二十八歳
21 不滅なる灰神楽と、薄命なる彼岸桜へ踊れ
幼い身体の中で【過去夢】を断片的に視る二人の刹那に刻まれたのは、私だけじゃない。
時折……私は『白魔ノ小猫』の形代となり、檻を抜け出す智太郎に伴った。どうやら智太郎は、
「あ、千里お姉ちゃん! 」
幼い両手が舞い上げた桜吹雪を、紙飛行機が突き抜けていく。常磐色のリボンカチューシャと鶯色の尼削ぎ髪を靡かせた千里の肩には、黒鴉。彼が敵か味方か見極められず、乾いた目眩がした。絵空事の中を省吾が走れば、千里の金の杏眼と、智太郎の花緑青の猫眼が硬質に交差する。智太郎の足元に、
「那桜と遊びに来てくれてありがとう、省吾」
無邪気に抱き着いた省吾を撫でて微笑むのに、千里の頬は少し青白く見えた。
「訪れる惨劇のせいで、薄紅色の桜が怖いくせに。贖罪ごと、無理な花見なんて
「私の願いが叶えば、『綺麗な
「私が
千里は、瞳が潤むのに耐えていた。穏やかな声音を震わす真摯な訴えに、花緑青の猫眼は揺らぐ。迷いを殺すように、智太郎は拳を握った。
「……何もかも夢のように上手くいったら良いって、俺も思っていた。だけど、理想通りの
「何言ってるの……私は死んだりなんかしないよ。私は『家族』が揃う
緩やかに瞬いた千里は、
(( よく聞きなさい、咲雪。
『まさか、『首謀者』が
頭蓋骨の幼魚と繋がる意識の一糸が切られ、翻る
「生力を欲する❰影の妖❱が狙うはずの
金の稲光が、鶯色の髪先を浮かばせる。可憐な
「逃げて、おかぁさん! 」
「省吾、行っちゃ駄目!」
手を伸ばし、千里が叫んだ! 彼女と黒鴉は、金と漆黒の双翼で桜吹雪を切り開く。花緑青の陽炎と猫耳を顕現した智太郎と共に、踏石を蹴った
❰影の妖❱が首を捻じ曲げ、瞳を見開いた省吾へ標的を変えた! 黒針のように急激に伸びた
❰❰ いマもコワ"イ? ひトリぃ、置イてイ"カれ"ルノハ ❱❱
一の舞は禍つ。白絹に血の一雫が滲むような、五弁花との再会だ。千里は呆然と、散瞳する杏眼に❰恐怖❱を映す。強い
「独りで強くなった
自嘲した千里は、力無くしゃがみ込んでしまった。
「千里が生きて応えなきゃ、『独り』を殺せる約束を結べないだろ! 何度だってお前を守るって、決めたのに……」
智太郎が伸ばした手に、薄紅桜が纏わり付き、螺旋に迫る春風が呪うように隔てる。幼い手足が届かぬ焦りと悔しさに涙を滲ませた、少年の咆哮を救済するのは――黒羽を散らした継承者。花鏡の刀身を構えた男は、白透きの山陵の如く端麗を研ぎ澄ました顔貌を映す。濡羽色の睫毛を覇気に開けば、この世ならざる黒曜の瞳に星芒が宿る。
貴き鴉は降臨した。双翼と黒焔で描く円の剣舞にて❰蜘蛛❱の四肢を斬り落とし、彼は片手を床へついた!開け放たれた一室の掛け軸へと両足で蹴り飛ばされた、猛る❰影の妖❱は捻れて奇妙な悲鳴を劈く! しかし、茜を帯びた黒焔の一閃は逃さない。秀眉を寄せた鴉は、❰影の妖❱の左胸を掛け軸ごと貫いた!縁側へと黒焔纏う翼を翻し、薄紅の花弁を焼尽し散らす。血振りした影の残滓を睨み、桜下の鴉は明星の守り手になった。
「
「
焼灰と桜が舞い落ち、我に返った千里は自らの口を塞ぐ。彼女に『黒曜』と呼ばれた鴉は、慈愛を交えた切望にて微笑む。漆黒の髪筋が、艶やかな希望に靡いた。
「私を良く知っているような親しい微笑みを……垣間見える既視感を、ずっと確かめたいと思っていたんだ。
真っ直ぐに手を伸ばした鴉に、惑う千里が応えかけた瞬間。唸るような怖気が、春風を侵す。
❰❰ コタエは、得た。桂花宮 千里。お前が恐れているモノは……
