第24話 裁判(変態) ※本日3話目



 黒の部屋。

 そうとしか言えない場所に俺たちは立っていた。

 黒はインクのようにどろりと天井から抜け落ちていき、だんだんと部屋の輪郭を作り始める。


 そうして現れるのは俺たちがさっきまで立っていた玄関とはまったく違う部屋だ。 

 イメージとしては法廷だろうか。

 俺も行ったことないけども、テレビとかで見るのと同じ配置である。

 部屋の中央にはレリエル。

 椅子はなく、格子付のお立ち台みたいなところにぽつんと立たされている。俺を始めとした玄関にいる面々はレリエルの右側に着席させられていた。


 ……いや、サキさんはレリエルを挟んだ反対側に座っている。


 他にも何人かの男女がサキさんの近くに座っており、光輪や翼が見える辺り全員が天使なんだろう。

 見た目通りかどうかは分からないけども、年齢とか表情とかを見る限りでは家族とかではなさそうである。

 レリエルかサキさんの上司だろうか。

 一人はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべており、もう一人は今にも怒鳴りそうなくらい怒っていた。


 そしてレリエルが見つめる真正面。

 法壇ほうだん正面には立派な椅子が配置されていた。


 ・――これより、堕天審問を開廷かいていします。

 ・――裁判長ラブラエル、入廷にゅうていします。


 天の声に続いて、ドラムの激しいBGMが流れ始める。ラップ系の音楽に合わせ、裁判長が座るであろう席の真上がライトアップされた。


「HEY、俺が裁判CHOちょー! 判決はCHOちょーーCOOL! それ以前に俺がCOOL? そりゃそうさ! 俺は裸だから体ハダカYO!」


 意味不明なラップをBGMにバサバサと純白の翼を羽ばたかせながら降臨したのは変態だった。

 いやだって変態以外に呼び方わかんないし。

 具体的にはハゲでマッチョで全裸な天使だ。ボディビルダーばりに鍛え抜かれた身体はこんがり赤褐色に日焼けしていて、何かが塗られているのかテカテカに光っている。

 そして本当に一切何も着ていないんだけども、股間を中心に目がくらむようなまぶしい輝きを放っていた。

 俺の傍にいる女性陣が絶句する中、反対陣営の天使たちから歓声があがる。


「裁判長ナイスバルク!」

「股間が神々しいですよー!」

「な、ナイスカットー!」


 マジかよ、と思って天使たちに視線を向けると、サキさんが顔を引きつらせながら言ってたので天使の感性がイカれてるとかじゃないと思う。単純にゴマすりの一環だ。


「吾輩が神聖なる堕天審問におけるジャッジを下す大天使、ラブラエルであるッ!」

「腕が丸太みたいだッ!」

「メスラクダが発情しそうな力こぶっ!」

「な、ナイスカットー!」


 いやゴマすりはもう良いよ。


「んんんんんー? 弁護側から歓声が聞こえてこないぞ! SAY、SAY、SAYッ!!」


 弁護側って俺たちか。

 ってことはサキさんは敵?

 ……まぁ天使なら力関係的にしょうがないのかなぁ。


「歓声が聞こえてこないってことは欠席裁判だな。判決は死刑が――」

「ちょっと待てェ!」

「何だ、居たのかねアスモデウスの少年」

「何だじゃねぇだろ!? 全裸の変態相手に歓声送れとかマトモな感覚の人間には無理だろうがッ!」

「ふむ? 神聖なる法廷に全裸の変態がいると?」

「鏡見ろやぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 俺の言葉に全裸がポージングを変える。背中の筋肉が良く見えるポジションになったところで、視線だけを俺に向けた。


「私の全裸は神聖なる全裸だ。見たまえ後光ごこう差す股間を」

「モザイクと大差ねぇだろうが!」

「馬鹿者! モザイクは下品なものにつくが、吾輩には必要なし! つまり上品!」

「そもそも何で全裸なんだよ!?」

「はっはっはっ。裁判長を務める天使が全裸なのは『武器はどこにも持っていない。法廷では論理と感情を言葉で伝え、判決を下す』という正義のこころの表れなのだ!」

「服は武器になんねぇだろうが!?」


 俺の言葉に反応したのはサキさんのいる側。

 普通の裁判だったら検事さんとかがいる方、になるんだろうか。


「裁判長になんたる言葉遣い! 死刑だッ!」

「裁判長の肉体美が分からないとは……しかも股間にこだわってばかり! これだからアスモデウスの生まれ変わりは下品なんだ」

「な、ナイスバルクー?」


 サキさん多分いまそれを言うのは間違ってると思う。


「まぁ趣味嗜好しゅみしこうは個人の自由だ。アスモデウスの少年がどんな主張するのも自由である」


 まって、なんで俺がおかしいみたいな流れになってんの?


