第23話 力加減は苦手なんです

「そっか~! いやぁ、そんな一大イベントに出くわすなんて、ボクたちも運が良かったね、シバケン! 〈人間〉、しかも王女様だなんてどんな人なんだろう? 今から楽しみになってきたよ。〈人間〉を直接見るのは、ボクも初めてだからなぁ」

「アハハハ、何言ってるんだよジャック。〈人間〉ならお前の目の前にいるじゃないか、馬鹿だなぁ」


 合わせた両手を頬に当て期待に満ちた顔をするジャックに、俺がやんわり指摘する。


「アハハハ、何言ってるのさシバケン。それはただのキミの作り話じゃないか、馬鹿だなぁ」


 出来の悪い教え子の間違いを優しく正す先生のように、ジャックがやんわりと一蹴した。


 相も変わらず信用する気ゼロだぜ、おい。ここまでくるといっそ清々しいぜ、おい。


「ま、そんな話はともかく……そういうことなら、ボクもますます頑張らなくちゃね! 何しろこれだけ人がいるんだから、絶好の稼ぎ時だよ! 明日は荷馬車で武具を売り回るから、シバケンもちゃんと手伝ってよね? ボクが稼がなかったら、旅はできないんだからさ」


 ジャックはそれだけ言うと、運ばれて来た何かの魚のソテーを美味そうに頬張り始める。


「ふふ。仲がいいんですね、お二人は」


 俺たちのやり取りを見てクスクスと笑っていたラヴラも、目の前の料理に手を付け始める。


 顔を綻ばせるそんな二人をみている内に何だかすっかり毒気を抜かれてしまい、それ以上は何も言わず、俺も溜息交じりに自分の皿に手を付けた。


 …………いや、あれですよ? 

 断じて、断じて「俺がジャックの稼ぎに頼っている」という指摘に反論できなかったわけではないですよ? 本当ですよ?


「うわっ、マジかよ! 今のはズルいだろ!」

「負けは負けだっつーの。ほら、さっさと寄こしな」


 ふと、賑やかな酒場の片隅で騒がしい声が上がった。


 思わず顔を上げて声のする方を見やれば、酒場の奥の丸テーブル席、向かい合って座っている二人の亜人種の男が、どうやらやかましい声の出所らしかった。


 テーブルの上に食器に混じって硬貨や何かのカードが散乱しているのは、賭け事でもしているのだろうか。


 高級レストランじゃあるまいし、あまり肩肘張ったことを言っても仕方ないのだが、さすがに声のボリュームが大き過ぎる。

 店内にいた何人かの客も、不愉快そうに顔を顰めていた。


「……何だい、あれ? うるさいなぁ」


 ジャックが、皿に伸ばし掛けていたフォークをテーブルに置く。


「他のお客さんの迷惑じゃないか。ボク、ちょっと注意して来ようかな?」

「馬鹿、座ってろ。ああいう手合いには、関わらないのが一番なんだよ」


 今にも突っかかっていきそうな雰囲気のジャックの手を掴んで、俺が大人しく座っているようになだめていると、


「ら、ラヴラ……?」


 既にラヴラは席を立ち、ツカツカと男たちのテーブルのすぐ近くまで歩み寄っていた。


 ジャックをはじめ、酒場にいた皆が固唾を飲んで見守る中、ラヴラがおもむろに口を開く。


「あ、あの」

「ん? ……げっ」


 遠慮がちなラヴラの呼び掛けに、ゲラゲラと下品な笑い声を上げていた男の眉間にしわが寄る。


 相方の態度を怪訝に思ったのか、もう一方の男も背後を振り返り、ラヴラの姿を見るや否や、やはり同じように顔を顰めた。

 面倒臭い奴に見つかった、とでも言いたげな表情だ。


「…………はっ、これはこれは、誰かと思えば騎士様じゃねぇか? 俺たちに何かご用ですかい?」


 しばらくはばつの悪そうな顔をしていた男の一人が、次には不敵な笑みを浮かべてそう吐き捨てた。

 威嚇するようなその態度に少しだけ気圧されながら、ラヴラが言葉を続ける。


「いえ、その……お酒や賭け事を楽しむのは良いのですが、もう少し静かにしては貰えませんか? 先ほどから、あの、他のお客さんのご迷惑になっていますので。さすがにこれ以上は、私もこの街の騎士として見過ごすわけには……」

