06 花束を抱えた死神
おかえり、悪い子。
そんな幻聴が、この
「助けて、お母さん」
答えるはずが無いって分かっているのに、治りかけの身体を引き摺る私はベッドに眠る彼女に縋る。そこで初めて、
――冷たい、凄く。布団が呼吸に上下していない。
死後硬直は始まっていた。肌の柔さすら、遺されていない。凍えていく私の喉が、妙な嚥下に鳴る。一体何時から? 前髪を払ってあげたあの時……芽衣の体温を……私は覚えていない。
誰が彼女を殺したか。そんなの火を見るより明らかだ。虚ろの
「……何で、最期まで……私の名前を呼んでくれなかったの……お母さん」
帰る場所を無くしたのは私自身のくせに、縋るのを諦めきれない。
私は……本当に……
身体は完全に癒えた。だがこの器に宿るは引き裂かれた虚ろな魂。冷えきった芽衣の頬に、
異常な体温を受け取った白魔の私は、立ち上がる。帰るべき家は失った。探さなきゃ、
――秋陽の期待を笑顔ごと裏切ったのは、私の方だ。もう私には、希望なんか無い。あの時、差し出された手を取っていれば……秋陽を酷い目に合わせることも無く、友達で居られただろうか。
開いた穢れた家の戸は、軋んで閉じる。
彷徨う
――私の前に、死神が舞い降りた。
視界の端に広がるは、漆黒の翼。見上げれば、幻覚と見紛うような精巧で美しい
「助けてよ、死神。貴方なら、化け物に引導を渡せるでしょ? 」
「私は咲雪を殺さない。私はお前の父親の願いを叶えに来た。……無対価だがな」
流石の私も、死神の戯言に目を丸くした。
「炎陽の意思は、【魅了】から蘇ったの? 」
「ああ。珠翠が自らの命を懸けて蘇らせた。死にゆく
「珠翠は……私達を『家族』と思ってくれていたのね……」
鼓動が締め付けられれば、乾き切ったはずの
「……これを」
口下手な死神に青紫の
「綺麗……」
「それは『死せる妖』を苗床にした、妖の『欲』を抑える花だ。刻み煙草に混ぜて
死神の
ふと、私は現実に意識が帰る。目の前の死神は、現実に生ける存在のはずだ。『隠世 猫屋敷』と炎陽に繋がる、私と同じ妖。
「貴方は、誰なの」
「私は帰るべき『隠世』を持たぬ妖達の
「なら、鴉は私の
「いつか帰りたい場所ならば、ある。秋暁の野に咲く金木犀の隣だ。但し、秋暁の野はもう無いが。代わりに『
「貴方が語ると、なんだか……凄く素敵な場所に聞こえる。そんな場所を故郷に出来ていたら、私は化け物にならずに済んだのかな」
暖かな陽光降りるような響きの、まだ見ぬ場所は……自然と、屈託ない秋陽の笑顔を思い出させた。化け物の私は、秋陽にもう二度と会ってはいけない。だからこそ、秋陽を思わせる『無き秋暁』に懐古を覚えてしまった。だけど、私が縋りたいのは透明な郷愁だけじゃない。
「私……その場所に囚われたい。もう傷つくのも、傷つけるのも怖い。妖狩人達が集う桂花宮家ならば、また誰かを傷つけるかもしれない『
「咲雪は死にたいのか? 」
私を殺してくれない鴉は、まるで本当に心配しているみたいに秀眉を寄せた。そんな顔をされると、貴方に『優しい父親』を夢見てしまうからやめて欲しい。
「私が欲しいのは、檻。私は、『
青紫の躑躅の花束を握りしめ、幽光を浴びた私は嗤う。私は
「さぁ、案内して。退屈な私は、私の欲しい安寧を求めているだけ。
『人』の世に足を踏み入れたばかりの、愚かな少女が世迷言を口にした。溜息をついた鴉の胸の内は、そんな所か。弱った野良猫を見捨てられない鴉は、私が音を上げるまで世迷言に付き合うのだろう。
――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます