第22話 街歩きinスパニエル

「うわわっ、本当に人でいっぱいだ!」

「お二人とも、なるべく私から離れないように気を付けて下さい」


 ツアーガイドのお姉さんよろしく引率をするラヴラ。その後を追って俺たちがやって来たのは、先ほど門をくぐった時に見えていた大通りだ。


 身動きが取れない、というほどではないものの、少なくとも走り回ることはできないくらいには賑やかな雑踏の合間を縫っていく。


 ただ歩くだけでもこの調子だ。きっと俺とジャックだけでは買い物をするのも一苦労だったに違いない。

 だが、往来の激しい大通りから、誰がいつ使うのかすら不明な裏道までもを熟知していたラヴラの案内のお陰で、俺たちの買い物はすこぶる順調に進んでいった。


「わっ、凄い! このお店、凄い品揃えだよ!」

「おっ、お嬢ちゃん、わかってるね。よーし、どれでも半額にしてやる。持って行きな!」

「ほんと? ありがとう、おじさん!」


 ジャックの方は、ラヴラが見繕った何件かの武器防具や素材の店に入る度に、千切れんばかりに尻尾を振りながら目を輝かせていた。

 

 物色している物が鉱石や魔物の皮などではなく小物やアクセサリーで、背中に背負っている物がハンマーではなくバッグとかだったなら、どこからどう見ても買い物を楽しむ普通の街娘にも見えたのだが。

 それはともかく、どうやら必要な物はこの街で全て手に入れられそうだった。


 俺の方も、ジャックの買い物に付き合うついでに色々と冷やかして回っていた。

 さすがにその辺の小さな村とは違って、食品や生活用品の店に加えて、服や帽子、靴なんかのおしゃれの店や、占いや射的や立ち食いなどの娯楽関係の店も豊富で、なかなかに興味深い。


 中でも特に気になったのが、赤や青など色とりどりの液体が入った小さいガラス玉が宝石のように店先に綺麗に並べられている、とある小さな露店だった。


「やあ、少年。何か気になる品はあったか?」


 そのファンタジックな光景に思わず店の前で足を止めた俺に、店主らしき気の良さそうな〈狼人種ライカンスロウプ〉の男が尋ねてきた。


「いや、凄く綺麗だなと思ってさ。この店は何の店なんだ? 宝石店?」

「ハハハ、確かに凄く綺麗だが、これは宝石ではなくて薬だ。傷薬とか、毒消しとかだな」


「へぇ、薬か」と俺がまじまじと商品を眺めていると、店主の男が自らのまんま狼の頭を指差しながら冗談めかして言った。


「安心してくれ。こんなが売ってはいるが、別に変な薬ではないぞ? ちゃんと《調合師》のスキルを持った腕利きが作っている品々だからな。効能と安全性は保障する。絶対だ」

「へぇ、そんならいくつか貰っていこうかな」


 こんな具合で、俺も異世界に来て初めての街らしい街での買い物――勿論、ネタと情報集めも抜かりはない――を満喫した。


 一方、俺たちばかり楽しんで、特に何を買うでもないラヴラには悪いとも思ったのだが、


「ねぇ、ラヴラ! この髪飾り、どうかな? ボクに似合うかな?」

「うーん、それも可愛いですけど、ジャックさんの髪色だったらこっちの方が……」


 ラヴラは俺たちが買い物をしている間も嫌な顔一つせず付き合ってくれて、彼女も彼女で服や帽子の店に入った時なんかは、ジャックと一緒になって年頃の女の子らしく顔を綻ばせて楽しんでいる様子だった。

 かえすがえすも、マジ天使なラヴラさんである。


 ※ ※ ※ ※


 なんのかのでひとしきり買い物を済ませてから、俺たちはラヴラの提案で、大通りから少し枝分かれした中くらいの通りに面している、こぢんまりした酒場で一息つくことにした。


「ふー、買った買った! そして重かった! もう麻袋が破けそうだよ。フフフ、でもこれでしばらくは在庫の心配をしなくて済むかなぁ」

「滞在初日に一気に買うからそんなことになるんだよ、アホめ。何日かいるんだから、出発する日までにちょっとずつ買えば良かっただろうに」

「わかってないなぁ、シバケンは。お宝や素材との出会いは一期一会なんだよ? 一度見つけた獲物は迷わず手に入れるのは、トレジャーハンターの常識じゃないか」

「知らんわ、そんな常識」


 注文を取りにきた店員さんが少し邪魔くさそうに一瞥をくれるほどに膨れ上がった買い物袋の横で、ジャックが大きく伸びをする。

 人間離れした腕力があるとはいえ、さすがにこんなでかい荷物をもって一時間も二時間も歩き回れば、そりゃ疲れもするのだろう。


「それにしてもさ、改めて凄い数の人だよね。今までにも何回か、スパニエルと同じくらいの大きさの街に寄ったことはあったけど、ここまで賑やかだったことは無いよ」

「さすがは、王都との中継都市って言ったところか」


 言って、通りに視線を向けた俺の言葉を、ラヴラが優しく訂正する。


「いえいえ。確かに他の中小都市と比べれば、スパニエルはそれなりに人の集まる街ですが、それでもやはり『中小都市としては』という話には変わりありません。むしろ、こんなに大勢の人がいる方が珍しいんですよ?」

「そうなのか? てっきり年がら年中この調子なのかと思ってたんだけど……なら、今日はどうしてこんなに賑やかなんだ? 何か祭りや催し物でもやってるのか?」


 視線を窓から斜向かいに戻すと、ラヴラが銀燐に覆われた人差し指をピンと立てた。


「お祭り……とはまた少し違いますが、そうですね。恐らく皆さんのお目当ては、ウェルシュ王女様御一行と、一行をおもてなしする為の、街の様々な出し物だと思います」

「え? ウェルシュ王女を?」


 身を乗り出すジャックに、ラヴラが頷く。

 なんだ? 誰だ、ウェルシュ王女って?


「『自らの見分を広める為に』と以前より各地を視察して回られていた、ペンブローク王国第四王女――ウェルシュ王女様とその御一行が、数日前からこのスパニエルの街にお越しになっているんです。〈人間〉、それも王女様とその一行の方々がいらっしゃるとあって、ここ数日、スパニエルは街をあげての様々な歓迎の催しを行っているんですよ」


 ラヴラの解説に、ジャックもようやく得心がいったという風に頷いた。


「へぇ、それでこんなに凄い賑わいなのかぁ」

「ええ。ここ数日は、王女様や催し物目的で周辺の街や村から来る観光客や、それを目当てにした商人などで、スパニエルはかつてない盛り上がりを見せている、という訳なんです」


 一通りの説明を終えたラヴラがふぅ、と一息つき、自身もジョッキに口をつける。それを横目に、ジャックはパタパタと尻尾を振って目を輝かせていた。


「王女様か~。ボクも一度くらいは見てみたいかもなぁ」


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