「あぁん!」


 ラヴラの言葉を遮って、男の一人が乱暴に机を叩く。


「ひっ」


 思わず小さく声を上げてしまったラヴラを見て、男はラヴラを騎士ではなく単なるか弱い少女とみなしたようだ。

 威嚇するように、じりじりとラヴラににじり寄っていく。


「あのな、街の治安を守るだかなんだか知らねぇが、お前ら騎士団に、気持ちよく酒飲んでるところを邪魔される筋合いなんざねぇんだ、よっ!」


 男は大分酔っ払っているようで、典型的なほどに逆ギレ全開なセリフを吐くと、あろうことかラヴラに向かって大振りのパンチを繰り出した。


「きゃあ!」

「ラヴラッ!」


 悲鳴を上げながら咄嗟に右腕を前に構えるラヴラ。


 ジャックや店内にいた他の客からも叫び声が上がる。


 ──だが。


「――いっでぇぇぇぇぇぇぇ⁉」


 次の瞬間、それをかき消すような大絶叫を放ったのは、殴ったはずの男の方だった。


「へ?」


 男の拳は、ラヴラの顔に届く直前で、彼女の銀燐の腕に掴まれていた。


「いででででででで! お、お前、〈竜人種〉……⁉」

「え? え? ど、どうしたんですか? 大丈夫ですか?」


 突然叫び出した男に動揺しながらも、ついさっき殴りかかって来た相手だというのにも関わらず、ラヴラは心底心配そうに声を掛ける。


「て、手が、手が……!」

「手? 手がどうかしたのですか? もしかして、何か怪我をされているのですか? 大変、ちょっと見せて下さい!」

「ぎゃああ! ち、違う! そ、それ以上強く握るな! 手を、手を放してくれっ! お前、俺の拳をね、ねじり取る気か……っ!」


 酒で赤みを帯びていた男の顔は、今やすっかり青ざめてしまっている。


「そんな! ねじり取る、だなんて……そ、そこまで力は入れていませんよ?」

「馬鹿っ、お、お前ら〈竜人種〉の握力と、俺たち普通の亜人種を一緒にすんじゃねぇ!」


 息も絶え絶えの男の言葉に、ラヴラがようやく事態を飲み込めたという風に男の拳から手を放した。


 ようやく解放された男は若干涙目になりつつ、しきりに自分の手を擦っている。


「あ、あの……」

「ひっ! く、来るな! わかった、俺たちが悪かったからっ!」


 なおも心配そうに声を掛けるラヴラに怯えながら、男たちは転がるように酒場を後にした。

 

 その背中に手を伸ばしながら、ぽつねんと取り残されたラヴラが、少し悲しそうに俯く。


「あ、ああ……私ったら、また……」


 うん、そうね。力加減は苦手だって、さっき言ってたもんね。


 ラヴラには全く非はないのだが、何となくさっきのチンピラたちに同情してしまうな。


「いやいや、よく追い払ってくれたよ。ありがとう!」

「さすがはスパニエルの平和を守る騎士団員さんだ!」


 男らが店を去ると同時に、店内に再び賑やかな喧騒が戻ってきた。


 手に手にジョッキを持った酒場の客たちがラヴラの下に群がっていき、感謝の言葉を述べたり肩を叩いたりしている。

 瞬く間に、ラヴラの姿が見えなくなってしまった。


「ハハハ、凄いや。あっという間にあの酔っ払いたちを追い払っちゃった。大人しそうな子だと思ってたけど、ラヴラってとっても勇敢なんだね。さすがは騎士だよ!」


 いやまぁ、正確には追い払ったというより相手が勝手に自滅しただけな気もするけどな。


「それに、あんな最低男たちにも気遣いの心を忘れないなんてさ。ボク、同じ女の子としてちょっと気後れしちゃうなぁ。見習わなきゃ」


 いやまぁ、それもただ単に地獄への道を善意で舗装していただけに見えなくもないがな。


「とはいえ……」


 たしかに、あんなに可愛い上にこれほど献身的だなんて、今じゃほとんど絶滅危惧種扱いされているようなできた女の子だ。

 正に正統派美少女。清純派アイドル。


 もし、実は天女か女神の生まれ変わりだった、みたいな設定が彼女にあったとしても、俺はけっしてそれを「ご都合主義的な後付け」などとは思わないだろう。


 大勢の人に囲まれて、恥ずかしいような、困ったような顔であたふたするラヴラを遠巻きに見ながら、俺はしみじみとそんなとりとめのないことを考えていた。

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