第26話「上に立つ者として」


 アスモダイ城で一番広い部屋。

 そこにはたくさんの料理やメイド、執事、そして身なりのいい者たちでぎゅうぎゅうだった。

 豪華な料理のいい匂い、たくさんの人間が同時に喋る音。

 部屋全てが俺の五感を強く刺激する。


 今日は俺の八歳の誕生日だ。


「おめでとう、そしてありがとうフリッツ。貴方のお陰で、私はこうして愛すべき貴方の誕生日を祝えている」


 会場の壇上で、俺は元気になったクリスと向かい合っていた。

 すっかり魔族の定番のイベントとなった誕生日プレゼントお渡しのコーナーだ。


「ごめんなさい。しばらく横になっていたから大したものは用意できなかったのだけれど……」


 クリスは黒い小さい箱を俺に手渡す。真ん中からカパっと開く、よく婚約指輪とかが入っていそうなあの箱だ。

 開いていると、予想通り指輪だった。この姉、この場でプロポーズする気じゃあるまいな。


「それは氷結の指輪。魔力を込めると火の攻撃から身を守れるわ。…絶対じゃないから過信は禁物だけれどね」


 普通なら宝石なんかがある場所には水色に輝く石のようなものがハマっていた。

 試しに指に着けてみると少しひんやりとしている。


「貴方が対峙したのは火竜ファイアドラゴンと聞いたわ。もうそんなことはして欲しくないけれど、もしもう一度戦うことになったらそれを使って?そうすれば炎の息を一度くらいは無力化できると思うから」


 そんな便利な指輪があるんだな。

 さすがはクリス。俺のことをよく考えたプレゼントをしてくれる。


「ありがとうございます、クリスお姉様」


 俺は素直に感謝する。

 相変わらず俺の敬語にむっすりするクリスだったが、よく見れば俺と同じ指に同じ指輪を嵌めていた。

 さ、さすがだぜ……。


 クリスが袖にはけると、今度はリーナがやってくる。あれからも会ってはいるが一ヶ月に一回ペースで昔ほど頻繁に会っている訳では無い。

 だがこうして俺の大事な日に来てくれる友達がいるというのはいいものだ。感動すら覚えるね。


 さて、そんなリーナだが、何故か大きい卵を抱えていた。

 以前俺が死に物狂いで手に入れようとした竜の卵くらいの大きさはある。


「お誕生日おめでとう、フリッツ!」


 リーナは満面の笑みだ。俺の誕生日なのにまるで自分が祝われているような彼女。

 他人の幸せを自分のそれのように感じることのできる彼女には素直に好感を持てるというものだ。


「私の誕生日の贈り物はこれよ!」


 リーナは大きな卵を俺に渡そうとする。

 が、流石に俺には重すぎると判断したのかリーサリーセが受け取った。


「おっっっ……」

「っも………」


 卵を受け取った彼女たちはメイドにあるまじき足の開き方をして二人でようやくという形で卵を持つ。

 それを一人で持っていたリーナの膂力に目を見張るが、彼女はそれに気にせず続ける。


「私たち龍姫族は家畜化させた竜を使って戦う竜騎兵っていう兵士がいてね。今日はその竜の卵を貴方に贈るわ!」


 そこまで言うと彼女はいきなり顔を赤らめ、少しモジモジとし始める。


「……しばらく、あまりあえないから。私と思って可愛がって欲しいの…」


 破壊力が高すぎる。

 なんてこった。年上幼馴染系『お姉ちゃん』の恥じらいにはここまでのパワーがあるのか。

 これはいつも飄々としていて余裕たっぷり系『お姉ちゃん』であるクリスでは味わえない感情だ。


「ありがとうございます。リーナお姉ちゃん。大事に育てますね」


 しかし竜のペットか…。将来大きくなって部屋よりもでかくなったらどうしよう。

 てか懐くのか?龍姫族は飼いならしているというからそこまで危ない事は無いだろうが…。


「あ、あと。敬語を使わなくてもいい権利もあげる!」

「え?」

「友達とは対等に話すって本に書いてあったし…。貴方に敬語を使われるとなんだか少し寂しいわ。だからいいでしょう?」

「……うん。わかったよリーナお姉ちゃん」

「…!ふふ。今日は素敵な日にしましょうね!」


 リーナはまた満面の笑みを見せてくれる。

 彼女は俺を守るために頑張ると言ってくれているが、俺だって彼女の事を守りたい。そう思った。


 俺が産まれてから八年。力も得て来たし、『お姉ちゃん』も出来た。

 そろそろ、本格的に魔王としての力をつけ始める段階なのかもしれないな……。




―――


「竜ってどれくらいで孵化するんだ……?」


 誕生日の宴の翌日。

 俺は干し草を部屋の隅っこに敷いて、その上に竜の卵を乗っけてみた。

 それは小学生低学年の身長くらいの大きさがある。確か前世の世界ではダチョウの卵が一番大きいんだったか……。


 宴の後リーナに詳しく聞いたが、どうやらこの卵の中に入っているドラゴンは竜の中でも小柄な種族で、龍姫族だけでなく一部の龍人族も乗り物として扱っているらしい。

 

