第27話「意外に真面目なメイドさん」


 メリセントが俺の専属メイドになってから二週間ほどが経った。


「おい、朝だぞ。早く起きろ、ぼん

「なんだって魔王の息子がそこまで汗だくになるまで訓練するんだよ…。ほら、これで汗を拭け」

「服は適当に見繕ってやったから今日はこれに着替えな」


 意外にも、初対面の粗雑な印象とは違いメリセントはしっかりと仕事をしていた。

 人に起こされることに慣れてしまった俺をちゃんと朝起こしてくれるし、訓練終わりには汗を拭くためのタオルを用意してくれる。


 むしろ、他のメイドたちよりもテキパキと仕事を行っているように見える。

 まぁ、メイドあるまじき口調にはたまに驚かされてしまうが。


「メリセントさんって、リーサお姉ちゃんやリーセお姉ちゃんにあまり似ていませんね」

「あ?そうか?結構顔は似てると思うけどな」


 確かに、少しキツイ印象を受けるメリセントだが、目元や鼻筋などいつも優しいリーサリーセ姉妹と似ているパーツはいくつもあった。

 しかし、俺が言いたいのは顔の相似ではない。


「顔は似ていると思いますけど…性格というか、内面というか…」

「なんだぁ?ぼんもメイドらしくしろって言うタチか?」


 メリセントの声で、廊下を歩く俺たちへの視線が集まる。いや、俺たちというかメリセントへの他の使用人たちの非難の目だった。

 どうやら彼女はいつも他のメイドたちにその態度について何か言われているらしい。


 メリセントは俺の側によくいるメイド姉妹、リーサリーセの姉だというが、彼女たちの優しい性格を考えると、どうも目の前の長身メイドが彼女たちの姉とは思えないのだった。


「別にそうは言いませんけどね。こうして僕に色々してくれるだけで助かるので」


 これは本音だった。

 勿論、リーサリーセや他のメイドさんたちが嫌いなわけではない。俺のお世話をしてくれて、なおかつ年上の女性である彼女らたちを俺が好きにならない理由はない。

 しかし、メイドである彼女たちは俺に敬語を使う。それに上下関係という壁を感じないこともないのだ。


「それに、メリセントさんのそういうぶっきらぼうな態度というか…分け隔てない性格は嫌いじゃありません」


 そういう意味では、メリセントのタメ口というか、立場を思わせない口調は俺の精神的負荷を軽くする面でも好ましい部分がある。

 前世では単なる会社員だった俺にメイドを何人もあてがわれると、少し疲れるときもあるくらいだからな。


「………そんなこと初めて言われたわ。変わってんな、ぼん


 俺の背後や前を歩く他のメイドと違って、対等に俺の横を歩く彼女は少し驚いた顔をしていた。


「ええ…。なんというか、僕には多分向いてないんですよね」

「何が?」

「たくさんの人に仕えられるというか…お世話されると言うのが。今では慣れてきましたけど、昔は一々着替えさせてくれたりお風呂で体を洗ってくれたり……少し申し訳ない気持ちでしたよ」


 俺が一般サラリーマン観点からそう言うと、メリセントは驚きの表情をさらに深くした。


「……ぼん、ホントに王族か?」

「らしいですよ。どうやら魔王の息子らしいです」

「はぁ~~~……」


 メリセントは深い息を吐き出し数秒黙ると、また口を開いた。


「私さ、しばらくシトラ王国にいたんだよ。ほら、クリスティーナ殿下の付き添いで」


 そう言えば、クリスがシトラ王国の王立学校に行っている間、メイドが何人か着いていったと聞いた。彼女がその一人だったのか。


「そこで私はたくさんの貴族を見てきたわけだ。どっかの国から留学に来た王族なんかもな。そいつらはほとんど一人で何もしねぇ。食事や授業の用意、果ては授業中の質問すら従者にやらせてたやつもいた」


 以前クリスに聞いた話だが、王立学校は一人まで従者を学内に連れることが許可されていたらしい。彼女は、その従者にこのメリセントを連れていくことが多かったようだ。


「だからさ、偉い奴ってのは基本ふんぞり返ってて全ての事を私たち下々の者にやらせるもんだと思ってたが……」


 お、これは「こんな奴見たことない!」と言って好感度が上がるギャルゲーあるあるのあの!?

 「私に声を掛けられてその塩反応は何!?」と高飛車系ヒロインが主人公に興味を持ち出すあの!?


「あれだな、ぼんは王様に向いてないな!」


 メリセントはそう言ってガッハッハと笑った。

 あれ…?好感度爆上がりイベントは何処へ…?


