❄『妖狩人本山 桂花宮家』時代❄
07 鱗簪の切先
人造の
何もかも失って、堕ちる所まで堕ちたなら。
最期の賭けをして、自分の為に愉しんだって良いよね?
真っ白で凍えた絶望に染められた私には、目隠しの内の
「のうのうと
詰問し慣れた女の声。姿を隠した鴉は、愚かな私が助けを乞うのを待っているのだろう。だけど私は鴉に助けを乞う気など、さらさらない。
「
――眼前には、肉食獣の如き女の鋭い
「立場を忘れるな。下等なお前は、命運を我らに握られている」
「私は死ぬのなんて怖くないけど、そのまま実行したら貴方達の欲しい物が手に入らないんじゃない? 」
気性荒い女狩人と私が睨み合う中、雰囲気をぶち壊すゆるい男が間に入る。格式高い
「まぁまぁ、落ち着いて下さい……
「私の事は
「恐れ多いですよぉ……。『人』と『妖』の中立 兼 妖狩人のサポート役……『
『桂花宮家』にて捕らえられ、連れて来られた『
瞬きが似合わない程に淀んだ暗黒色の瞳の男は、仄暗いから『伊月家』当主。
「半妖のお嬢さん、我らは知りたいだけだ。我らが既に知る『妖』は 既に封印場所や生息地を把握していたり、血筋も各管理下にある半妖達がほぼほぼでな。例外は『半不死の鴉』くらい……と言いたいところだが、やはりどこからともなく現れる『妖』も居る。だが会話が出来る『妖』は、そうそう居なかった。出自不明の知的なお嬢さんが現れた事により、我らの長年の想像を追求出来そうで……皆、柄にも無く高揚してしまってな」
そして、私に微笑する『桂花宮家』当主。歯に衣着せぬ物言いは好ましい気がする。人が良さそうな厳つい顔でも、どうせ裏が有るんだろうけど。
「お嬢さんは、妖が生まれる『隠世』の在り処を知っているんじゃないか? 」
『桂花宮家』当主が告げた一言に、妖狩人当主達の覇気が異様に締まる。だけど、貪欲な好奇心には答えられない。『家族』を見捨てた異端者でも、私は『隠世 猫屋敷』の『家族』を妖狩人なんぞの玩具にさせる訳にはいかないからだ。
「残念ながら、私は『隠世』の在り処なんて知らない。期待に添えなくて悪いけど、代わりに良い土産があるの」
『隠世の妖』を求める
「それは、私自身。貴方達が最も欲する【異能】は、眼前にある」
「ふざけないで! 死にかけの半妖なんかじゃ、『隠世』の在り処とは釣り合わない! 殺される前に、さっさと吐け! 」
私の衿合わせを掴んで、竜口
「五月蝿い
【感情視】をお披露目すれば、皆目の色を変える。少しだけ事実を盛ったけど、本来であれば中の下程度の【異能】を価値ある物として
「私はまだ二十九! 『漣廻寺』の住職じゃなきゃ、あんな軟弱男……誰が……」
見るからに蒼白になった冴へ、私は誘惑的な微笑を浮かべる。
「私が欲しければ……口の利き方には気をつけた方が良いんじゃない? 貴方次第よ、冴」
小さく息を吐いた冴は私の衿合わせを離し……硝子細工を欲するように、私の頬へ触れた。純粋な唇に弧を描く彼女は、陶酔している。前言撤回、面白い女だ。破滅した恋の復讐よりも、『
「貴方が欲しい物を何でも言いなさい。存分に甘やかしてあげるから」
「ところで
「黙れ。『漣廻寺』は、既に『
「何故知っているんです!? セクハラですよ、怖っ! そういう『竜口家』だって、『人魚』を飼っているでしょう! それを言うなら『大蛇』を飼う『伊月家』も同じでしょうけれど……」
ちらり、と天瀬が『伊月家』当主を振り返れば、今まで能面のようだった彼は『歪な微笑』を貼り付けていた。うねった長い髪も相まって、柳の下の怨霊のようで非常に寒気がする。天瀬はそっと、視線を逸らした。
『
「埜上 咲雪。お嬢さんは半年前に、
私は血の気が引くのを感じた。
この男、何処まで知っているの。
「一つ確認だが……
なんと答えるのが正解か。【感情視】が知られた以上、使用する行為自体が疑念を呼んでしまう。私は唾を飲んだ。
「……まさか。母を殺したのは父よ。そしてあいつは死んだ。妖が共喰いで勝手に死ぬなんて、日常茶飯事でしょ? 思えば『隠世』から来たのは
「それは良かった。なら、『母親を亡くして天涯孤独になったお嬢さんは我らに助けを求めに来た』んだよな。
『桂花宮家』当主が満足気に頷けば、私を縛る荒縄が断ち切られた。見計らったように大扉が開く。暗い地下に、
「咲雪! 」
ここに居てはいけないはずの彼女は、瑞光を背負って現れた。鶯色の髪を靡かせる少女は、
……何故ここに秋陽が。
理解した瞬間、拒絶に貫かれた私は衝動的に叫んでいた!