「ペットか……」


 俺は犬や猫などの動物が好きだった。特にゴールデンレトリバーのような大型犬が好みだったのだが、私生活が忙しく飼う余裕が無く前世ではペットを持つことを断念したのだ。

 この卵から産まれてくるのは竜というペットからかけ離れた生物ではあるが、これから俺が世話をして育てる生き物だ。つまりペットと言っても差し支えない。


 卵なんだから毛布かなんかでくるんで温めといたほうがいいのだろうかとか考えていると、扉がノックされた。


『フリッツ、私よ。魔術のお勉強をしましょう?』


 クリスだった。

 今日はこの後クリスに魔術を教わる約束をしていたのだった。


「うん、今行くよ」



―――


「それじゃ、今日はここで終わりましょうか」

「ありがとう、クリスお姉ちゃん」


 今日は疾風・電撃属性の下級魔術を教えてもらった。これで俺は全属性の下級魔術をマスターしたということになる。

 日々の鍛錬でしっかり成長はしている……が。


 目の前の俺の『お姉ちゃん』、クリスは疾風・電撃属性を中級、氷結・治癒属性を上級まで修めている。これは一般的な魔術師論から考えると異常と言えるほどの実力だ。

 だがそんな彼女を俺は目標としている。

 俺は魔神から力を受けとった。『お姉ちゃん』が側にいると魔力量が上がるって力だな。これは確かに強力な力だが、無詠唱魔術を封じられている今、強い魔術を覚えていなければあまり意味のない力だ。

 どんなに魔力量が上がろうと、そもそもの使う魔術が弱ければ底も知れている。

 それに、俺はゆくゆくは魔王となる人間だ。強いに越したことはない。


 そう考えれば、異常とも言えるその能力でさえも、俺は身に着ける必要があるという訳だ。


「どうすれば、僕もクリスお姉ちゃんみたいに強くなれるかな」


 そう考えた俺は、直接本人に聞いてみることにした。結局これが一番早いからな。

 しかし、クリスの答えは全く予想していなかったものだった。


「貴方が私以上の力をつけることは無いわ」

「え………」


 クリスは俺が彼女より強くなることはないと断言したのだ。

 そう、断言した。それが絶対の未来であるかのように。

 もしかして彼女は俺に才能が無い事を見抜いているのだろうか。


「ああ、語弊があったわ。いい、フリッツ。私は貴方の姉。貴方を生涯守ると誓った姉よ」


 クリスは言いながら、いつもの飄々とした笑顔を見せる。だがその瞳からは、一人の弟を想う親愛の眼差しが見て取れた。


「だからね、貴方が強くなったら私はその分強くなるし、貴方の力が私を追い越そうとするなら私は更に突き放す。……貴方を守るために私は貴方よりも弱くなることは決してないわ」


 クリスはそう言い放った。

 なんというか……彼女がゲームのキャラクターで俺を投影した主人公にその台詞を言ったのなら、画面の向こうの俺は圧倒的『お姉ちゃん』力により歓喜していたのだが、現実の俺にこうも言われてしまうとなんだか情けない気持ちになってくる。

 

「ふふ、そんな顔をしないでいいのよ。これは私が決めたことなんだから、貴方は気にしないでいいの。もし女の子を守りたいならヴェリーナを守ってあげなさいな」


 クリスは俺の頭を撫でる。

 クリスはそういうが、リーナもリーナで現在俺を守るための訓練中だ。恐らく、今の彼女も俺に守られることに対していい顔はしないはずだ。あの日弟分を守ると決心した系『お姉ちゃん』として目覚めた彼女なら。


 こんなに守られてばっかりの日々を過ごして、俺は良い魔王になれるんだろうか…。


 俺が少し落ち込んでいると、フッとある考えが浮かんでくる。


 そうだ、魔王と言っても必要なのは必ずしも力だけではない。

 そう、魔王と言っても王は王。つまり……政治という仕事をしなければならない。

 クリスは最近、エルガーの手伝いをしているがそれは政務に関することだと聞いている。つまり、俺も勉強さえすれば、そこに加わることが出来るのでは…?


