第18話 ロベリア

夜岡と水流(すぐる)は、校舎を見上げる。石崎香里奈が通っていた中学校。ここに何の真実があるのだろうか。


学校に足を踏み入れた夜岡だったが、井上水流は校門に立ち止まって動かない。


「水流さんどうしました?」


「いや、大丈夫」


珍しく飴を欲しがらない井上水流。夜岡は水流の噂話を思い出した。


水流は小学校の頃にいじめを受けていた。原因は水流の性格の問題で、探偵さながらの洞察力で他人の人間性を見抜いて、関わる人間を決めていた。水流は周囲の人を、馬鹿の集団だと結論づけて関わらなかったという。それを気に食わない人間が水流をいじめ始めたという。


(まぁ仲間出来ないよなぁ)


水流は、学校に行く意味を見いだせなかったため小学校を辞めた。その後、ずば抜けた洞察力から探偵の教育を受け始めたという。


天才なら学校の勉強も完璧であって欲しいが、ギャップすぎるほどに学校の勉強にはついていけてない。現在は通信制の中学校に入っており、送られてくる課題をコツコツとやっている。


「水流さん、どうぞ」


夜岡はいちごミルク味のチャップチュッパを渡す。水流は様々な想いを持ちながら飴を受け取る。


「よし、行こうか」


「はい」


夜岡は、初めての探偵調査に胸が高鳴った。


・・・・


「こんにちは。夜岡です」


校長先生に名刺を渡す夜岡。校長室を物珍しそうに眺める水流。校長の横には一人の男性教員が立っていた。


「こんにちは、糸原雅之と申します。本日はよろしくお願い致します」


夜岡は見逃さなかった。水流の目線はその男を凝視していた。この男に何かあるのではないかと警戒する。でも、どこからどう見ても人気のありそうな優しい先生としか印象がない。


「えーっと、横にいるのはお子様ですか?」


「失礼な。僕は探偵だ。井上水流だ」


糸原の言動に、珍しく顔を赤くして怒る水流。


「え、あなたが名探偵井上水流さんですか?どこからどう見ても子どもですよね」


「少なくとも糸原よりは頭いいからね。洞察力なら絶対負けない自信がある」


「私も洞察力になら自信があります。ババ抜きは負け無しです」


「僕も負けたことないから。勝負してみる?」


「あの、お話に入ってもよろしいでしょうか」


「あ、すみません」


校長の話で、糸原と水流の火花が一旦収まる。子どもを見るような笑顔の糸原。不貞腐れる水流。第一印象は最悪だった。


・・・・


校長先生は、石崎香里奈の情報と警察の調査結果を水流に見せた。水流がペラペラと紙を見ていく。流れてきた紙を夜岡も見ていく。


「気になっているんだけど、なぜニュースにならなかったの?」


校長は、言おうか言わまいか頭を掻きながら渋々答えた。


「香里奈さんは、徹さんの不倫相手との間にできた子どもと言われているんですよ」


夜岡もどこかの文春で読んだことがある。石崎徹の不倫問題は昔に報じられたことがある。石崎徹は不倫を認めて教育関係の仕事から一旦手を引いた。その間に子どもができたという情報もあったが、批判するネット民たちの作り話であるとされた。


もし、子どもが出来たというのが本当ならば、歳の計算上、香里奈である可能性は大いにありうる。石崎徹の子どもは2人おり、香里奈は世間に公表されていない。


「石崎さんはバレることが嫌だったのかもしれません。だから警察を使っても報道はされなかったのだと思います」


「ふーん、まぁそれは完全な見当外れなんだけどね。そういう体で話を進めているのか」


引き続き水流は警察の資料を見ていく。


「生徒が関わっている可能性がある、という文章は」


その質問には、糸原が答えた。


「警察の文書には、クラスの生徒も事件に関与しているという記載がありましたが、そのような事実は否定させて頂きます」


「そう言いきれる根拠はなに?」


井上水流が間を開けず聞く。


「はい。あの子たちは、」


井上水流を説得できる答えがそこにあるのだろうかと期待した。でもそれは夜岡の期待外れだった。


「あの子たちは、嘘をつくのが苦手ですから」


「全く根拠にならないですね」


水流は呆れるように笑う。さすがの夜岡もがっかりする。


夜岡は水流を尊敬しているが、同時に水流が崩れる瞬間を見てみたいと思っている。夜岡が知る限り、水流は今まで担当した事件を全て解決している。今回の件も即解決することだろう。


「分かりました。そこまで言えるのなら」


水流はニヤリとした。


「あなたのクラスに転校生として入りましょう」


水流が初めから転校生として学校に行くことは聞いていた。水流の発言に校長が驚く中、糸原先生だけは冷静に笑っていた。


・・・・


帰り道の車の中、チャップチュッパを舐めながら資料を再度確認する水流。水流は、運転する夜岡に話しかけた。


「ちなみに糸原は注意しといた方がいいよ。おそらく、」


おそらく…なんなのだろうか。夜岡は、それに続く言葉を求めた。


「おそらく、香里奈は糸原の近くにいる」


糸原が香里奈を誘拐したというのだろうか。あの優しい笑顔からは全く想像がつかない。しかし、水流が嘘をついているとも思えない。


「僕が糸原のクラスに入っている間、お願いしたいことがある」


糸原に裏の顔があるのなら、それを見てみたい。そして水流がどのように化けの皮を暴いていくのか。夜岡は興奮が止まらなかった。


探偵と誘拐犯の勝負が始まる。

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