第25話 死に戻り ※本日4話目



 朝の時点でアスモデウスの封印を解いたレリエルは、再封印を行った。

 しかし、それから一日も立たないうちにもう一度封印を破壊した。

 アスモデウスを使って何か良からぬことを企んでいる可能性が高く、このまま野放しにするのは危険だ。


 そんな説明をした上司はギロリとレリエルをにらんで着席した。

 どうやら死に戻りデスループに関しては上司も気付いていないらしい。まぁサキさんもそうだったし何となくそんな気はしてたけども。


「ふむ。被告、レリエル。何か申し開きはあるか?」


 尊大な態度で股間の輝きを見せつけた全裸がたずねるも、レリエルの様子がおかしい。

 真っ青な顔で上司と全裸を交互に見つめ、それから絞り出すように口を開いた。


「……ありません」

「ふむ。では弁護人を呼ぶまでまでもなかったな」


 全裸が告げると同時、唐突な変化が訪れた。

 すなわち、レリエルの身体がほどけて光の粒に変わり始めたのだ。身体が存在していたことが、レリエルという存在そのものが嘘だったかのように光がパラパラと崩れていき、空気に溶け消える。


「ちょっと待てよッ!?」

「あ、」


 思わず声をあげた俺とレリエルの目が合う。何事かを告げようと口を開き、しかし声になる前に光へと転じていく。


 ――そして、レリエルは消えた。


「ふむ。アスモデウスの少年。何か言いたいことがあったのかね?」

「あるに決まってんだろ!? レリエルはどうなった!?」

「もう存在しない。申し開きもなく堕天を認めた者は悪魔になる前に処分。それが天界の秩序のためだ」


 全裸の言葉に重ねるようにレリエルの上司が俺を睨みつける。


「どうせお前が私の部下をたぶらかしたんだろう!? を作るのにどれだけのコストを掛けたと思っているんだ!?」


 あれ。

 つくる。

 こすと。


 耳障りな言葉が俺の思考を通り抜ける。

 こいつ今、レリエルのことをアレって言ったのか?

 工業製品か何かみたいに、作るだのコストだのと抜かしたのか?


「テメェ! レリエルを何だと思ってんだ!? 作る!? コスト!? ふざけんなよ!?」

「ふざけてなどいない! アレは私が作ったんだ! 役に立たなければ責任もって処分するのが筋だろうがッ! 私の出世の邪魔をしおって!」


 俺の言葉に逆切れした上司を、隣にいたニヤケ面のもう一人がなだめにかかる。

 否、小馬鹿にした態度は挑発というか当てこすりだろう。


「まぁまぁ。ウチのサキエルと違って随分無能なようでしたし、肩の荷が降りたでしょう」

「くっ……いい気になるなよ! すぐに貴様を超える成績を叩き出し――」

「はっはっはっ、ナイスジョーク」


 レリエルがいなくなったとは思えない会話。

 レリエルという存在を消した直後とは思えない態度。

 なんでこいつらは出世だ何だとどうでも良いことのためにグダグダ言ってて、レリエルには一ミリも気持ちを割かないいんだ。


 はらわたが煮えたぎる。

 今すぐ殴りかかって怒鳴りつけてやりたい。


 怒鳴るといえばレリエルにも、だ。


 上司がどれだけ怖い存在なのかはしらないが、俺を小馬鹿にしたぽんこつぶりはどこに行ったのか。レリエルも天使ならば、釈明をしなかった時点でこうなるのは分かっていたはずだ。

 何故。

 どうして。


 疑問と怒りが俺の中に渦巻く。

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる天使二人を睨みつける。


「さて、続いてレリエルが封印を壊したアスモデウスの継承者についての審議に移ろう」

「……しなくて良い」

「ふむ。君も諦めるのかね?」

「違う。良いってのは、どうせからしなくて良いって意味だよ」


 言うが早いか、俺はすぐ傍にいた友香子に手を伸ばした。

 

