第5話「勉強の成果」



 五歳になった。

 この二年、俺はメイドさん、特にリーサリーセ姉妹に色々な事を教わった。案外二人とも勉強の時間になると真面目だった。

 さて、教わったことは多岐にわたるが特に面白かったのはやはりこの世界に関することだろう。

 科目の一つに算術の授業があったが俺は前世ではアラサー、ぎりぎり因数分解くらいなら出来るので四則計算くらいなら教わることはなかった。しかし、全く算数に触れてこなかった子供がいきなり「312×256は79872!」なんて言ったら両親は嬉しいより不気味が勝つだろう。そういう訳でほどほどに出来ないふりをした。それでも二年で、しかも五歳にして四則計算をマスターしてる時点でおかしいので相変わらず俺が神童という噂は絶えなかった。しかし、その噂の一部に「やはりエルガー陛下のご子息は天才なのだ」と言ったものがあったが、「やはり」という箇所が少し気になった。

 いや、今はこの世界についてだったな。授業の一つに地理があったがこれが中々面白い。

 

 まず、この世界には複数の人種がある。

 一つ目、人族。図鑑のイラストを見ただけだが、おそらくこの人種こそが俺の知っている人間だろう。他の種族と比べ非力だが、知能に長け魔術が得意な者も多い。

 

 二つ目、魔族。この世界での俺の種族。魔族に共通する外見的特徴として、角と尻尾がある。翼はどうなんだ?と思ったが、魔族全員に翼がある訳では無く魔族の中でも上位の存在、上位魔族のみが持っている特徴らしい。何を持って上位とするかは知らないが、確かに俺の父親は魔王。他の魔族と比べればそりゃ上位か。

 魔族の特徴として、腕力及び魔術に長けているらしい。欠点が無いように見えるが、昔はあまり群れで生活することが無く他の種族の文明にボコボコにされていたらしい。他の種族と比べ、一人で完結するから必然的に群れる必要が無かったのか。その歴史から魔王が統治するようになったと言う。また、強さが絶対という本能があり、魔王もいかに他の魔族よりも強いかという価値観から決まっているのだとか。

 

 三つ目、妖精族。そう、あのエルフである。耳が長く、長生き。魔族も他の種族と比べ長寿らしいがそれ以上だと言う。特徴はほぼ前世で得た知識と変わりはなかった。魔術が得意で排他的。母親であるニクシーは妖精族の種族の中の一つ、闇妖精族という種族で、普通の妖精族と比べ攻撃的で妖精族ほど排他的ではないらしい。


 四つ目は炭鉱族。いわゆるドワーフってやつか。採鉱を好み、洞窟などの地中で暮らす者が多いからか身長が低く、夜目が利く。酒、温泉が好き。他の種族に希少な金属などを売ったりしており温厚な者が多い。


 五つ目、龍人族。図鑑の絵を見る限りめちゃくちゃカッコイイ。魔族のそれとは違う立派な角に、太い尻尾、たくましい翼を持っている。そして炎の息や冷気がほとばしる息を吐くことが出来る。全種族の中で一番腕力があるが、魔術を使う者はあまりいないらしい。腕っぷしがあり、遠い敵には炎のブレスときた。そりゃ魔術を使う必要が感じられない。


 六つ目、獣人族。皆も想像が容易であろう。そう、犬耳や猫耳の種族だ。ケモナー大歓喜。しかし図鑑の絵を見る限りはケモナーレベル1と言ったところか。獣人族として共通する特徴はあまりなく、獣人族の中にも種類があり、犬耳族は嗅覚に優れ忠誠心が高かったり、猫耳族はマイペースで綺麗好きなど、それぞれに特徴がある。いいな…猫耳メイドとか見たいな……。


 最後の種族、小人族。名前の通り背丈が低い。炭鉱族よりも少し低いらしい。しかしその特徴故すばしっこい。文明的な生活より牧歌的な生活を好み、自給自足的な生活を細々としている。

 

 そして、この世界には主要となる四つの大きな大陸がある。

 一つは俺がいる魔王城のある大陸、アドラ大陸。その左、自然が豊かなミカ大陸。この二つの大陸に蓋をするかのように北に位置するのが、一番発展しているセシア大陸。そしてセシア大陸から少し離れて北にリスラ大陸がある。

