第3話 小さい頃のクロガネさん

「弟子にしてください!」

 コテツの突然の申し出から数日後の夕暮れ。

 町外れにある教会内の広場でコテツが一人、剣を振っている。そして、切り株に座ってそれを見守るクロガネの姿もあった。


 弟子になることを了承したわけではない。しかし、彼は毎日のように仕事が終わると教会へやってきてクロガネに教えを乞うのだ。クロガネが適当に「じゃあ剣の素振り百回な」というと「わかりました、クロガネさん!」と嬉しそうに剣を振るう。そんなコテツの姿を見て、クロガネはつい小さい頃の自分の姿と重ねてしまうのだった。



 クロガネは幼少期をこの教会で過ごした。孤児だった彼を今は亡き司祭夫婦が引き取ってくれたのだ。今となっては、どうしてクロガネを引き取ってくれたのかはわからない。

 しかし、子供に恵まれなかった二人はクロガネのことを本当の息子のように愛し、育ててくれた。クロガネは小さい頃から二人に感謝の気持ちを持つと同時に、早く一人前になって恩返しをしなければという思いでいっぱいだった。子供ながらに、竜殺しドラゴンスレイヤーになればお金を稼いで二人に楽をさせてあげることができると考えたのだろう。

 クロガネは毎日のように教会内の広場で棒切れを持って剣を振る真似事をしていたのだった。



「クロガネさん?」

「はっ! すまない、ちょっと昔のことを思い出していたよ」


 クロガネはしばらくの間、感傷に浸っていたようだった。彼の前には素振りを終えたコテツが満足そうな表情で、そして肩で息をしながら立っていた。


「仕事を終えてから来ているっていうのに、本当に毎日がんばるんだな……今日は特別にメシでもおごってやろう」



 夜。いつもの食堂のいつもの場所。ほぼクロガネ専用となっている指定席にはたくさんの食事と酒の器が並んでいる。二人ともなぜか今日は相当飲みたかったらしい。軽く酔いながら、コテツがクロガネに尋ねる。


「ところで、クロガネさんはどうしてそんなに強いんですか? 何か特別な特訓でもしたんですか?」


「……そうだな、強いて言えばメシをたくさん食べて体を大きくする。毎日素振りを百回する。それくらいかな」


「それだけであんな大きな竜にも物怖じせずに立ち向かえるようになるんですか?」


 クロガネが大きな口を開けて美味しそうに食事を行うと、コテツもそれを見て真似をする。途中で無理がたたってゴホッゴホッ! と咳き込んでしまうが、胸を数回叩きながら酒と一緒に、食事を胃の中に押し込む。


「実は……子供の頃に金色の竜に会ったことがあるんだ」

「ぶっ!」


 まさかの答えにコテツは飲んでいた酒を吹き出してしまった。


「金色の竜……ですか?」

「声が大きいよ、コテツ。変な目で見られるだろう」

「すみません……」


 かなり昔のことだからはっきりと覚えているわけじゃないんだけど――という前置きをしてから、クロガネがその時のことを話し出した。



 ――イシの町の西門の先には大きな森があり、そこがクロガネにとっての遊び場だった。歳は十歳にも満たないくらいだっただろうか。彼は剣士の真似事などをして、大木を敵に見立てて戦いごっこなどに明け暮れていた。

 そんなとき、複数の山賊に襲われている少女と出会ったのだった。

 子供ながらにも正義感の強かったクロガネには、見て見ぬ振りは決してできなかった。何とか女の子を助けなければと、女の子と山賊たちの間に割って入ったのだった。当然の如く山賊たちは「なんだぁ? てめえは!」と、ぎょろりと睨みつけながら威嚇してくる。


「早く逃げよう!」


 そう言ってクロガネは握りしめていた土を山賊の顔に投げつけた。そして彼らが一瞬怯んだところを見逃さずに、女の子の手を引いて走り出した。


「ガキが調子に乗るなよ!」


 凄みのある低い声が背後から聞こえてくる。と同時に、クロガネの肩に激痛が走った。山賊の放った弓が命中していたのだ。しかも肩を貫通している。「あっ!」女の子が叫んだその瞬間、彼女の太腿にも一本の矢が突き刺さった。


「!」


 二人はバランスを崩し、その場に倒れ込んでしまった。そこにゆっくりと山賊たちが近づいてくる。


「お前らはここで殺す。逃げずに大人しくしておけばよかったものを!」


 クロガネはあまりの激痛に意識が飛びそうだった。――だめだ、このままでは自分も女の子も死んでしまう……なんとか逃げないと――


 意識が朦朧とする中クロガネは確かに目にしたのだ、空から金色の竜が舞い降りてきたのを。そして山賊たちを踏み潰し、巨大な爪で切り裂き、首を噛みちぎる……そこで目の前が真っ白になった。


「小さき人間よ、我が娘を守ろうとしてくれたこと、感謝する」

 クロガネにはそんな言葉が聞こえたような気がした。


 次にクロガネが目を覚ましたときは、もう夕暮れだった。あれ、山賊に襲われたはずなのに……と矢が刺さった肩をさすってみたが、傷一つついていなかった。近くに女の子や山賊たちの姿もない。ましてや争った跡や血が飛び散ったような形跡さえなかった――



「今思えば、あれは夢だったのかもしれないけど……金の竜の凄さを見ているから、他の竜を見てもあんまり驚かないのかもな」


 こんなこと、誰にも話したことないのに。もしかしたらなぜか俺のことを慕ってくれるコテツと酒のせいなのかもしれんな、そう思ってクロガネが話を終えると……コテツは気持ちよさそうに机に突っ伏して寝息を立てていた。

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