 ――股間が爆発し、弁護席が吹き飛んだ。




 ……。

 …………。

 ………………。


「ふむ。君も諦めるのかね?」


 ハゲの問いかけを無視して俺は再び近くの友香子に手を伸ばした。





 ……。

 …………。

 ………………。


「ふむ。君も――」


 股間が爆発した。





 ……。

 …………。

 ………………。


「――承者についての審議に移ろう」


 股間をメルトダウンさせた。




 ……。

 …………。

 ………………。


「――リエルが封印を壊したアスモデウスの継承者に……」


 さらに触る。

 俺の股間は閃光とともに弾け飛んだ。






「なななななな、何をやってるんですか!? 自暴自棄ですか!?」


 白い部屋。

 レリエルのいない代わりに、そこにはサキさんがいた。

 俺の死に戻りに付き合わされているサキさんがこの部屋を作ってくれたんだろう。真っ青な顔で俺に食って掛かる。


「死に戻りを使って、レリエルが死ぬ前までさかのぼります」

「エッ!? そんなことできるんですか!?」

「できます」


 三回死んで、確信した。

 今までは女性の方から俺に近づいてきた。毎回同じリスタート地点からだったが、それは「ギリギリ回避できるタイミング」の判定が変化しなかったからだ。

 だが、復活した瞬間から最速で能動的に触りにいったとしたら、「ギリギリ回避できるタイミング」というのはいつになるのか。


 答えは、今確認した通りだ。


 ――前回から数秒ほど巻き戻ってリスタートする。


 あのぽんこつが設定したんだから、俺が積極的に破裂させにいくなんて想像もしてなかっただろう。

 つまるところエラーである。復活から最速で俺が触りに行くのだから、どれだけ遡っても結果的に回避できない。とはいえ無制限に戻れるものでもないらしく巻き戻るのは一度に数秒だけ。


 だが、このエラーは


 なにしろ唯一解消できるであろうレリエルがすでに死んでいるのだ。メチャクチャ疑わしい事実だけどもサキさんは実力的にレリエルよりも下だし、上司たちは俺の死に戻りを知覚できない。

 レリエルが復活するまでは巻き戻り放題である。

 股間という犠牲さえ払えば、だけど。


「サキさんには悪いけど、付き合ってもらいます」

「それは良いですけど……いやよくないですけども」


 サキさんが何とも言えない表情で俺を見つめる。


「あのぽんこつ、本当にムカつく」


 俺には言いたいことを言いたいだけ言いまくった癖して、上司相手に対するあの態度は納得いかない。レリエルはいつでも人を食ったような態度でナナメ上な発言してるくらいが丁度良いんだよ。


「あの上司の前に出たレリエル、態度おかしくなかったか?」

「ええ……そうかも知れません」


 歯切れが悪い返答にサキさんを見れば、沈痛とすら言える表情をしていた。


「何か知ってること、ありませんか?」

「……今はまだ、私の口からは何も言えません」


 それはつまり『ある』ということだろう。言えないのは天使という立場ゆえか。

 でも、何かしらあるならレリエルが復活してからドつきまわして吐かせる。もう手加減もしないし遠慮もしない。

 散々言いたいこと言ってこんな逃げ方をしたのだ。

 一番の被害者である俺にはやり返す権利があるはずだ。


「今はってことは、いつなら言えるんです?」

「……レリエル様が復活するか、もしくは決定的なタイミングがあれば、ですね」


 煮え切らない返事だし正直意味が解らない。ただ、すべての起点はレリエルが死ぬ前に巻き戻ってから。それだけは分かった。

 は、と息を吐いて覚悟を決める。


 あとは回数勝負。

 何度死に戻っても股間の痛みは消えない。ましてや自分から爆発させにいくのだから当然といえば当然だ。


 でも、折れる気も諦めるつもりもなかった。 


「私の力は、この部屋を一回つくっただけですっからかんです。レリエル様が復活されるまで、ここには戻ってこれませんよ?」

「上等」


 俺はサキさんに触れた。

 そして俺の孤独で静かな――いや爆発してるから色んな意味でうるさいけども――戦いが幕を開けた。



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