 一つずつ詳細に説明する。


 まずは俺のいるアドラ大陸。主に魔族が生息しており、数千年前から魔王が統治しているが、結構適当というか、アバウトな統治らしい。豪族と呼ばれる各地の有力者がそれぞれの土地を統治し、魔王に金や食料を貢ぐ。その代わり魔王は他の種族などからの攻撃があれば自分の兵を派遣する。

 しかしここ最近は各地の反乱や他の種族がこの大陸への進出を狙っていたりと、色々と大変らしい。エルガーが忙しそうにしているのはそれが原因で、少し前はあそこまで忙しそうではなかったとリーサが言っていた。

 大体魔王によって統治されているのがこの大陸の東半分だという。アドラ大陸の左側は主に竜人族が暮らしているが、この二つの種族は割りかし仲が良く、王族同士の結婚も過去行われているのだとか。

 王はいるが、魔族に国と言う意識はなく、最強の個である魔王を主君とし各地で暮らしている……という意識のようだ。国でしか生きたことのない俺からするとあまりピンとこない考えだが、国を持っているのは人族だけのようだ。


 次にミカ大陸。他の大陸と比べ自然豊かで、おもに獣人族と妖精族が住んでいる。しかしその二つの種族どちらも排他的な性格をしており、ニクシー曰くほとんど交流はないらしい。


 その上、セシア大陸。これまでの大陸と比べ人族が多く暮らしており、ほとんどの土地が人族の国に属している。中央にあるのがシトラ王国でこれが現在の覇権国だ。その周囲にはたくさんの中小国があり、特にセシア大陸の東側は毎年のように戦争が起こっている紛争地域らしい。一年単位で国が興り滅亡するため、セシア大陸の東側の地図には国の表記が無いという。


 最後にリスラ大陸。この世界で主流の宗教、リスラ宗教の総本山。人族が治めている国で、他の種族を見下しており、人族こそが至高の種族だと信じて疑わない連中のようだ。異世界ものでよく聞く宗教だな。

 

 ここまで長々と話したが、あくまで俺が習ったことを説明しただけで、もしかしたら俺の知らない人種だったり大陸があるのかもしれない。また、習った内容自体が誤りの可能性もある。メイドさんを信用していない訳ではないがここは俺がいた情報化社会ではなく本一冊一冊に高い価値の付けられているまだまだ未発展な文明だからな。記されていること全てが正しいとは限らないだろう。

 あ、そういえば異世界転生のメインデッシュとも言える魔術の話をしていなかったな。

 だが、何故か魔術の授業が無かったんだよな。結構興味あるんだが…。だが思いの外授業やらなんやらで忙しく魔術をしている余裕はなかったかもしれない。

 しかし、一ついいものを覚えたぞ。あれは俺の教育が始まってすぐ。だから大体二年前か。



――


 それは晩御飯を食べ終わり、トイレから部屋に戻る時だった。


「あ」


 俺が普段暮らしている離れ、実は魔王親衛隊の兵営に近い場所に存在していて、晴れている日だったら窓から彼らの訓練風景を見ることができた。今は夜であったが、灯りがあった。

 そこには恐らく俺の身長よりも長い武器を軽々と振り回す女性の姿があった。その人物に俺は見覚えがあった。エルガーが俺に魔王宣言をした時にいた男女の兵士の片割れ。

 確かエルガーからはサリヤと呼ばれていたはずだ。

 あの時に見た鎧姿ではなく、訓練中だからかラフな格好をしていた。俺は窓から彼女の訓練風景に目を奪われていた。

 何故か。

 それは勿論年上美人だからである。少し冷ややかな印象を受ける目つきだが、顔つきは端正でいつまででも見ていられる気がした。

 そしてその時、俺は気付いた。そういえば俺、剣術とかは教わっていないなと。

 

「…………」


 そこで俺は意を決して彼女に話しかけることにしたのである。



――


「こんばんは、サリヤさん」


 近づいてみてわかったが、やっぱり美人だ。綺麗で煌めいているようにも見える青髪、利発さが感じられる顔。女性にしては高い身長、おそらく170cmくらいはあるか。それでいてやはり武人だからか、引き締まった身体をしていた。


