第24話「顛末とヴェリーナの覚悟」


 目が覚める。

 どうやらここは俺の部屋のベッドのようだ。


 横になっていた俺は上体を起こす。窓の外は真っ暗で、蝋燭だけがほんわりと灯っていた。


 ふと、足元に何か赤いモジャモジャがあるのに気付く。

 よく見るとヴェリーナだった。彼女はベッドの隣に置いてある椅子に座って、俺の足元に頭を突っ伏すような体勢で眠っていた。ドラマとかでよく見るやつ。

 しかし、その頭には包帯が巻かれ少しの生傷も見える。

 俺の部屋に俺とヴェリーナがいるということは、あれから皆無事で、俺はここに運ばれたという事だろうか。


 俺は一体どれくらいの間眠っていたのだろう。

 ヴェリーナを追いかけ、死にかけ、魔神と再び契約を結び、ドラゴンを倒し、狭間で魔神と再会し、今に至る。


 自分の体をよく見ると、包帯などで巻かれている箇所はいくつかあるが、ほとんど痛みを感じなかった。誰かが治癒魔術を使ってくれたのだろう。


 さて、これからどうするか。取り敢えずあれからどうなったのかを聞きたいのだが、この部屋には俺とヴェリーナしかいないらしい。周りを見てもメイドさんたちの姿も見えない。

 しかしベッドの傍には水差しとコップが置いてあり、誰かがそれらを用意してくれていたことは分かった。


 ひとまずベッドから降りようと体を動かすと、


「んぅ……」


 赤のモジャモジャ—もといヴェリーナが動き出す。どうやら起こしてしまったようだ。


「おはようございます、ヴェリーナお姉ちゃん。あれからどれくらい経ちましたか?」

「………」


 ヴェリーナは俺の質問に答えず、目をパチパチとさせると急に涙をブワッと流し始めた。


「フ、フリードリヒ…!」


 そう言うと、彼女はガバっと俺に抱き着いてくる。

 う~ん幼馴染系『お姉ちゃん』の抱擁。これは頑張ってドラゴンと対峙した甲斐もあったというものだ。


「大丈夫なの…!?どこか痛くない…!?」

「はい。もうほとんど大丈夫です。ヴェリーナお姉ちゃんも大丈夫ですか?」


 俺がそう言うと、俺の胸に頭をぐりぐりとしていたヴェリーナは動きをピタリと止め、椅子に座りなおして俯いてしまった。

 あれ…ご褒美タイムは……?


「フリードリヒは……強いわね……」


 ヴェリーナは唐突に、小さい声で呟く。

 膝の上で震える程握った拳に涙が垂れるのが見えた。

 い、いきなりどうしたんだ。ここは感動の再会じゃないのか?


「ど、どうしたんですかヴェリーナお姉ちゃん!?」

「貴方は…強いわ。私を守って火竜ファイアドラゴンを倒しただけじゃなくて、起きて直ぐに自分の心配よりも私の心配をするんですもの……」


 ヴェリーナはとうとう本格的に泣き始めてしまった。 


「私……!ヒグッ…私は貴方の姉貴分として偉そうに振舞って……!そのくせ勝手に不安になって…!あなたが離れるんじゃないかって……!それで一人で火竜ファイアドラゴンの巣に行って……!その結果死にかけて…!助けるはずだった…弟分の貴方に助けられて………!!私、私、とっても情けないわ…!!」

 

 もう号泣といっていいレベルに涙を流しながら、彼女は嗚咽しながら叫んだ。


 そんな風に考えていたのか…。

 『お姉ちゃん』好きを名乗る俺からすれば、彼女を救わなければ俺は俺を許せなかった。それに、俺は今回たまたま運が良かっただけだ。死の間際に魔神に力を授けられその力であのドラゴンを倒したにすぎない。

 その力が無ければ俺はきっと彼女を救えなかった。


 だから、きっと。


「ヴェリーナお姉ちゃん」

「……ヒッグ、…なに?」

「僕はヴェリーナお姉ちゃんが好きだから頑張れたんです」

「!?」


 俺は本心をそのまま言葉にする。

 申し訳ない話だが、あのドラゴンに襲われたのが俺の大っ嫌いな奴だったら俺はそいつを助けようとせず逃げ出したに違いない。俺は誰彼構わず命を捨てて助ける程善人じゃない。

 俺が彼女を助けたいと思ったのは、俺が彼女が好きだからだ。

 確かに、ヴェリーナが『お姉ちゃん』属性てんこ盛りの女の子だってこともある。

 だが、それだけではない。

 ヴェリーナはこの世界で初めてできた俺の友達だ。彼女は俺の姉貴分として、いつも引っ張って遊んでくれた。俺が寂しくならないように一緒にシェズで遊んだり、時には厳しく訓練もしてくれた。

 俺にとって彼女は、掛け替えのない存在だ。クリスと同じで、死んで欲しくない。


 俺は真っ赤になっている彼女に更に続ける。


「ヴェリーナお姉ちゃんは僕にとっての初めての友達です。一緒に遊んでくれて訓練もしてくれて、いつも僕を引っ張ってくれる、お姉ちゃんが好きです。そんな貴女を守るために、僕は勇気を持てました。だからそんな貴女を、貴女自身が卑下しないで下さい」


