第5話 召集されるクロガネさん

「クロガネさーん、おーい、クロガネさーん」


 コテツが何度も名前を呼んで、肩を叩いて、ようやくクロガネがはっと我に返り、返事をする。


「おお、コテツか。久しぶりだな」

「何言ってんですかクロガネさん。今日の分の素振り、終えましたよ。ご飯食べに行きましょうか」

「ん、もう昼ごはんだっけ?」


 はあ、とコテツはため息をついて空を指差した。日はすでに落ちていて、森の辺りをほんのりと赤く染めていた。真上には一等星が輝き出していた。


「空を見てください。もう夕方です。どうしたんですか、最近。クロガネさんボーッとしすぎですよ!」


 原因は分かっていた。先日の夜、すれ違ったあの女性だ。


 あれ以来、クロガネはどこか気の抜けたような……というよりはあの女性のことばかり考えていて心ここにあらず、といった感じだった。恋は盲目、といえば聞こえはいいが、今の彼は気の抜けたただのおじさんであった。


「もうすぐ、国を挙げての竜の討伐隊が編成されます。なんでも王都の北の山に竜の巣を発見したらしいですよ」

「へぇ」

「へえって! 恐らくクロガネさんにも召集がかかりますから、ちゃんと心と体の準備をしておいてくださいね!」

「へい」


 気の入らない返事にコテツが喝を入れる。

「そんなんじゃあの女性に嫌われちゃいますよ」

 クロガネが普段の姿に戻るには、その一言で十分だった。



 そして数日後。コテツの言う通りクロガネの元へ、王都から竜の討伐隊へ参加するよう召集令状が届いたのだった。


「んで、コテツも選ばれたのか」


 街から王都までは、国が準備してくれた馬車で移動することになっていた。それに乗っているのはクロガネとコテツの二人。この街からは二人が討伐隊の一員として参加することになったのだ。

 

 クロガネは名の知れた竜殺しドラゴンスレイヤーだから召集がかかるのは当然だ。ではどうしてコテツも呼ばれたのかというと……。

「警備隊からも一名参加するように要請があったんです。ふふふ、僕は隊長から直々に指名されたんです!」

 とのことだった。

 

 だいたいこのような討伐隊が編成されるときは、どの街の警備隊からも数名は兵士を派遣するようになっている。戦うのは竜殺しドラゴンスレイヤーが主体で、兵士たちはどちらかというと荷物運びだったり、大型弩砲バリスタ投石機カタパルトの運搬や操作を任される。

 しかし、竜との戦いの中で命を落とす者も多く、警備隊は優秀な兵士を討伐隊へ参加させたくないというのが本音なのだ。そこで、の新人兵士を送り出すことが多い。無事に帰ってくれば、たくさんの経験を生かして今後に役立てるし、万が一の場合は諦めがつくのだ。

 

 クロガネはそこら辺の事情をなんとなく察していたが、決してコテツに話すことはしなかった。代わりに、竜退治の際に必要な知識などを丁寧に教えることにした。


「いいか、コテツ。竜は基本的に色で分類される。竜の大きさと色を見ればだいたいの強さや攻撃方法がわかるんだ」

「はい、少しは勉強しました。茶色の竜は特別な攻撃をしない、普通の竜、なんでしたよね」


「そうだ。その上のクラスの竜になると……赤色の竜は炎を吐く。水色は吹雪、黄色は雷を使う。相手によって装備を変える必要があるんだ」


 クロガネさんはいつも大剣しか持っていないけど……とコテツは思ったが、この人は別格なのだろう、と勝手に思い込み、突っ込んで尋ねることはしなかった。


「さらに上には緑色……こいつは毒を吐く厄介な竜だな。そして白と黒の竜もいるらしい。こいつらは俺もまだ戦ったことはないんだが、噂では魔法とやらを使うそうだ……果たして人間が敵う相手なのかどうかはわからない」


 コテツは頭の中で色とりどりの竜を想像して、少し震えた。火を吐く竜とか敵うわけないじゃないか。毒を吐くって……どういうことだろう? 魔法って……何? 

 クロガネとともに討伐隊の一員となれたことの喜びだけでここまでやってきたが、これから始まる命を賭けた戦いに、今更ながら恐怖心が芽生えてきたのだった。


「そして……竜たちの中でも最高ランクと言われているのが、金と銀の竜だ」

「……クロガネさんが小さい頃に会った、という竜ですね」

 

 そうだ、とクロガネがうなづいた。竜殺しドラゴンスレイヤーの中でも誰も出会ったことがなく、ある文献によると生きているうちに見ることができれば幸運、というぐらい伝説級の竜だと説明を付け加えた。


「とにかく色のついた竜には十分に気をつけるように。戦おうなんて思わずに、自分の命を優先して逃げるんだぞ」

「わかりました」

 

 二人を乗せた馬車が急に止まった。「ってぇ!」コテツは勢い余って反対側に頭をぶつけてしまい、その場にうずくまった。

 まだ王都に着くには早すぎる。何事かとクロガネが馬車から降りて御者に尋ねると、「クロガネ様……竜が、竜が出ました」と空を指差したまま震えていた。


 クロガネの視線の先には赤色の竜が一匹、優雅に空を泳いでいた。


 

 

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