第4話 一目惚れするクロガネさん
いつものように夕暮れにコテツが教会にやってくる。
最近では素振りだけでなく、木刀を使った実戦形式の訓練も行うようになってきた。なんだかんだ言いながら、クロガネも今の状況を楽しんでいるのかもしれない。
自分を育ててくれた司祭亡き後、教会を受け継いで司祭兼
「はあはあ、これだけやってまだクロガネさんに一撃も届かないなんて……」
「心配するな、確実に強くなっているぞ。恐らく新人兵士の中では一番なんじゃないか?」
「僕はクロガネさんのように竜を倒せるくらい強くなりたいんです!」
はっはっは、と笑いながらクロガネはコテツの頭を軽く撫でる。
「よし、今日もメシ食いにいくか」
すっかり日も暮れて、街を歩く人も少なくなった。食事を終えた二人はほろ酔い気分でそれぞれの家へと帰るところだった。
「クロガネさんって恋人とかいないんですかぁ?」
コテツが顔を赤くしながら、そしてふらふらした足取りで体を左右に大きく揺らしながら尋ねた。
「あぁ? こんなゴッツイおっさんを好きになる女性なんていないだろうよ!」
クロガネも酔っているのか、普段は言わないようなことまで口にしてしまう。
そんなくだらない話をしながら歩いているときだった。
二人の目の前を一人の女性が颯爽と横切って行った。真っ白い服に背中まで伸びる長い金髪。そして彼女が通り過ぎた後に漂う爽やかな香り。クロガネもコテツも思わず立ち止まり、見入ってしまった。
すごい綺麗な人だったなぁ。あの服装は街であまり見かけないから王都から来た人かな。相当身分が高いんだろう。コテツはそんなことを思いながら、女性の後ろ姿を眺めていた。クロガネさんはああいう女性は好みじゃないのかな?
ちらりと横を見るとコテツはぎょっとしてしまった。クロガネは目を見開いたまま女性の後ろ姿をじっと見つめ、ほんのりと頬を赤らめていた。
「あの!」
クロガネの声に女性が反応して振り返る。
正面から見える彼女の顔はとても整っていた。一国の姫様である、と言われても納得してしまうような顔立ちだった。「なにか?」と唇が動く、その動きだけでもドキッとしてしまうほどだった。
そんな姫様にクロガネがゆっくりと近づく。そして頭を下げ、右手を前に差し出して、とんでもないことを言い出した。
「け、結婚してください!」
「はぁ!?」コテツが思わず声を出して口をあんぐりと開けた。何言ってんだこの人は! 酔い過ぎだろう! 心の中でそう突っ込まずにはいられなかった。
突然、愛の告白……いやプロポーズを受けてしまった女性も、驚いた表情で頭を下げたままのクロガネを見つめていたが、ふっと笑みを浮かべると、
「嬉しいお言葉ですが……ほとんど初対面の相手に言うことではありませんよ」
と言って、クロガネの右手にそっと触れて下ろした。彼は顔を上げて女性の顔を真っ直ぐに見つめる。それに対して女性も顔を背けることなく、笑顔を崩さなかった。
「でも、そういうの嫌いじゃないです」
そう言うと、女性はくるっと背を向けて歩き出した。
クロガネは何も言えずに、ただ女性が歩いていくのを見ていることしかできなかった。やがて彼女の姿が見えなくなると、コテツが駆け寄ってきた。
「クロガネさん、いきなり何てこと言うんですか! あの女性、びっくりしてましたよ!」
「いやぁ、あまりにも俺の好みにドンピシャで……って、そうじゃなくて。あの人、どこかで会ったことがある気がするんだが……」
「っていうかクロガネさん……あの人が歩いて行った方向ですけど……」
コテツが少しだけ顔を曇らせながら続けた。
「あっち、民家はありませんよね。あのまま進んだら森ですよ。こんな夜遅くにどこに行くんでしょう」
門の向こうから、フクロウの泣き声がしたかと思うと、一斉にバサバサッと飛び立つ音が聞こえた。
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