第23話「二度目の邂逅」


 気付けば俺は、真っ暗な場所で立っていた。

 ここどこだ…。

 一瞬そう思ったが、俺はこの空間に覚えがあった。


「久方ぶりだな」


 背後から声を掛けられ、振り返る。

 赤色のツノ、褐色の肌に黒い髪。玉座に座り、豪奢なローブを身に着けている魔族の見た目をしている女性。

 俺は彼女に一度会ったことがある。


「魔神……か?」

「そうだ。よく覚えていたな?」


 いや、よく覚えていたなと言われても。基本俺は貴方と結んだ契約のために頑張ってきた部分もあるよ?


「なんだ、そうだったのか?てっきり忘れられていると思っていたぞ」


 こいつ、俺の考えが読めるのか…!? 

 と思ったがそう言えば初対面の時も俺の考えを読んでいたな。


「と、いうか。この空間に来たってことは俺は死んでしまったのか?」


 この真っ暗の空間に来るのは二度目。

 前回は前世で死んだ直後に俺はここに来た。

 だとすればそう考えるのが自然だろう。


「いいや、現実のお前は眠っているはずだ。瀕死の状態ではあったが死にはしていない」


 俺はホッと胸を撫で下ろした。

 よかった。これでまた、クリスやヴェリーナ、メイドの皆ともまた会えるってことだ。


「それで、それなら何で俺はこんなところに?」

「ああ、先程我とお前は再契約しただろう?そのついでに少し話をしたいと思ってな」


 再契約……?どういうことだ? 


「俺は貴方と契約を切った覚えはないぞ…?」

「いや、切った」

「いつ?い、いや何故?」


 動揺する俺だが、一部冷静な思考もあった。

 彼女との契約内容は「彼女の悲願を叶える代わりに、『お姉ちゃん』の前だと魔力量が上がる能力を授かる」だ。

 だが、俺は『お姉ちゃん』の前で魔力量が上がるというような実感を持ったことが無い。

 現に、一人で魔術を使う時と、誰か『お姉ちゃん』が傍にいる時に使う魔術の威力が一緒であることは確認済みだ。


「確かお前がクリスティーナという女と初めて会う数日前だったか…。お前は私との契約を破棄するべきだと考えただろう?」

「ん………?そんなことあったか――」


 あった。俺が五歳の頃。

 まだその時の俺は魔術を使っていないし、そもそも『お姉ちゃん』に囲まれている人生だったから魔神との契約はデメリットしかない無意味なものだと、一瞬考えたことがあった。

 まさか、それだけで契約を切ったというのか…?そもそも契約なんて簡単に切れるのか?


「ああ、切った。私はお前のような別世界からの訪問者と言うのは初めて見てな。心配で様子を見に行っていたのだ。その時丁度お前がそんなことを考えていてな。あの契約は半ば強制的なものだったし、何よりお前はすでに幸福そうだったからな。私とお前の関係を切ったのだ」


 魔神は寂しそうに笑っている。

 

「そ、そうだったのか…」

「まぁ、結局、私とお前はこうして再び相まみえたのだがな」


 彼女は肩を竦めそう言った。

 彼女は軽そうに言うが、結構衝撃的な告白だった。


「だから俺の魔術は『お姉ちゃん』の前でも別に変わらなかったんだな…」

「そうだ。…そういえばお前、この数年で魔術を使えるようになったんだな。いつになっても子供の成長は目を見張るものがあるな…」

「いや、俺は一応中身はおじさんなんだからそういう子供扱いはやめてくれよ……」

「ふふ、悪かった」


 魔神は少女のようにクスクス笑った。

 おい、そういう一面はずるいぞ。


「さて。改めて契約の内容に移ろうか」

「あ、ああ」


 真面目な話タイムだな。気を引き締めよう。


「先ほど、俺とお前はまた契約を結んだ。内容は以前と一緒だ。お前は我が悲願を叶えるための駒となり、その代わりお前はお前の大好きな年上の女性―『お姉ちゃん』の前で魔力量があがる」

