第25話「無詠唱魔術と女神の使徒」


 リーナの決意を聞いた翌朝。 

 俺はクリスの部屋にいた。

 そこにはエルガーやニクシーもいて、メイドさんや執事、そして医者たちでごった返していた。


 魔塊病は竜の卵で治るというが、それを直接飲むわけではないらしい。

 古い記録によると、昔の医者は竜の卵と特定の薬草を混ぜ合わせて薬を作り、それを魔塊病の患者に飲ませていたらしい。


 それの用意を一晩中していたら朝になっていたという事だ。


「クリス様、お飲みください」


 医者が薬をクリスに飲ませる。

 クリスの息はとても細く、今にも呼吸をやめそうだった。

 彼女は残り少ない体力を使い、薬を飲みこむ。


「どう……ですか?」


 医者が恐る恐るといった様子で聞く。

 気持ちは痛いほどに分かるというものだ。この薬が効かなかった場合、もう俺たちに取れる手はない。

 部屋にいる者は全員固唾を飲み、祈る。

 薬を飲み切った彼女は、少し晴れやかな顔をしていた。


「…少し、楽になってきた気がするわ」

「おお!」

「……なんだか眠いわね。少し寝てもいい?」

「ええ、勿論!」


 クリスが横になった後、皆で小さい声で歓声を上げる。


 その後一日を通してクリスの体調はどんどんと良くなっていき、夜には健康な体に戻っていた。

 竜の卵…効果てきめんすぎるぜ…。



―――


 その日の夜。俺はエルガーに呼び出されていた。


「失礼します」


 部屋に入ると、そこには勿論エルガーがいたが、ニクシーもいた。

 トルクシュがエルガーの傍にいないのは少し珍しいな。


「やぁ、わざわざすまないね」


 エルガーはいつものように目を細めニコニコとしている。彼のデフォルトの顔だな。

 最初の頃なんかはいつも機嫌が良いのかと思っていたが、これはこれで完全なポーカーフェイスだ。何考えてるか全然分からない。


「それで、一体何の用でしょうか?」

「ああ。たまには親らしく子を叱ろうかと思ってね」

「………」


 叱る。

 つまり俺は今から怒られるって事だ。

 まぁ、予想はしていた。


「君にはもう少し次期魔王としての自覚を持って欲しくてねぇ。勇敢なのは結構だが、一人でドラゴンに挑みに行くというのは無謀だ。愚劣な行動とも言える」


 ここまでエルガーにはっきりと自分の行動を否定されたのは初めてだった。

 しかし、ここは甘んじて受け入れよう。

 俺は魔王を継ぐものとしての責任がある。俺がもし今回死んでいればその責任を放棄してしまうことになっていた。


「まぁまぁあなた。今回は生きて帰って来たんだからいいでしょう?叱った後は褒めてあげなくちゃ」


 ニクシーが俺を庇ってくれる。彼女は俺にクリスとは別ベクトルで甘々だった。

 息子を目に入れても痛くない程愛している母親そのものである。


「……確かに、ドラゴンを一人で倒したことは賞賛に値する。よくやったね。流石は僕の息子だ」


 エルガーは優し気な声でそう言った。

 嬉しい気持ちがじんわりと心に沁みていく。

 うーん。たまには親に褒められるというのもいいかもしれない。


「ただ、君が竜を一人で倒したとは考えづらいな。君はまだ初級魔術しか使えないと聞いている。そんな人間が竜を一人で倒すというのは全くの前代未聞だ。上級魔術師が五人いても負けることはある。それが、竜という生き物だ。一体どんな手で勝ったか。聞かせてくれるかい?」


 竜ってそんなやばい生き物だったのか。上級魔術師って言ったら人間の国で宮廷魔術師として召し仕える程の実力者だったはずだ。


 しかし、エルガーがそこまで言うなら教えてあげなければいけないな…!俺のこの世界でのチート能力…。

 無詠唱魔術のことを!!

 俺は自分の鼻が高くなっていることを自覚しながら口を開く。


「実は、無詠唱魔術を使えるようになりました!」


 俺はそう言いながら無詠唱で氷塊を右手に浮かび上がらせる。

 さあ、驚き腰を抜かし王様に報告する準備をしてくれ。


「………」


 しかし、エルガーは表情を消し、今までで一番真面目な顔を見せた。

 あ、あれ?


「…………君、女神の使徒を名乗る人物に出会っていないか?」


 女神の使徒?誰だその聞くからに危なそうなやつは。


「いえ、会っていないと思います…」

「そうかい……」


 エルガーは一つ息を吐く。まるで何か面倒ごとが起こったようなそんな仕草だった。

 部屋の空気が一気に重くなる。

 あ、あれどういうことだ?無詠唱魔術なんてチート級の能力、てっきりさぞびっくりされるんだと思っていたのだが……。


「フリッツ。無詠唱魔術は人前では使わない方がいい」

「え……」


 どういうことだ。

 無詠唱魔術が普通の魔術に劣っていることは何一つないように思える。それを禁じる理由はあるのか?


「無詠唱魔術という力を持つ者は……いる」


 あ、俺の他にもいるんだ…。この世界で転生者である俺が唯一使える特別な力とかではないんだ……。

 まぁまぁのショックだ。

 だがしかし、それが無詠唱魔術を禁じることと何の関係があるんだろうか。


「しかし、その力を持つ者は今までで人族にしか現れたことが無いし……なによりそれを使う者は女神の使徒だ」

「女神の使徒……」


 さっきも聞いたがその女神の使徒と言うのはなんだ。

 女神という存在は知っている。この世界の人族の過半数が信仰する宗教の唯一神……だったか。

 ちなみに魔族には宗教という概念が無い。そういうことに頼らずに自力のみで生きる力があったからだろうか。


「女神の使徒は…私たち魔族を普通の人族よりも過剰に嫌悪している。出会いがしらに殺しに来ることすらあるほどにね」


 なんでどこの世界でも使徒って奴は過激なんだ。


「我々魔族にとって、無詠唱魔術を使う者と言うのは忌むべき存在だ。もし君が皆の目がある前でその力を行使すればどうなるか分からない」


 だから、俺は無詠唱魔術を使わない方がいいと。

 確かに、次期魔王となる人間が自分たちの敵しか使えない力を使うとなると素直に従うことは出来ないだろう。

 なるほど合点はいった。

 

「しかし何故君が無詠唱魔術を…。僕とニクシーの子供で間違いない君が……。妖精族エルフに無詠唱魔術の使い手は?」


 静観していたニクシーは首を横に振る。


「聞いたことも無いわね…。長老に聞けばなにかわかるかもしれないけれど……多分いないと思うわ」

「ふむ…。とにかくフリッツ。その力はおいそれと使わない方がいい。やむを得ない状況にのみしておきなさい」

「わかりました…」


 そういう事情なら仕方ないな。

 この力で無双とかしてみたかったが、この力を使うことで身内の反感を買う可能性もあるし、最悪その女神の使徒とかいう奴らにも目を付けられるかもしれない。


 クリスが元気になったら、下級魔術から教えてもらうとしよう。

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