第4話 相棒エンウー

 私の後ろにいたのは、


「コケッ?」


 大きなリュックを背に載せた、巨大な鶏だった。茶色の毛、大きな赤いトサカと肉髯にくぜん、尾は黒くピーンと尖っている。目は鋭く、胸筋は逞しい。脚はがしっと掴まれそうなぐらい立派だ。大きさは三、四メートルありそう。

 ……推しに寄せたなー!?


「今日も美味そうな腿をしてんなー、エンウー」


「コケケー!」


「……」


 わざとらしく、手足をバタつかせる、巨大鶏エンウー。


「はははっ、どんなに腹が減っていても、嬢ちゃんの相棒は食わねぇから安心しな」


「コケー……」


「……」


 わざとらしく、ホッとしたように自分の胸を両翼で押さえる、巨大鶏エンウー。


 ……ちょっと待って。未来クエストに旅行商のNPCはいなかった。もちろん、こんな巨大鶏も。ということは、つまり。


「私をこっちに来させて、作ったのか……」


「どうした? ココちゃん」


「テイオスさん」


「ん?」


「ちょっと待っていてもらえますか? 後でちゃーんと、面白い品物を見せますので」


「おうっ、楽しみにしているなっ」


「ちょーっとあっちに行こうか、エンウー」


「コケッ、コケケッ」


 大きく首を横に振る巨大鶏。


「……行ーくーよ。わーたーしーの、あーいーぼーう、エーンーウー」


 巨大鶏の尾を掴み、道具屋の裏へ引っ張っていった。


「コケー!」




 道具屋の裏までやって来ると、巨大鶏の尾を放した。


「さて、エンウー、いや、ウンエー」


「え、えへっ。やっぱりバレていた?」


「当たり前じゃ! ウンエーを逆にしただけでしょーが! 未来クエストといい、本当に捻りも何もないな! ま、いいよ。そんなことよりさぁ」


 ウンエーの腹を掴んだ。


「人の心の中、見たな?」


「……コ、コケッ」


「てへっ、みたいに言うな! 人の心の傷をほじくり返しおってー、傷口に塩を塗るのがお上手ですこと! ……塩? ……あー。ところで、エンウー」


「コケ?」


「私ね」


「コケ」


「腿肉の塩焼きが大好物なんだっ」


「コッ」


「いー肉付きだよねー、一本、私に、ちょーだーい!」


「ケェー!」


 ウンエーは翼をバタつかせ、道具屋の正面に逃げて行った。


「待てこらー!」






 正面に戻ってくると。


「なっ……」


「おいおい、どうしてぇ。こんなに怯えてぇ、喧嘩はいけねぇーなぁ、ココちゃん」


 ウンエーは、テイオスさんの後ろに隠れていた。


「……卑怯だぞー!」


 推しを盾にするなんて!


「……酷いぞー!」


 私がテイオスさんを愛しているのを、知っているくせに!


「……何で」


 やっと推しに会えたのに、その推しから注意をされなきゃならないの。


「……どうして」


 みんな、平気で傷口に塩を塗ってくるの。



『ココーココココッ』


『ギャハハッ』



「…………」


 目の前に、小学生の私と、それを取り囲む男子たちの幻影が見え、俯いた。


 ダメだ、いい歳なのに、涙が出てきた。隠している根暗が出てきてしまった。地味でヲタは隠していないけど、根暗は必死に隠していたのに。だからっ、傷をほじくり返してほしくなかったのにっ。


「……ココちゃんの相棒、エンウーや」


「コケ?」


「お前さん、どう見ても雄だろ」


「コケ」


「男なら男らしく」


「コ、コケコ?」


「俺の後ろに隠れてねぇで、でーんと堂々と構えろ。何よりも」


「コケ……」


「ココちゃんを泣かすんじゃねー!」


「コゲー!」


「え……」


 「ココちゃん」というワードに顔を上げると、テイオスさんが重たいであろうウンエーを、背負い投げをした。ウンエーはどてーん! と、推しの前に落とされた。


「……」


 かっこよすぎて、涙は一瞬で引っ込んだ。


「ココちゃん」


「はっ、はい!」


 テイオスさんが近づいて来る。推しのことだ、ちゃんと私も叱るんだろうな。そう思い、ぎゅっと目を瞑った。


「ふえっ?」


 逞しく、厚い、憧れの、胸板が顔にくっついている。抱かれたいキャラNo.1に、抱き締められているー!?


「何があったかは聞かないさ。それが、男ってもんだ」


「みゃい……」


「でも、長年の旅の相棒なんだ。ちゃーんと向き合って、仲直りしないとだぞ?」


 頭をグーでコツンとされた。

 ぎゅーからのコツン。ぎゅーコツ。……控え目に言って、無理!


「ココちゃん?」


「……ぷはぁ! はっ! すいませんっ、息をするのを忘れてました!」


「ぷっ、ハハハッ。とんでもねードジっ子だな!」


「——……」


 これだ。


 この笑顔だ。


 私はこの笑顔のために、廃課金をしてきたんだ。


 この笑顔が、消える。推しが、消える。

 そんな事をさせてたまるか!



『えー……、ごほん。サ終は嫌か、ならば汝、有益なイベントを生産し、このアプリの良さを広めよ』



「……」


 やってやる!


 廃課金プレイヤー(未来クエストオンリー)ここ! ……いや、旅行商ココ!


 この『未来クエスト』を、誰よりもこよなく愛し(推しがいるから)! 運営のために、誰よりも課金をした(推しが笑うから)! その愛を持って、誰もが課金をしたくなるイベを生み出し! それに伴うガチャや、アイテムを考えてやろうではないか(推しに会いたいから)!


 そして、アプリの良さを広めようではないかー(推しの良さは広めないけど)!

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