 よし、そうと決まれば今夜エルガーに相談しよう。そう決断した俺だったが……。


―――


「駄目だ」


 夜。晩御飯を食べ終った俺はまだ仕事が残っているというエルガーの執務室に訪れ、魔王としての仕事を勉強したいと伝えたが…。

 エルガーはきっぱり否と言った。


「どうしてです?」

「うーん…色々事情はあるよ?君はまだ幼いとかそこまで人手が欲しい訳では無いとか…」


 エルガーはそこまで溜めて、言った。


「でも、君には明らかに足りていないものがある。―――上に立つということだ」

「上に立つこと…?」

「そう。僕たち王族は全ての人の上に立つ、絶対的な存在だ。全ての階級の頂点として、下々の者に命じる必要がある。そして良い絶対者と言うのは、上に立つという事をよく理解してなければいけない」


 エルガーはそう言って、命令口調で執事たちに紅茶を注がせたり資料を運ばせたりペンのインクを補充させたりする。その口調は強いが従うことに忌避感のないカリスマが含まれれていた。


「こうやって、下の者を自分の命令で働かせる。これが上に立つということだ。…だが、君はどうだい?いつも執事や侍女には低姿勢で、悪い時には全てを自分でやってしまうことさえあると聞く」


 エルガーのいう事も一理あると思う。

 俺が勉強中に自分で飲み物を用意しようとすると、メイドさんが慌てた様子で自分でやるから俺は座っていろと言われたことがある。彼女曰く、こういう雑用は自分たちの仕事なのだから私たちに任せて欲しいと。私たちはこうやって仕えることが幸せなのだと。


 しかし、俺の前世はただの会社員、庶民だ。勿論家に使用人なんかおらず、特に俺は一人暮らしだったこともあり、ほとんどの事は自分で全部行っていた。料理も洗濯も掃除も。

 だがこの世界では料理は城お抱えの料理人が作ってくれるし、洗濯や掃除はメイドさんがやってくれる。それに加えて着替えや風呂でもメイドさんがお世話をしにくる。

 そんな状況で俺がやることはほとんどない。一日中体を動かすとも俺は清潔に腹いっぱいになって生きられるのだ。

 ただの庶民だった者がそんな日々に耐えられるだろうか。

 少なくとも俺は無理だった。出来る限り自分の事は自分でしたし、メイドさんに何かして欲しいときもなるべく丁寧に頼むようにしていた。


 メイドさんたちからはもっとぞんざいに扱ってくれと毎日のように言われていたが、どうやらそれがとうとうエルガーの耳に入ったらしい。


「そういう訳で、今日から君に専属メイドを与える」

「はぇ?」


 まったく脈絡のない展開に思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 俺に上に立つ者としての資質が足りていない←まだわかる

 だから俺に専属メイドを与える←!!!!???


「入りたまえ」


 エルガーがそう言うと部屋の扉が乱暴に開かれる音が聞こえる。その足音はズンズンと近寄ってきて、やがて俺を通り越しエルガーの隣で止まる。

 

 まず目を引くのは真っ白な腰まであるロングヘア。女性にしては長身で、恐らく180cmを越えている。勝気でこちらを目踏みしているような表情は身に着けているメイド服とは真逆の印象を受ける。右手を腰にあて、右足を軸にだらしなく立っている。まるで夜のホームで立つくたくたになった中年男性のような立ち方だ。


 初めて見る顔だ。

 だが、俺は目の前の美人女性の特徴をどこかで聞いた覚えがあった。


「彼女はメイドの一人、メリセントだ。ほら、自己紹介したまえ」


 その名前には聞き覚えが無かった。だから彼女の自己紹介を待っていたのだが、彼女は口を開く様子はない。

 一応俺は王子であって目の前のメイド服で身を包む彼女よりは立場が上だと思ったので、相手が先に自己紹介をするのを待っていたのだが、どうやら彼女にはそんな考えはないらしい。


「初めまして、僕はフリードリヒ・リグル・アスモダイです、よろしくお願いします」


 このままでは無言の空気が続いてしまうので、俺はたまらず自己紹介をする。

 すると、目の前の彼女ははんと一つ小ばかにしたように笑う。


「知ってるに決まってンだろ?魔王様の息子なんだからさ」


 彼女は尊大な口調でそう言ったっきり口を閉じてしまった。

 

「あの…よかったら名前を教えてくれますか?」

「あ?妹から何も聞いてないのか?」

「妹………?……あ」


 俺は思い出した。

 長身で白髪の不真面目なメイドがいると仲の良いメイドから聞いたことがある。


「私はメリセント。リーサの奴とリーセの奴の姉だ。適当に頼むぜ」 


 メリセントは、メイドとは思えない不敵な笑みでそう言った。

 なんというか…不敬だ。物怖じしなさすぎている。一応俺王子なんだが。


「今日から彼女を君の専属メイドとする。この彼女をメイドとしてしっかり使うことが出来れば、君に素質ありとして魔王としての政務を学ぶ機会を与えよう」


 はぁ~…なるほど。エルガーはメリセントが不真面目なメイドと知っていて、そんな従順でない彼女を俺の専属とすることで、俺に上に立つ者の自覚を荒療治的に持たせようとしているのだ。

 普通のメイドさんですらただの一般人であった俺には手に余るのに、こんな傍若無人な不真面目メイドは扱いきれんぞ!


「まぁ私も適当にやるから、そっちも適当でいいぜ、ぼん


 俺の事をちっぽけも敬っていないような名称で呼ぶ彼女は、従者というより女王様みたいな笑みでそう言ったのだった。


 

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