第20話「ヴェリーナの覚悟」


「クリスお姉ちゃんの容態はどうでしたか!?」


 クリスが倒れた翌日。

 彼女の様子がどうしても気になった俺は彼女が眠っている部屋へ向かった。

 しかし、その部屋の前で扉を守っているように立っている執事に立ち入りを拒まれた。彼曰く、クリスは俺に会いたがっていない、と。推測するに体調を悪くした彼女は今の弱っている自分を俺に見せたくないのだろう。

 そう思った俺はリーサをその部屋に遣わせた。もしかすると、俺本人で無ければ執事も警戒せずに通してくれると思ったんだが…。


「ごめんなさい、ただの風邪の一点張りで……」

「そうですか……」


 リーサもダメだったらしい。まぁ、予想はしていたがショックだ。

 

 あぁ…!どうしたらいい!このままクリスの姿を一目も見れずに彼女を失ったら俺は……!!


 最悪の想像をしてへたり込みそうなくらい落ち込んでいるとドアがノックされる。

 もしかしてクリスになにか!?


「失礼します、坊ちゃん」

「ク、クリスお姉ちゃんに何が!?」

「うわぁ!?」


 ドアから入ってきたのはリーセだった。思いっきり驚いた顔をしていたが今はそれを気にする余裕はない。

 早く、教えてくれ!クリスはどうなったんだ!


「ご、ごめんなさい、クリスティーナ殿下の話ではなく…もう数刻後にヴェリーナ様がお見えになるということで…」


 リーセは申し訳なさそうな顔をしながらそう言った。

 きっと彼女も俺の心情は分かっていると思うしクリスのことを気にかけている一人だ。

 申し訳ない事をしてしまった。


「ご、ごめんなさい。驚かせてしまって…」

「い、いえ!坊ちゃんの気持ちも分かりますし…。どうしますか?今日はお引き取り願いますか?」

「……いや大丈夫ですよ。準備をします」


 きっとここで断ってしまえばヴェリーナは落ち込んでしまうし、きっとクリスも自分が原因で彼女を返すのは望んでいないだろう。

 俺はメイド双子と共に準備をするべく部屋を出た。


―――


「こんにちは、フリードリヒ」

「…ええ、こんにちはヴェリーナお姉ちゃん」


 ヴェリーナは今日も楽しそうだ。

 俺の前でそんな表情を見せてくれるのは嬉しいが、正直言って今はそれを素直に喜ぶことができない。


「…?どうしたの?どこか痛い?」


 笑顔を作っていたつもりだったがヴェリーナに心配されてしまった。

 営業スマイルは得意だったんだが、それほどまでに俺の心の大部分はクリスへの心配に占められているらしい。


「いや、なんでもないですよ…。今日もシェズ、しますか?」


 だが、ヴェリーナは俺と遊ぶためにここに来てくれたのだ。そんな彼女の気持ちを踏みにじるようなことはしたくなかった。俺は気合を入れ営業スマイルを作り直す。彼女には気持ちよく帰ってもらわないとな。それが一日かけてやってきた彼女への報いってもんだろう。


―――


 パチ……パチ………と駒を動かす音だけが部屋に響く。


 クリスは大丈夫なのだろうか。彼女は俺に心配させまいと病気を隠して風邪と言い張っているようだが、中身が大人な俺にとってそれは逆効果というものだ。これは彼女に罪がある訳では無いのだが。

 病名が分かれば少しは俺も楽になるんだがな。それが大したことがないのかそれとも重病なのか。それが分かるだけで少し気が楽になる。

 大したことのないものなら安心して病気が治るのを待つし、重病なら何か俺も力になりたい。森の奥底にある薬草が必要だというなら森に行って探そう。遠い国でのみ生産されている薬が必要なのだとしたら取りに行こう。


 あぁ…心配だ。心配で頭が埋め尽くされている。最早俺に何も言ってくれないクリスに苛立ちさえ感じてきた。俺ももう七歳だ。彼女はまだ、俺の事を何も出来ない子供だとでも思っているのだろうか。