「なるほど……。ん?いや待て」


 確かに、気絶する前、俺は魔神から授かった力でリーサリーセを助け、ドラゴンを倒した。だがその時、俺は「魔力量が上がる」ってだけじゃ説明のつかない事をした。


「ひょっとして、魔力量がたくさんあると、無詠唱で魔術を使えるのか?」


 俺はドラゴンを倒す際、無詠唱で氷塊を作り上げた。

 それが分からないのだ。俺はまだこの世界に来て数年だが、無詠唱魔術と言うのは聞いたことが無かった。




「…?お前は何を言っているのだ?魔術に詠唱など必要なかろう?」




 だが、魔神から告げられた言葉は、全く予想だにしていないことだった。


「なん……どういうことだ?」

「魔術は念じれば使える。ほれ」


 そう言いながら魔神は人差し指を天に向けると、その先に小さい炎の球が浮かび上がった。

 詠唱などしていなかった。


「魔術に詠唱は必要ない……?いや、俺の知る限り、魔術を使う者は全員詠唱を必要としていたぞ?」

「なに?…………」


 魔神は深く考え込んでしまった。

 うーん分からんな。

 魔神はしばらく黙ったのち、口を開く。


「その詠唱を、一度唱えてみてくれないか?」

「あ、ああ。構わないけど…」


 俺は一つ咳ばらいをして構える。


「『魔術の祖よ。その豪氷の力を以って、かの者を穿つ力を――『氷弾アイスバレット』』」


 俺が唱えると、そこにはいつも通りの氷塊が…いや、違う。いつもの三倍くらいの大きさがあった。

 魔神からもらった能力が、彼女を『お姉ちゃん』と判断して発動したのだろうか。


「…ふーむ。興味深いな……。『魔術の祖』というのは一体誰なのだ?」

「え?うーん…聞いたことが無いな」


 指摘されて気付いたがそんなこと考えたこともなかったな。確かに、気になる。


「…そもそも『氷弾アイスバレット』というのはなんだ?現代の奴は魔術に名前を付けるのか?」

「いや、魔術に名前は必要だろう?」

「そうか?お前が言う『氷弾アイスバレット』とはこれのことだろう?」


 そういうと魔神は右手に氷塊を生み出す。確かにそれは、俺が今『氷弾アイスバレット』を唱えて作り出した氷塊に酷似していた。


「…魔神っていったい何年前の人間なんだ?」


 もしかしたら、長い年月を経て魔術のありようというものが変わったのかもしれない。

 俺はそう疑問に思って質問してみた。


「さてな。数百年経った頃から年など数えていない」

「………」

 

 だが、魔神からの答えは仙人じみたものだった。

 てか、そもそも魔神ってどんな存在なんだろう。この空間で生きているのか?いや、そもそも生きているのか?

 聞いてみたい気持ちもあったが、彼女の寂しそうな顔を見ると憚られてしまう。


「だが、先程見た限りお前はもう無詠唱で魔術を使えるようになっていただろう?」

「そう……だな」


 確かに、先程俺は無詠唱で氷塊を作り、風を生み出しリーサリーセを救った。

 あれは今魔神が使った無詠唱魔術と同じものだろう。


「ともかく、これからお前は我が悲願を叶えるための協力者だ。お前のツノがまた色を失わない限り、な」

「ツノ?」

「ああ、お前のツノの色は私と契約している証だ」


 確かに、俺が五歳の頃に魔神との契約を無意味だと考えた頃からツノの色が薄くなっていっていたな。あれはそういう意味だったのか…。


「さて、そろそろ現実のお前が目を覚ます頃だな。何か他に言い残したことはあるか?」

「うーん…。あ、そういえば貴方の悲願っていうのはまだ言えないのか?」


 俺が初めて彼女と契約した際、その悲願の中身はまだ言えず、とにかく大きい事をしてもらうとしか言ってもらえなかった。

 だからもう一度聞こうと思ったのだが、魔神は表情を暗くした。


「そうだ…。すまん、まだ言えん。だが、これからこうしてちょくちょくお前に会いに来るつもりではある」

「そうか。それは嬉しいよ」

「嬉しい?何故だ?」

「貴女も俺の『お姉ちゃん』であることに違いは無いからな」


 初対面の頃も言っただろう?俺は何も『お姉ちゃん』にモテる能力欲しさだけで魔神と契約したわけじゃない。目の前の『お姉ちゃん』のためにその契約を呑んだのだ。

 魔神は一瞬呆けた表情をしたが、フッと柔らかく笑った。


「ふふ…相変わらずだな、お前は。ではな、近い内にまた会おう」


 彼女が俺の額に手を当てると、俺は猛烈に眠いような目を閉じたいようなそんな感覚に襲われた。

 もう少し、彼女と話したかったが、まあ仕方がないか。

 俺は間もなく意識を閉じた。

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