第24話 つよつよフィジカル、よわよわメンタル
「……私、もしかして街の皆さんに嫌われてしまっているのでしょうかっ!?」
謝辞と称賛の雨あられを受けて、いよいよラヴラの羞恥心が限界近いことを感じ取った俺たちは、食事と勘定を手早く済ませると逃げるようにして酒場を後にした。
時刻はそろそろ夕方に差し掛かろうかというところ。テラスでティータイムを楽しむ老夫婦や、噴水のそばで水浴びをして遊んでいる子どもたち。
安らかな午後のひと時を過ごしている町人たちで賑やかな小広場の一角で、しかし、ラヴラの表情は暗い。
「あんなに大勢で私を取り囲んで……全然身動きが取れなくて、凄く、怖かったです……」
「い、いやいや! 何もラヴラを怖がらせる為にやったわけじゃないって! 皆ラヴラにお礼を言いたくて、集まってたんだよ。皆ラヴラが大好きなんだよ、ね?」
諭すようなジャックの言葉にも顔を上げず、ラヴラは俯いたままシュンとしてしまっている。
その様子を見たジャックが、気まずそうに頭を掻きながら俺の脇腹に無言で肘鉄を食らわせてくるのは、「キミも何とか言ってやりなよ」というところだろうか。
「それに、あんなに何回もバシバシ体中を叩いてきて……あれ、地味に痛かったんですよ?」
いや、恐らくだが痛かったのはむしろラヴラを叩いた人たちの方だろう。
ラヴラの体の頑丈さは、やはり普通の人間はおろか、亜人種の中でも飛びぬけているらしい。
何人もの人が笑顔でラヴラを叩いたあと、赤くなった自分の手を擦りながらその笑顔を痛みに引きつらせている光景には、俺もさすがに頬が緩んだものだった。
「そう悪い方に考えることはないだろ? 誰もお前のことを嫌ってなんかいないよ」
「シバケンさん……本当に、そうでしょうか……?」
仕方なく俺も励ましの声を掛けるが、ラヴラはまだ半信半疑といった感じだ。
まだまだ短い付き合いではあるが、どうもこの女騎士さんは、フィジカルの強さに反比例するようにメンタルが弱い。難儀な性格をしているものだ。
「さっきも言ったろ? もっとポジティブに考えようぜ。人生ちょっとばかし楽観的に生きた方が、案外上手くいくもんだ」
「ぽ、ポジティブに……?」
「ああ。お前、自分でも言ってたじゃないか。『もっとポジティブに考えなきゃ』ってさ」
「……そ、そうですよね。こういつも悪い方に悪い方に考えてちゃ、私、ダメですよね?」
「おうともよ」
「私、もっともっとポジティブにならないとダメですよね!」
「イグザクトリィ」
「はい! 嫌われているかもとか、疎まれているかもとか、そんなことを心配する必要は全く無い! そもそも皆さん、好き嫌い以前に、私のことなんかには無関心ですよね!」
――そしてどうやら、ちょっとばかし天然ボケが入っているらしい。
目をキラキラと輝かせながらそんな前向きに後ろ向きなことを言うラヴラの横で、俺とジャックは顔を見合わせて、溜息と共に肩を竦めた。
「わかりました。弱気はここまでにします。いずれにせよ、私がするべきことは街を、そして何より市民の皆さんの平和な暮らしを守る為に、できることからコツコツとやること」
伏せていた顔を素早く上げてそう言うと、漂っていた気まずい空気を払拭させるように、ラヴラは自分の両頬をパンパンと叩く。
「これに、変わりはないのですから。ね?」
ラヴラの顔に天使の微笑みが舞い戻る。
その瞳にはいつもの澄みきった優しさとともに、高潔で誇り高い騎士の凛々しさも垣間見えた。
「はは……いろんな意味で眩しいな。見ているだけで、体中が浄化されていく気分だ」
思わず口をついて出た。すかさずジャックが俺の肩を突いてくる。
「ねぇねぇ。シバケンが浄化されちゃったら、何が残るの?」
「俺そのものが不純物みたいな言い方、イクナイ」
ぼちぼち西の空がオレンジ色に色付き始めていた。夕飯まではまだ時間はあるが、ここらで一旦、荷物を置きに宿に戻った方がいいだろう。書き溜めたメモの整理もしたい。
「じゃあ、ボクたちは一度宿に戻るけど、ラヴラはこの後どうするの? 時間があるならさ、夜ご飯もボクたちと一緒にどうかな?」
少々手こずりながらもなんとか思い麻袋を背負い直し、ジャックが尋ねる。
「良いですね。是非ご一緒させて下さい……と言いたいところなのですが、すみません。私、この後も少しだけ街を見回ってから、今晩は早めに休もうと思っているんです」
両手を合わせて一瞬はにかんでから、ラヴラが申し訳なさそうに頬を掻いた。
「あ、そうなんだ。それは残念。まだまだラヴラと話したいこと、沢山あったんだけどなぁ」
「本当にすみません。実は私、明日からの数日間とても大事な任務があって、それに備えてしっかりと休息を取っておきたくて。あ、でも、お昼休みの間に少しなら、また時間が取れると思います。それでも宜しければ、明日のお昼にでもご一緒させて下さい」
「うん、わかった! それじゃ明日のお昼にまた会おうか。お昼時なら多少は客足も落ち着くだろうし、落ち着かなくてもシバケンに店番させればいいからさ。甘い物でも食べながら、ゆっくりおしゃべりしようよ。ってことで、その時はよろしくね、シバケン?」
俺が口を挟む暇もなく、ジャックはとんとん拍子に話をまとめてしまった。
はいはい。俺の意志なんかは最初からアウトオブ眼中ですね、知ってた。ま、俺もガールズトークに混ざろうとするほど野暮な男ではないし、別にいいんだけどさ。
反論するのを早々に諦めた俺は、代わりにラヴラに質問した。
「因みに『大事な任務』ってのは、一体どんな任務なんだ?」
勿論、話せないなら話さなくていいと付け加える。
けれどラヴラは構いませんよと言って、快く教えてくれた。
「私の任務は、『大演劇祭』での護衛任務です」
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