 やはり今日はヴェリーナに帰ってもらった方が良かったかもしれない。

 もう何回もシェズをやっているが、いつもより精彩を欠く。


「フリードリヒはその…何か欲しいもの…」

「そろそろ貴方のおたん……いえ、やっぱりなんでもない…」

「つ、次貴方が勝ったらなにか買ってあげるわ!」


 それに、いつもよりヴェリーナの口数が多い気がする。

 しかも中々本題に入れずにそれより少し手前の話題で様子見をしているような雰囲気だ。

 そのじれったい様子が俺の苛立ちを加速させる。言いたいことがあるなら早く言って欲しい。


「……………」


 俺は駒を無理矢理敵陣に攻め込ませる。無謀な突撃だ。自分でもそう思う。

 だが俺はこのヴェリーナとの時間をさっさと終わらせたかった。

 しかし数十秒経ってもヴェリーナは次の手を打たない。

 何故だろうか。こんな馬鹿正直に突っ込んだ駒など早くとってしまって攻め込むだけで彼女は勝てるというのに。


 少しイライラした様子で盤面を見ていると、水が滴った。

 雨漏りか?と一瞬思ったがこれまでそんなことは起きなかった。

 俺が顔を起こすと、そこには涙を流しているヴェリーナがいた。


「え………」


 ヴェリーナは悲しさと怒りをぐちゃぐちゃにしたような顔で俺を見つめていた。


「ど、どうしたんですかヴェリーナお姉ちゃん!?」


 俺は咄嗟にそう言った。

 当然だろう。さっきまであんなに喋っていた彼女がいきなり泣き出したのだ。これで涙の理由を聞かない奴は心を持たない。


「だ、だって…グスッ、フリードリヒ全然話聞いてくれないし……!シェズにも、グスッ、全然集中してないじゃない……!!」


 なんてこった。心が持たないのは俺だった。

 クリスへの心配ばかりで目の前のヴェリーナの事を全然見れていなかった。

 いつもの俺だったらヴェリーナが言葉を濁しても察する努力はしたし、シェズも負けるとは知っていても真面目にやっていた。

 それが今日の俺はどうだ。

 ヴェリーナの話がはっきりしないからとイラつき、シェズでは無謀な攻撃ばかりしていた。早く終わっても何も良い事はないのに。


「フリードリヒも…!私の事嫌いになったの……!?」


 ヴェリーナは涙を拭くこともなくそう叫んだ。

 これはまずい。

 …ん?フリードリヒ「も」?どういうことだ?

 気にはなったが、今はそれを聞ける状況ではない。


「フリードリヒ……そろそろお誕生日って聞いたから……!魔族は誕生日に贈り物をするって聞いたから……!だからそれが聞きたかったのに……!!」


 ヴェリーナは泣き腫らしながら言う。

 どうやら彼女には今日、間近に控えた俺の誕生日のためにプレゼントは何がいいかを探る目的もあったらしい。

 なんてこった。

 俺はこんなにも友達想いの彼女を無視し、あまつさえ彼女に対し苛立ちすら感じてしまっていたのだ。

 完全に落ち度は俺にある。


「ご、ごめんなさい!今、クリスお姉ちゃんが体調を崩していて…それでちょっと焦っていて…冷たい態度を取ってしまいました…」

「……グスッ、そう…お姉様が……」


 俺はヴェリーナの涙を袖で拭きながらそう言った。本来はメイドさんの役目だが、今彼女たちにはクリスの症状を探ってもらうためこの部屋を留守にしていた。

 俺の謝罪を聞いたヴェリーナはまだ涙目のまま俺を見つめた。


「フリードリヒは…私の事嫌いになってない?」

「そんな訳ないじゃないですか」

「じゃあ私の事……好き?」


 その言葉と、彼女の弱ったような表情が相まって、胸がドキンと高鳴ってしまう。

 こ、これが弱っている涙目幼馴染系『お姉ちゃん』の破壊力……!?