 ヴェリーナは顔を真っ赤にしている。きっと俺の顔はそれ以上に真っ赤だろう。

 きっと俺はどんなギャルゲーよりもくさい台詞を言ったな。


 俺たちは見つめ合う。照れ恥ずかしいはずなのに、お互いの目から視線を外せない。


 どれくらいそうしていただろうか。にわかにヴェリーナが口を開いた。


「ね、ねぇフリードリヒ?」

「…はい、なんですか?」

「抱き締めてもいい?」

「え?え、ええ。はい…どうぞ……」


 ここでまさかの二度目の抱擁宣言。

 少し気恥ずかしいが彼女の真面目な顔の俺の『お姉ちゃん』センサーが承諾しろと言っている。

 俺の『お姉ちゃん』センサーがそう言っているんだ。ここは応じよう。


 ヴェリーナはおずおずと言った様子で俺の事を抱き締め、俺の頭を胸に抱いた。

 さっきとは逆の体勢だ。


「フリードリヒは、今でも私のことをお姉ちゃんって思ってくれているの?」

「もちろんです」

「こんな、私でも?」

「はい。ヴェリーナお姉ちゃんは、今回も僕のためにやってくれたんでしょう?確かに今回ヴェリーナお姉ちゃんは失敗しちゃいましたけど、僕のためにやってくれたんですから嬉しいです」

「…………」


 ヴェリーナは無言になる。

 部屋はしんと静まり返り、俺の視界はヴェリーナの胸で埋まっている。

 いや、胸をガン見している訳ではない。ヴェリーナに抱き着かれている都合上、そうなっているのだ。そう。自主的にガン見している訳では無い。決して。


「決めたわ」

「……え?」


 ヴェリーナは更に俺を強く抱きしめた。

 ちょ、顔面全てが触れてしまってるんですけど!?いいんですか!?ご褒美……ってコト!?


「私、強くなる」


 ヴェリーナは強い声で宣言した。

 

「フリードリヒ。私も、貴方が好きよ。ずっと一緒にいたいと思っている」


 頭上から愛の告白のような言葉が聞こえる。

 ヴェリーナは今一体どういう顔をしているのか見たかったが、彼女の顔を見ることは叶わない。


「でも、今の私にはその資格がないわ。姉貴分として慕ってもらっている今の私には」

「そんなこと……」

「あるのよ。少なくとも私は今の私が貴方と一緒にいるのは許せない」

「…………」

「だからね、私もっと強くなるわ。貴方の事を守れるように、貴方を傷つけないように。お姉ちゃんのようにね」


 そう言ってヴェリーナは俺を離し、俺たちは正面から見つめ合う形になる。


「貴方の側にいられるように、私はもっと強くなって帰ってくる。だから、それまで待っていてくれるかしら」


 決意のこもった眼差しだった。

 待っていてということは、しばらく俺とは一緒にいられないということだろうか。

 正直、俺は魔神との契約によって能力を授かった。その力を使えば、彼女を守ることは出来るだろう。

 だからここで、その言い分を断って今からでも俺の傍にいていいと言う事は出来た。

 俺は、ヴェリーナと、初めての友達で幼馴染で『お姉ちゃん』の彼女とは離れたくない。

 だが……


「…………」


 彼女のその目。覚悟を決めた目の前ではそんなことは言えない。

 それは、彼女が考え抜いて出した答えなのだろう。

 だったら、真に彼女の事を想うなら、返事は決まっている。


「分かりました。少し寂しいですけど、待っています」


 俺の言葉を聞いたヴェリーナは満面の笑みで笑った。


「ありがとう!これから会える頻度は少なくなっちゃうでしょうけど、私、強くなって貴方を守るわ!」


 そう言ってヴェリーナは立ち上がる。

 会えるのは会えるらしい。


「そうだ。せっかくだから、あだ名で呼び合いましょうよ」

「あだ名ですか?」

「ええ。友達はあだ名で呼び合うって本で見たわ。何か親しい人に呼ばれているあだ名はないの?」

「家族やメイドさんからはフリッツって呼ばれてますね」

「フリッツ、フリッツ…!フリッツね、うふふ、覚えたわ!」


 それから何度もフリッツという言葉を口で転がすヴェリーナはとても可愛らしい様子だった。


「そう言えばヴェリーナお姉ちゃんはなにかありますか?」

「…私は無いのよね。友達もいなかったし。だから、貴方が決めてちょうだい?」

 

 これは責任重大だぞ…。『お姉ちゃん』のあだ名を俺が決めるだって……?

 うーんうーんと唸り、考え付いた。


「それなら、リーナ、と。リーナお姉ちゃんって呼んでもいいですか?」

「リーナ……リーナ…。気に入ったわ!それじゃあこれからはフリッツとリーナね!」


 リーナは無理矢理俺の手を握り、上機嫌な様子で握手をした。

 

 これからきっと、彼女と今まで通りには遊べないだろう。

 寂しい気持ちはあるが、他でもない『お姉ちゃん』のいう事だ。俺は喜んで応援しよう。


 それから俺たちは、これからの日々が寂しくならないようにメイドさんが部屋に入ってくるまで語らい合ったのだった。



 

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