「……こんばんは、殿下。よく私の名をお覚えでしたね」

「もちろん」


 彼女は汗だくの顔をこちらに向け、驚いたように言った。

 確かに彼女に会ったのはあの一回だけだが、俺が『お姉ちゃん』の名前を忘れることがあろうか、いやない。


「それで、私なぞにどういったご用件でしょうか」

「お話の前に、こちらをお使いください」


 俺は先ほどメイドさんから受け取ったハンカチを差し出す。

 んふふ、こういったところから好感度を稼いでいくぜ。


「……………ありがとうございます」


 彼女は目を見開き、しばらくハンカチを凝視していたが素直にそれを受け取り汗を拭いた。

 うむ。そのハンカチは私が後で受け取っておこう。なに、洗濯して返す?いやいや結構洗濯しないからこその良さが――

 おおっと。


「それで、どういったご用でしょうか」

「ええっと、僕もそろそろ剣術というか…何かしらの武器の使い方を教わりたいな、と!」


 サリヤさんが俺に手取り足取り、そして触れてしまう手…意識してしまう二人…二人はやがて恋に落ち――


「なるほど。それでしたら、陛下と相談の上剣術が得意な隊員をご紹介しましょう」


 あ、あれ。


「ええっと…サリヤさんに教わる訳には…」

「私は剣を扱いませんので」


 そう言った彼女の手元を見ると、確かに剣では無かった。

 斧の先端に槍がついているような武器だ。なんか見覚えあるな……確か、確か…。


「ハルバード…でしたっけ」

「……よくご存じですね。一部ではそういう名称で呼ばれることもあると聞いたことがあります」


 彼女はそれをブンと一振りし、ピタッと止める。

 簡単に見えてすごいことだろう。武器なんだから当然金属で出来ているはずだし、彼女の背丈くらいはある。重いはずだ。金属バッドを振るのとは次元が違う。


「私はこの鉾槍を主武器として扱っています。ですので、殿下のご期待には沿えないかと」


 いや、正直武器はなんでもいい。剣でも槍でも。俺はサリヤとお近づきになるために声をかけた。しかし、それを正直に伝えてもダメだろう。彼女はこんな時間に鍛錬をするほど生真面目なのだ。そんな下心丸出しでは一蹴されてしまうだろう。


「…いや、僕はその武器だからサリヤさんに声を掛けたんです」

「…え?」


 彼女は驚いた、しかし少し期待したような顔でこちらを見た。

 よし、いけるか?


「実は以前、鉾槍についての本を読んで、そこから興味を持ったんです。ですので是非サリヤさんにと」

「そう……ですか」


 彼女は手を顎に当て言った。何か考える時の癖なのだろうか。


「今の隊で鉾槍を扱えるのは私だけ…しかし、副隊長の仕事が……」

「え、サリヤさんって副隊長だったんですか」

「はい。まだ実力不足だと自分では思っていますが」


 じゃあもしかするとあの時執務室にいたもう一人の男性が隊長だったりするのだろうか。俺がそう言うと、


「はい。あの方が隊長のウンガルフです。槍術に明るく、これまで何回も反乱の鎮圧に成功しています」


 との言葉が返ってきた。

 なるほどね。しかし、サリヤさんが副隊長ってのは予想外だったな。隊長までは無いが副隊長も忙しいだろう。わざわざ時間を作ってもらうのは少し申し訳ない。

 そう思って俺がやっぱり大丈夫ですと断ろうとした時、彼女は小さく頷いた。


「明日、陛下と隊長に相談します」

「えっ」


 え、いいの?

 正直サリヤさんちょっと冷たい感じだしあんまり俺に興味なさそうだから普通に断ってくるかと思ったぞ。


「私としましても、私以外の方が鉾槍を使うことは喜ばしい事なので」

「…?他の隊員の方はやらないんですか?」


 俺がそういうと彼女は少し暗い表情を作った。


「……鉾槍はあまり人気が無いと言うか…やはり殿下のような小さい男児は剣術をやりたがるので、その結果隊の者はほとんどが剣、槍、弓を扱い、あまり知られていない鉾槍を使うのが私一人という形になっていまして」