「まぁ私もメイドなんて向いてないと思うけどな。ハッハ、似てない同士だな?」


 メリセントは何が面白いのかそう言って俺の背中をばんばんと叩く。

 そこまで痛くはないが、これ俺じゃなければ不敬罪でしょっぴかれるだろ。 


「でもメリセントさんは向いてないことは無いと思いますよ。手際良いですし」

「あぁ?…いや、そういうことじゃなくてな。性格的な話だよ」

「性格…?」

「リーサリーセの奴らがいるだろ?あいつらはなぁ、ぼん が産まれた時、『命に代えてもお守りするんだ!』って張り切ってたんだよ。それはすごい張り切りようだったぜ」

「そ、そうだったんですか…」


 俺にとっての彼女たちの初めての思い出は、俺がハイハイを出来るようになった頃にだらしのない顔で俺を抱き上げる彼女たちの姿だった。

 その時の記憶から、そんな彼女たちの決意は窺い知ることは出来ない。


「でな?この『命に代えても』って部分。これが私には理解できねぇんだ」

「はぁ…でもそれって言葉の綾というか、真剣に言ってる訳では無いですよね?」

「いや、マジで言ってるんだよ」


 ふと見た彼女の顔は、いつのまにか悲しみや怒りが混ざっているような、何を想っているのかは分からないが真剣な顔になっていた。


「………私たちの両親はな、どちらも先々代の魔王に仕えていた」


 先々代魔王。確かに、俺の父エルガーは自分を七十一代目魔王と言っていた。それなら先々代がいるのは当然なのだが、そう言えばエルガーどのようにして魔王になり、その前の魔王はどうなったのか知らないな。


「その時に色々あってな、二人とも先々代魔王を庇って死んだんだ」


 彼女はあっけらかんと両親の死について語った。 

 もう心の整理や死の現実を受け入れた人物特有の口調だった。


「当時まだ十代中盤だった私は絶望したもんだ。これからは誰が私と妹たちを養ってくれるんだってな」


 前世でもよくドキュメンタリー番組などで見られた光景だった。働き手を失った遺された家族の生活。その道は茨だらけだ。


「そこで運良く先々代魔王と仲の良かったエルガーさんに引き取られてな、メイドとして働くことになった」


 しかし、メリセントには救済の手が伸ばされた。俺の父、エルガーのものだ。


「そういう訳で、私は飢えずこともなく妹たちを死なせる羽目にならずに済んだんだが…」


 メリセントは廊下の窓の外へ視線を移す。俺もつられて見てみると、そこには書類をたくさん抱えて小走りなリーサリーセの姿があった。メリセントが俺の専属メイドになってから、彼女たちはもっぱらエルガーの政務の手伝いをするようになったらしい。正直悲しい。


「あいつらは両親を誇りに思い、その姿に少しでも近づくため、エルガーさんのメイドになった」


 妹たちを見るメリセントの両目からは慈愛の感情が見て取れたが、同時に寂しそうな表情も見せる。


「その時にあいつらは言ったんだ。『一緒にエルガー様に全身全霊を尽くして仕えましょう!例え命が散ろうとも!』ってな」


 確かに、忠誠心高めのリーサリーセならば言いそうなセリフだ。きっと尻尾が見えるならその時の彼女たちのそれはぶんぶんと振られていたに違いない。


「で、私は答えたわけ。―『やだよ』ってな」

「えぇ!?思ってたんと違う!」


 俺は思わず突っ込んでしまう。今のは三人で頑張ろー!ってシーンじゃなかったのか?

 しかし俺の冷静な部分が、目の前のぶっきらぼうな女が命を張る状況を想像できないとも訴えていた。


「だっていやだろ。命張るとか。確かにエルガーさんは私を助けてくれたが…自分が仕える人物と命賭けてでも助ける人物は必ずしも一致しねぇだろ?」


 メリセントは笑う。メイドのような温かみのあるものではなく、自分の利益を追求する女社長のような、ギラついた笑みだった。


「だから私はぼんが魔王に向いてないようにメイドに向いてないってこったぁ!」


 彼女はそう言ってまた豪快に笑った。

 

 メリセントという人物は、妹たちと違って仕える者にそこまで価値があるとは思っていないという事だ。言ってみれば忠誠心はそこまでなく、あくまで金を稼ぐ、生活をするための手段としてメイドをやっているのだろう。

 その気持ちは分からなくもない。俺にだって命を賭けても守りたいと思える上司なんていないからな。

 俺がそう思えるのは一握りの人物だけだ。彼らは、そう――


「それならメリセントさんには命を賭けるだけの価値がある人物がお父様以外にいるってことですね」


 俺の質問に彼女は―


「………さぁ、な」


 言外にいる、とだけ答えたのだった。

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