第11話 エロゲーだって文学だ

「なんだか気の毒だったよね。昼間の村長さん」


 ひとしきり村を見て回った、その日の夜。

 昼にも寄った酒場で夕食をとり、宿に戻ってきて寛いでいると、武具の手入れをしていたジャックがぽつりと呟いた。


「ボク、本にはあまり興味が無かったから、本があるか無いかで暮らし向きが変わるなんて、そんなこと考えたこともなかったよ」


 まぁ、俺だって普段からそんなことを考えているわけではないが、この〈アイベル大陸〉においての本の重要性が高いのは、今日一日だけでも充分わかった。

 誰もが低価格で何冊もの本を集められるなんて、この世界からしてみれば、俺は随分と恵まれた環境にいたものだ。


「何か力になってあげたいけど、本に関する手助けなんてボクにはできないしなぁ」


 溜息を吐くジャックを横目に、俺はナップザックの中から昼間に貰った手鏡を取り出した。それを二、三度手の中で転がしながら、ジャックに尋ねる。


「なぁ、ジャック。さっきこの手鏡は『スキル』を占って決める道具だって言ってたけど、その『決める』っていうのはどうすれば決めたことになるんだ?」

「んー? ああ、そっか。『スキル』を知らなかったんじゃ、当然まだ決めてないよね」


 武具の手入れを一旦止めて、ジャックが答える。


「でもやり方は簡単だよ? 習得したい『スキル』を……まぁキミの場合は一つしかないけど、選んで、その『スキル』の名前に触れる。あとは簡単な動作をすれば、習得完了だね」


 なるほど。確かに簡単だな。

 それならいっちょ習得してみますか。


「ポチッとな」


 手鏡に浮かび上がっていた《物書き》の文字をタッチパネルの要領で押してみると、文字が消えていき、今度は別の文字が浮かび上がった。

「紙に任意の文字を書く」と書いてある。


「簡単な動作、ってのはこれか。ほい、ほい、ほいっと」


 指示通りメモ用紙に簡単な文を書くと、手鏡に「習得完了」の文字が浮かび上がる。と同時に、俺の体を一瞬青白い光が包み込み、それからまた何事もなかったかのように消えていった。


「ふむふむ。これで晴れて、俺も《物書き》の『スキル』を習得したわけだ」


 特に体に変化は無いようだったが、手鏡を見てみるとまたまた表示が変わっていた。


マシバ・ケント《スキル:物書き Lv.15》

《基本技能》

【速読】、【速筆】

《特殊技能》

【念写】


 基本技能? 念写? ……ははーん、読めたぞ?

 俺は目の前のメモ用紙に、再び文字を書いてみた。


「うおっ、速っ!」


 睨んだ通り、先ほどまでとは執筆スピードが段違いに速い。十秒ほど経った頃には、メモ用紙一枚がびっしりと文字で埋まっていた。まるで魔法のようだ。


 やっぱりそうだ。この〈基本技能〉だの何だのと書かれているのは、俺の《物書き》としての、言わばステータス画面だ。

 文字を書くスピードが格段に上がったのは、おそらくこの【速筆】という項目が関係しているのだろう。


「おお、ちゃんと習得できたみたいだね?」

「見ての通りだ。しっかし便利だな、この『スキル』っていうのは。習得前と後じゃ、作業効率が全然違う。最初から習得しておけば良かったよ」

「そりゃそうだよ。っていうか、普通は皆『スキル』を習得してから作業をするんだけどね」


 呆れ半分といった様子で肩を竦めると、ジャックがおもむろに横から手を伸ばしてくる。


「にしても、《物書き》なんて『スキル』は初めて見たよ。ちょっと見せてくれる?」

「ああ、別に良いけど。ほらよ」

「ありがと。う~ん、【速読】に【速筆】ねぇ。なんだかぱっとしない技能ばかりだけど、キミにとっては便利なのかもね。そして〈特殊技能〉は……【念写】? これはどういう技能なのかな?」


 たしかに俺もその点は疑問だったのだが、今さっきの魔法のような「スキル」の恩恵を目の当たりにして、ちょっと思いついたことがあった。さっそく実行してみよう。

 俺は赤本から新しくページを抜き取り、机の上に置いたそれに手を乗せて、大きく深呼吸する。


「シバケン? 何してるのさ?」

「試したいことがあるんだよ。まぁ見てな……ムムムムムム」


 俺は全神経を脳に集中させ、記憶の引き出しを必死に漁る。

 俺の推察が正しければこれで上手くいく筈だ。瞳を閉じ、更に意識を集中させていく。

 さぁ、思い出せ! 真柴健人! あれは、あの文章は確か――。


 途端に、先ほどと同様の青白い光が、今度は俺の頭を覆う。光はやがて腕を伝い、手のひらを伝い、最後には手を置いていた紙に移り、一際強く光ってから掻き消えた。


「……よし、どうやら成功みたいだな」


 ゆっくりと目を開けて、俺は紙に視線を向ける。

 ペンを使っていないにも関わらず、紙面にはちゃんとした文章が記されていた。


「わっ、凄い! 手を置いてただけなのに、紙に何か文字が浮かび上がったよ?」

「それが、この【念写】の技能なんだろうさ。多分、頭に思い浮かべた文章、それも前に見たことのあるものだったら、こんな風に即座に再現できるんだろう。さしずめ『人力コピー&ペースト』ってところだな」

「へぇ、それはちょっと便利そうだね」


 興味津々といった様子で、ジャックがたった今【念写】によって記された文章に目を通した。


「えー、なになに? 『俺は目を輝かせて、嫌がるアリシアを無理矢理×××ピー。薄暗い部屋の中に、悲鳴とも、あるいは喘ぎ声ともとれるようなアリシアの声が響き、それがことさらにタクトをたかぶらせた。××ピーもじれったいとばかりに、タクトはそそり立つ自らの××ピーをアリシアの×ピーに──』って、何じゃこりゃあ!?」


【念写】によって書き起こされた文章を読んでいたジャックが突如、顔を真っ赤にしながら叫ぶと同時にメモ用紙を机に叩きつけた。

 フサフサ尻尾の毛がゾワゾワッと逆立っている。


「おお、すげぇ。ちゃんと日本語からこっちの文字に翻訳されてるな」

「何も凄くないよ! 馬鹿、エッチ! 変態放浪作家! ボクになんてもの読ませるのさ! そんな、へ、へ、変な文章を読ませるなんて! 一体何を考えてるのかなぁ!?」

「変な文章とは失敬な。エロゲのシナリオも立派な文学作品だぞ」


 ちっ、しかし惜しいな。やはりコピペできるのは文字だけか。イラストや挿絵なんかも一緒に【念写】できれば良かったんだが。

 くそっ、俺に絵師の『スキル』が無いことが悔やまれる!


「最低! もう知らない! まったく、本当にこの変態作家は……(ブツブツ)」


 少しも悪びれる様子のない俺に、ジャックはぶっきらぼうに「もう寝る!」と告げ、さっさとベッドに潜り込んでしまった。

 当然というか何というか、枕元にしっかりと短刀を忍ばせて。


「はは……ちょっとふざけ過ぎたな」


 ジャックの話じゃ、明日は昼前には村を出発するらしい。あまり夜更かしもしてられない。

 机に広げていた紙とペンを片付け、もう一度手鏡のステータスを確認してから、俺もいそいそと自分のベッドに向かった。

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