「す、好きです……!」

「本当に?」

「も、もちろん……!」


 落ち着け俺ェ…!相手は十歳の女の子だ…!

 これは友達が今までいなかった子に友達が初めて出来たけどその子が本当に自分の事を友達と思ってくれているか不安だが自分にはその友達しかいないのでついつい本人に確認したくなってついつい出てしまった「私の事好き?」だ…!

 俺が頭の中で長文コメを流しつつ顔を真っ赤にしながら愛の告白擬きをすると、ヴェリーナは泣くのをやめて、すくっと立ち上がった。


「ちょっとお化粧を直してくるわ」

「え、あ、はい……」


 ヴェリーナは真顔で宣言すると部屋から出て行ってしまった。

 もしかすると俺の言葉では満足できなかったのかもしれない。

 いや、泣き止みはしたから大丈夫か……?


 俺が悶々と唸っているとドアがノックされる。

 ヴェリーナにしては帰りが早すぎるので恐らくメイドさんだろう。


『リーサです。今よろしいですか?』


 予想通り、ドアの奥にいるのはメイドのリーサだった。


「大丈夫だよ」

「失礼します」


 一礼しながら部屋に入ったリーサは少し焦っている様子だが部屋を見渡すと首を傾げた。


「ヴェリーナ様はいらっしゃらないのですか?」

「あー今お化粧直しに言ってるよ」

「そうなんですね」


 そこまで疑問に思うことではないのかリーサはすぐ納得した顔になる。

 しかし次の瞬間、切羽詰まったような顔になった。


「ぼ、坊ちゃん!」

「ど、どうしたんですか!?」

「クリスティーナ殿下の病名が分かったんです!」

「本当ですか!?」


 クリスの病気。それは今一番知りたいことだ。世界の何よりも。

 俺は彼女の言葉を一言一句聞き逃さぬよう全意識を集中する。


「魔塊病です…!」

「ま、まかいびょう…?」


 聞き馴染みのない病気だ。こちらの世界特有のものなのだろうか?


「そ、それはどういう病気なんですか?」

「魔力量が多い人がなりやすい傾向にある病気で、使っていない魔力が体内で固まってしまって体の様々な動きに支障を満たす病気だそうで…。最悪体中の魔力が固まって死んでしまうようです…!」


 死。

 嘘だ。クリスが死ぬ……?


「ち、治療法は!?」

「それが……古い時代に流行した病だそうでお医者さんも詳しくないみたいです…。今は使用人が総出で調査していますがまだ…」

「くっ……!リーサもそれに加わって探してください!僕も後で向かいます!」

「わかりました!」


 リーサはその言葉を待っていたと言わんばかりに部屋を飛び出した。

 ここはどうする!?ヴェリーナに一旦帰ってもらって俺も調査に参加するべきだよな!?

 だが今、俺と彼女の間には微妙な雰囲気が残っている!このモヤモヤを残したまま別れるというのもマズイ気がする!

 

「ねぇ、フリードリヒ」

「うわっ!」


 いきなり声を掛けられ驚き後ろを振り返ると、ヴェリーナが立っていた。

 考え込んでいて彼女が返ってきたのに気づかなかったらしい。


「ご、ごめんヴェリーナお姉ちゃん今日は――」

「盗み聞きをするつもりじゃなかったけれど、お姉様が魔塊病になってしまったの?」

「うぇっ!?」


 俺がヴェリーナを苦渋の判断で帰らせようとすると、ヴェリーナはそう言った。

 廊下に声が響いてしまったのだろうか。

 よく見ると、これまでで一番真剣な顔をしている。


「お姉様、魔塊病なの?」


 ヴェリーナはもう一度そう言った。

 もしかすると魔塊病について何か知っているのかもしれない。いやしかし彼女はまだ十歳だよな…?

 あーもう!


「そうなんです!何か治療法について知りませんか!?」


 俺はもうどうにでもなれとばかりにそう言った。藁にも縋る気持ちだった。


「………そう」


 彼女はたっぷり間をとってそう言った。そしてなにやら考え出した。


「………?」


 ひょっとして治療法を知っているのだろうか。しかしそれなら何故それをすぐ言ってくれないのだろう。俺の焦りっぷりは見てわかると思うんだが。


「わかったわ」

「わかった……?」


 何が分かったの言うのだろう。俺の混乱っぷりか?