「へ、へぇ…」


 しかし親衛隊とはいっても要は軍隊なのに武器は統一されてないんだな。


「ですので、私としましては殿下に鉾槍を教えることに不満はありません。というより、是非やらせて欲しいです」


 ふむ。マイナーだけどめちゃくちゃ面白かったエロゲーを他人に布教するようなことだろうか。そういうことだったら俺も覚えがあるし、是非協力したい。経験上、人から教わるマイナーゲーってのは大抵面白いからな。


「ありがとうございます、それではよろしくお願いします」

「いえ、こちらこそ。それでは明日、陛下と隊長にお伝え次第また連絡します」


 そう言って今日は俺らは別れた。



―――


 その翌日から、俺の授業にサリヤさんの鉾槍の授業が加わった。


「いいですか。まずこの武器は、相手を斬る斧頭、突く槍、そして引っかけるための鉤爪で成り立ちます。そして基本の構えですが――」


 まだ俺の身体が出来てないからであろう、その授業はまずは座学から始まり軽い素振りのみであった。早くカッコいい技とか教えて欲しいもんだが、こういうのは焦らない方がいいだろう。なんにしろ俺はまだ三歳なわけだしな。




―――


 それから一年経ち、四歳になったころ。

 サリヤと実際に実戦形式の訓練を行うようになった。勿論訓練用の木製の鉾槍だし、相手はめちゃくちゃ手加減している訳だが。サリヤは教え上手で俺の何が悪かったのか、そしてどう改善すべきかを一回一回の稽古で教えてくれた。本人は否定していたがこの能力こそが彼女を副隊長たらしめる理由なのかもしれないな。


「殿下には、才能が有りますね」


 その日の訓練が終わり、くたくたになり横になっている俺にサリヤはそう言った。


「そ、そうですか…?」


 息を切らしながらやっとの思いでそう返すと彼女は、少し微笑んだ。レアだ。レア微笑みだ。


「ええ。最初は何故私に声をかけたのか正直わかりませんでしたが、ここまで一生懸命に訓練している殿下を見るとわかります」


 わかっちゃったか。訓練していれば合法的に年上美女(汗濡れオプション付き)を拝めると言うことが。あれ、わかられちゃだめじゃない。


「殿下は本当にこの武器に関心があったのですね」


 …何か勘違いしているようだが、まぁいいか。いい風に勘違いされてる分には構わない。

 それに、一年訓練してきてわかったが、俺はこの武器、鉾槍に愛着が湧いてきた。

 そりゃ確かに俺がこの世界に来た当初は剣とかカッコいい武器の方が気になってはいた。

 しかし鉾槍と言う武器、中々に奥が深い。一つの武器にして三つの性能があるこの武器を使いこなすには身体だけではなく頭も使う。そして、それだけこの武器だけでやれることも多い。

 斬ったり、突いたり、引っかけたり。

 俺はいつのまにかこの武器に惹かれていた。最初はサリヤとお近づきになるための道具のつもりだったんだがな。


「これは私の持論ですが、なにかの武術を極めるために必要なものは結局努力です。殿下には努力する才能があります」

「いえ、サリヤさんの教えの賜物ですよ」

 

 努力する才能、ね。

 前世の経験上、何かのために努力することには慣れている。受験やら資格勉強の際にはそれに感謝したもんだ。


「ああ、それと殿下」

「なんでしょう」


 サリヤは横になっている俺の傍にしゃがみ、顔を近づけた。

 え、な、なんですか。近い、近いです!ガチ恋距離です!


「私のことはサリヤ、で結構ですよ。殿下は陛下のご子息なんですから私に畏まる必要はありません。敬語も結構です」

「―――――」


 …………。


「…?殿下、聞いていま――え!?は、鼻血!?だ、誰か医者を!」


 年上クーデレ美女のデレ、頂きました。

 ありがとう、鉾槍。お前を選んでよかったよ。


―――


 そういう訳で、俺は三歳からの二年で色々なことを学んだ。

 今述べた地理だったり鉾槍だったり。

 しかし、魔術も教わりたいな。あ、あと年上美人お姉ちゃんも欲しい。

 メイドさんたちはやっぱりメイドって立場だからなのかちょっと俺に遠慮している所もあるし、サリヤは最近あまり時間が無いらしい。殿下寂しいぜ。


 この時の俺は考えもしなかった。

 この後すぐに、その二つの願いが同時に叶ってしまうということ。




 

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