「私に近づいたら駄目!! 」
「咲雪は悪くない、私が悪いの。咲雪が触れてくれるまで、待つべきだった。私達の境界線は曖昧だって、思いたかったの。そんなの、私の勝手な期待なのに。だから、これは当たり前の罰なんだ」
夏だというのに、秋陽は袖の長い服を着ていた。だが包帯も、額に滲む嫌な汗も、痛みに耐える微笑も隠せない。最後に見た彼女の血塗れた姿から想像すれば、鎮静剤を飲んでやっと動けているはず。これ以上直視出来ずに、俯いた私は自らの脚に爪を立てていた。
「私は……秋陽を傷つけた化け物なんだよ? また秋陽を傷つけてしまうかもしれない、
「咲雪は化け物なんかじゃない。たった半年だけど……私が知っている咲雪は寂しがり屋で、臆病で。高貴な嘘つきで。大切な『家族』を忘れられない、私の大好きな親友なの。咲雪は、私を一番知っている。……今度こそ、触れてもいいかな」
臆病者の秋陽は恐れる事無く、私を抱きしめた。お日様みたいな香りがして、あったかい。これが『人』なんだ。
「入院してたのに、看病してくれた那桜を出し抜いて来ちゃった。一緒に、怒られてくれるでしょ? 」
「
秋陽の抱擁に耐えることが出来ず、私は涙が込み上げるまま応えていた。包帯が巻かれた
私達の再会劇を演出した男は歩み、陽光差す静寂を
「自らの妖力を
刹那……研ぎ澄まされた気魄を纏った『桂花宮家』当主は、私に囁く。
「例え……
この男は、私が
『桂花宮家』当主の囁きを訝しんでも、内容までは聞き取れなかったらしい。竜口 冴は、ただ不満気に私達を見下ろした。
「初めから咲雪を、桂花宮家で囲うつもりだったのですね。この場は咲雪の主を決める場では無く、咲雪を囲うことを
「まぁ、そういう事になるな。綺麗なお嬢さんを自慢しに来ただけだ」
「つまり私は後々文句を言わされないようにする為に、無駄骨を折らされたと! この埋め合わせは、しっかりとして頂きますからね! 」
「おー、勝手にしてくれ。好きな時に、尋ねて来ていいぞ」
ひらひらと手を振る『桂花宮家』当主をひと睨みした竜口 冴は、黒羽織を翻す。
彼女を見送った『桂花宮家』当主は無精髭の顎を撫で、
「冴さんじゃなくて、おっさんで悪いが。我慢してくれ、お嬢さん」
「私は
「綺麗なお嬢さんに気に入られるとは、役得だな! 俺は
豪快に
「優男は
私は思わず目を丸くした。潔癖で生真面目そうな『尾白家』当主の息子には、とても見えない。尾白 渉とは真逆に腕を組む鷹眼の男は、父親に溜息をついた。
「警察内部協力者になんて言い訳する気ですか。入院中の一般人を『漣廻寺』まで連れてくるだなんて、異常です。しかも、怪我がまだ癒えてないのに。……立てるか」
無愛想な鷹眼の男は、秋陽へと手を伸ばす。
「ありがとう……ございます」
戸惑う秋陽が手を取ると、痛みに耐える彼女の額の汗に、鷹眼の男は眉を顰めた。そのまま
「貴方も名前くらい、名乗ったらどうなの」
「俺は……
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