 困惑する俺をよそに、ヴェリーナは徐に窓の方へ歩いていった。


「ここで待っていて、フリードリヒ。私きっと、貴方の役に立つわ。だからね、私が帰ってきたら、私の事も見てね」

「は……?」


 ヴェリーナは何を言っているんだ。

 しかし、俺が何かを言い出すよりも早く、彼女は翼をはためかせながら窓からその身を投げた。


「はぁっ!?」

 

 俺が慌てて窓から身を乗り出すと、彼女は翼で城の東にある大森林へと飛び立っていった。


「ど、どういうことだ…?」


 俺は彼女を追うべきなのだろうか。いやしかしクリスの病気のこともある。ここで俺がいなくなってしまったら…!いやしかし早く追わないと見失ってしまうかもしれない…!

 どうする…!?どうすればいい……!?


「坊ちゃん!分かりましたよ!」


 頭を総動員して悩んでいると、リーサが部屋に飛び込んでくる。

 

「な、何がですか」

「クリスティーナ殿下の病気のことです!」


 そうだ。リーサにはその調査に加わるようにお願いしていたな。

 自分で行かせたのに忘れてしまうとは…。一度落ち着かなければ。


「治療法は分かったんですか!?」

「はい!竜の卵には万病を治す効果があると言われていまして!過去にそれで治ったという記録があったそうです!」

「ほ、本当ですか…。よかった……」


 俺はホッと胸を撫で下ろす。

 しかし、治療法が分かったにも関わらずリーサの表情は暗いままだ。


「いえ……。まだ安心できません」

「ど、どうしてですか?竜は実はもう絶滅しているとか?」

「いや、竜自体は魔王親衛隊の皆様の働きによって、最近このあたりに巣を作ったということが分かっています」

「じゃあ問題は?」

「竜は強いです…。十人で挑んでも勝てないことがあるほどに。しかも竜は卵を守る本能があって、卵を害する者への態度はより強烈なものになります。今、魔王親衛隊の大部分は出張中で、戻ってくるのは約三日後。それも十人程の小規模な小隊で、他の部隊が返ってくるのにはより時間がかかります」

「なっ!」


 この世界に竜がいることは知っていたがそれほど強力とは…!しかも魔王親衛隊がほぼ留守にしている!?そんなことが…。

 いや、そんなはずは無くないか?魔王親衛隊は言わば魔王の軍。そんな彼らが守るべき魔王を置いて大部分が散らばるなど…!もしも攻められたときに備えて防衛のために残しているはずだ!


「この城にまだ親衛隊は残っていますよね!?彼らの力で…!?」

「それが…エルガー陛下が「一人の娘を救うために魔族の長たる魔王を危機にさらすわけにはいかない」と…」

「くぅ…!」


 確かに、それは理知的な判断なのだろう。

 俺はこの世界の情勢についてまだ詳しくないが、もし目の前に兵を持たない王がいたら攻めない国はほぼないだろう。

 今親衛隊全てを城から離せば魔族は他の種族からの侵攻や反乱などを受けてしまうかもしれない。エルガーはそう考えている。


「こうなったら俺が行く…!」

「む、無茶です坊ちゃん!」


 部屋を出ようとする俺に対してリーサはドアの前で立ち塞がる。いつもは頼もしい彼女だが、今だけは憎たらしい…!いや、彼女の行動が俺の事を想ってくれているが故なのは十分理解しているが…!

 こうなったら窓から――!

 ………あれ?


「リーサ、さっき竜が住み着いたって言いましたよね」

「…はい?そうですね。親衛隊の哨戒の方が…」

「どこで、ですか?」

「え~と……東の森ですね。なんでそんなことを?」

「――――」


 東の森。

 そこは先ほど、ヴェリーナが飛び立っていった場所だった。

 

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