昏い部屋に、焼灰は
「なっ……
赫い鉤爪の一閃を避けて驚愕する智太郎と、色彩と齢以外は
❰❰ 自分が賭けた
智太郎の肩に飛び乗った
「貴方が『首謀者』なのね。やっと盤上に現れたと思ったのに、
❰❰ 指揮者も愉しまなければ、遊戯では無いだろ? 生力由来術式で形代が生成出来るなら、下等な妖でも
牙を見せた❰黯猫❱は鉤爪の握り拳を包み、関節を鳴らす。鴉の黒焔の刃閃を厭みに避け、柔い
「貴方は何故『
❰❰ 一重に、妖を太平に導ける『可能性』の為だ。妖が人に虐げられる世なんて、間違っているとは思わないか? ……自分の誘いを拒絶した
空虚に微笑む❰黯猫❱は桜枝と共に墜ちていき、猫ひねりの如く空中で身を翻す。赫い眼閃と鉤爪で螺旋の軌跡を引く中、省吾を背に庇う那桜を捉えた。淡藤色の眼光で睨み返す彼女の手には、『滅びの蝶』を封じた札。
❰❰ 良いのか? 『滅びの蝶』は、
「お前のような
しかし、顔を顰めた那桜は『滅びの蝶』を顕現しない。構える私達の緊張を絡め、着地した❰黯猫❱は不敵に嗤う。眼を狂おしく見開き疾走する
「桜に爪立てる野良猫に、嬢ちゃんはやれねぇな。
桜下の曇天と紛う灰色の砂塵の中……咥え煙草の火種と、山犬の如く落窪む鈍色の眼光が爛々と浮かび上がる。赤銅色の髪と長羽織を靡かせたのは、
❰❰ 成程……精緻に綴った生力由来術式を巻いた札を煙草にし、灰を操っているのか。お前如きに
背を反らした❰黯猫❱が
「惜しい推測だな。灰という極小の札にて感覚する生力、が正しい。同じ灰でも生き物の目に入れば『不快』を齎し、肥料となれば花を『快』にて咲かせられる。花弁
荒れ狂う灰の嵐が狼牙を剥く! 雄々しく嗤う❰黯猫❱は、灰の奔流に赫い鉤爪を立てて逆らった!
❰❰ 烏合の衆の
「はっ……知ってやがったのか。『可能性』に【異能】で干渉出来る、テメェを打ち破る為の人海戦術がお気に召したようで何より」
苦く片唇を吊り上げた都峨路を驚愕させたのは、背後から振るわれた青い花吹雪の鞭! 紙一重を破られ、都峨路は捕縛された左足首に舌打ちした。 青く透ける千早を纏った巫女姫が、桜樹上から舞い降りる。青玉の左眼を禍々しく見開き、二本角を顕現するのは、
「やはりお前は、僕の
「さぁな、テメェの信じたい方を選べよ。人鬼が死んだあの日……青ノ巫女姫の
軽薄な微笑にて振り返る都峨路に、青ノ鬼は表情を削ぎ落とす。凍えた
「ならば僕自身が抑止力となり、
青ノ鬼の咆哮が、私の鼓動を突き抜ける! 虹鱒の半妖の
「やめて、青ノ鬼! 憎悪は幸せを阻み続けるって、貴方が一番分かってるでしょ! 人と妖が手を取り合う未来を、貴方は望んでくれたじゃない!」
両手を広げて那桜を庇う千里に、青ノ鬼は幼子の様に泣きそうな顔をした。
「僕だって、譲れないものがあるんだ。お人好しの君は自分より、他人の命を優先してしまうだろ? だから、その
静かに涙伝わせた彼は袖を振り上げ、青い花嵐で灰神楽と桜の花弁を轟々と巻き上げる。桜下の曇天が、台風の眼のように晴れていく。
「
省吾を抱いたまま座り込んだ那桜は、千里の背の向こう側の、青い花嵐と晴天を茫洋と仰ぐ。
❰❰ 良い躊躇いだ、『
灰神楽から逃れた❰黯猫❱が擦り寄り、那桜へ囁いた。
「その
青い蔦に拘束された左足首に構わず藻掻き、不滅の灰神楽を蘇らせた都峨路の咆哮が、私の瞋恚を伴い叫んだ! 運命を弄ぶ黯猫は、智太郎の姿を被り、眠り続ける
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