼女の目。生きる希望を全て失ったような光のない瞳は、なによりも彼女が奴隷であるということを雄弁している。
だが、それを除けばとても整った顔をしていて、金色の髪も綺麗だった。いや、そもそも着ている布切れのような服は小汚いが全身は綺麗な気がする。奴隷とは思えない程だった。
「へぇ…それにしても獣人族からの奴隷なんて珍しいわね」
「ええ、少し前に獣人族の間で反乱騒ぎがありましてね、どうやら獣王の地位が代わったようです」
「ああ、だから
リーナとアッグスがなにか喋っているが、俺は目の前の奴隷という生き物に興味津々だった。
確かに彼女の顔の造形に惹かれる面もあったが、それよりも絶望した目と表情。一体彼女に何があったのか。出来る事なら助けになってあげたいが…。
「こんにちは、お名前は?」
「…………」
八歳である俺よりも少し身長が低い彼女は俺の問いかけに何の反応も示さない。最早そんな気力もないのだろうか。
「ああ、申し訳ございませんフリードリヒ様。こやつはまだこちらの言葉が喋れないのですよ」
「言葉?」
「ええ。獣人族は左の大陸の獣人語を話すのです。こちらの大陸のものとあまり似ていない言語でしてな。しばらく時間がかかるかと」
なるほどな。つまり彼女は俺を無視したわけではないと。…いや、その可能性もあるか。
「ちなみにこの娘は何故無反応なんですか?」
「ああ、それはですな。ここだけの話にして頂きたいのですが――」
「ちっ。もういいだろ」
アッグスのおっさんが俺に内緒話をするように耳に口を近づけようとした所でメリセントが怒気を孕んだ言葉で水を差す。
何が障ったのかとても機嫌が悪そうだ。
「どうしたんですか?何かありましたか?」
「…奴隷なんていいだろ。もう行こうぜ」
メリセントは依然として強い口調でこの場を離れるよう促す。
奴隷が嫌いなのか?
「もう少し見て行きましょうよ」
「…奴隷なんて胸糞わりぃだろうが」
メリセントはそう吐き捨てた。それを商売道具としている人間の目の前で言わない方がいいとは思った。
別に俺だって奴隷が良いとは思っていない。彼女に同情して、絶望の瞳をする彼女になにかしてやれることは無いかと思って俺は彼女を引き留めたわけだ。
「それなら何かしてあげましょうよ」
「なにかってなんだよ」
「そうですね……例えば、買ってあげるとか?」
お、これいい手なんじゃないの?俺が彼女を買って街で普通に暮らせるように取り計らうとかアスモダイ城で働かせるとかすれば少なくとも奴隷と聞いて想像する生き様よりはずっと楽なんじゃないだろうか。
俺の言葉を聞いたメリセントはそこで初めて獣人族の奴隷を見る。彼女の頭からつま先までを一瞥したメリセントははっと冷笑を浮かべる。
「簡単に言うがな…。おい、こいつはいくらなんだ?」
「月に三百金貨ですな」
「ほらな?」
奴隷が一括払いじゃないことも気になったが、考えてみれば俺は三百金貨という価値がどれくらいか分からない。俺はこの世界に来てから自分で買い物をする機会が無かったのだ。
「ごめんなさい…三百金貨ってどのくらいですか…」
「あ?これだから王族は……。そうだな、私が必死に働いて貰えるのが月に大体三金貨だ。これでも結構もらってる方なんだぜ?」
月収が三金貨…前世の常識と照らし合わせて簡単に考えれば三金貨=三十万円くらいの価値か?
まぁまぁもらっているという彼女の言葉を考えても、三金貨は三十万円と考えても差し支えなさそうだ。
それで、目の前の少女を奴隷とするには月に三百金貨。日本円にして三千万!?嘘だろ?超一流プロ野球選手かよ!
「そ、それは…すごいですね」
「だろ?こいつはきっと奴隷の中でも最高級だ。この容姿にまだ幼い年齢。買い手なんかたくさんいる」
「こいつには弟妹もいましたが、ここまでの美貌は持ち合わせていませんでした。上玉ですよ」
「あ?弟妹は別に売ったってのか?」
「ええ」
「…………ちっ」
アッグスの言葉に舌打ちで答えたメリセントはそれきり口を閉じてしまった。
…仕方ない。この奴隷の獣人族も気になるが、主人としてここは従者の気持ちもわかってあげないとな。
「ごめんなさい、アッグスさん。僕たちはこれで」
「いえいえ、こちらこそ引き留めてしまい申し訳ございませんでしたな。ヴェリーナ様も、また」
「ええ」
そう言うとアッグスは俺たちが来た方向へと歩き出す。獣人族の奴隷の娘も拒む様子もなくそれに付いていった。
奴隷、ね………。
彼女の表情が、しばらく俺の頭から離れなかった。
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