「服を着ろ服を! 女性陣が困るだろうが!」

「股間は見えないのに、かね?」

「見えなきゃぶら下げてて良いってわけじゃねぇだろうが!」


 特に友香子なんて俺に抱き着かれた程度でトラウマになっていたのだ。こんないかついハゲの全裸を見たら、正気を失ってもおかしくないだろう。

 そう思って俺のいる弁護人サイドを見回すと、先生がるりの視界を両手で遮っていた他は至って平常運転である。

 いや平常でもないかもしれないけども、少なくとも元気であることは間違いない。


「ほら、先生好みのイケメンマッチョですよ? 白神を諦めてアレに突撃したらどうです?」

「冗談は服装だけにしてくれ。私より獄門が良いだろ。銃にも匕首にも負けなそうな分厚い胸板だぞ? しかも光ってるから古物鑑定のときライト要らず」

「やめてください先生。年齢的にアレにつり合うのは先生だけです」


 友香子の言葉に先生がピキっと青筋を立てる。

 またレヴィアタンが覚醒したりしたらどうすんだろ、と思ったけどもまぁこんだけ天使がいるなら何とかしてくれるだろう。


「年齢的なつり合いだったら後輩のアンタより同級生の私の方が――」

「忍装束でも毎回見付かる先輩は、目立ってても視認できないあの股間を見習ってみたらいかがですか?」


 いや、あの。

 全裸の変態までダシにして舌戦繰り広げるのやめてもらえませんかね……?

 っていうか適応力高すぎないかな君たち。


「困っている者はいないようだが?」

「……スミマセンデシタ」

「ふむ、素直に謝罪できるのは素晴らしいことだ、許そう」


 全裸天使は再びポーズを変える。


「とりあえず弁護人は初めてだろうからこの審問について説明しておこう」


 全裸は、全裸らしからぬ理知的な態度で口を開いた。

 それをかみ砕くと、この『堕天審問』というのは天使がやらかしたときに上司が発令して行う裁判のようなものらしい。

 上司の裁量では手に負えなくなった時に責任の所在をはっきりさせるためのものとのこと。

 人間界に及ぼすマイナスの影響や、天使の思考・言動などを踏まえて判決を出すが、それには関わった人間の証言が影響するんだとか。

 最悪の場合は堕天使――つまるところ、悪魔の仲間になるまえに存在そのものを処分。

 そこまでいかなくとも、降格や人間界からの強制引き上げ、天界での強制労働なんかが科されるらしい。

 もちろん無罪になることもあるらしいけれども、基本的に堕天審問が開かれた時点で相当なやらかし具合とのことなので、検事側に重大な瑕疵があったり裁判の根本がひっくり返されるような新事実が出て来なければだいたい有罪になるとのこと。


「さて、分かったところで被告――レリエルの時間停止を解除するぞ」


 あ、レリエルが妙に静かだと思ったら時間止められてたのね。

 まぁ口を開いたところで傷口が大きくなる未来しか見えないし、むしろ止めてもらっていて良かった気がするけども。


 全裸天使がぽわっと輝く何かをレリエルに向けて発射。同時にレリエルの身体が大きく跳ねた。


「ッ!? だだだっ、堕天審問ですか!? 私は何もやましいことなんてしてないですよーう!? 部長に言われた通りに誠心誠意アスモデウス封印のために働いていたでありますよーう!」


 いや、まぁ……うーん。なんともコメントし辛い発言だ。

 確かにレリエル的には一生懸命だったとは思うけれども、実際のところまったくと言って良いほど役に立ってないし。っていうか股間爆発の呪い掛けられたし。


「ふむ。では始めよう。原告、説明を」

「はい」

「ひゃあっ! 部長!」


 サキさん側に座っていた男が返事をすると同時、レリエルが頭を抱えてしゃがみ込む。

 小さな子どもみたいな反応だが、真っ青な顔に小刻みに震える体はどうみても異常だ。


「ことの起こりは本日朝9時まで遡ります」


 そうね。

 何度もループしまくったせいで時間の感覚バグってるけど、今朝が始まりだ。

 ……まだ一日経ってないんだよなぁ。気が遠くなるけれども、今はできることをするだけである。


 堕天審問とやらは、レリエルの上司の説明によって始められることとなった。


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