第19話 ラナンキュラス
「おはようございます」
「「おはようございます」」
生徒の顔を一人一人確認していく。今日も平凡な一日が始まろうとしていた。
3列目に座る利根咲(とねさき)が、さっそく手を上げる。利根咲は青木の1番の親友だ。青木とは違った意味だが、この生徒も問題児だ。
「先生、その机なんすか」
「机です」
「いやそーじゃなくて何に使うんすか?」
「さぁ」
利根咲はとにかく口が悪い生徒で「ですます」調で聞かれないと質問には答えないと決めている。利根咲はため息をついて聞き直す。
「何に使うの・で・す・か?」
利根咲は、語尾を強調してイライラした表情を見せる。口は悪いが友だちを大切にする情のある生徒だ。
「利根咲くん、先生なんだから敬語使うのは当たり前でしょ」
「わぁーったよ」
石井が利根咲を注意する。利根咲は石井に好意を寄せているらしい。何度もアピールするところを見ているが、それに石井は気づかない。
「お先生。そのお机は何にお使いになられますのでおございますのおでしょうか」
ふざけて改め直す利根咲の言葉に、クラスが笑いに包まれる。後ろの席では青木が机の下でマンガを見ているが注意しないでおく。
案外、教師からはマンガやスマホを使っていることなんてすぐ分かる。糸原も高校生の頃は授業中にスマホゲームをしていた。注意されないだけで当時の先生は気づいていただろう。
「この机は転入生の机です」
「へ、まじかよ、ってへ?転校生くんの?」
クラスが騒がしくなる。転入生が来ると聞いて、ワクワクしない生徒なんていないだろう。
糸原は、クラスが静かになるまで目を瞑って待つ。それに気づいた石井がクラスを静かにさせる。
「ただし、訳があって1ヶ月の間だけこのクラスで勉強します。短いけどみんなよろしく。じゃ入ってきて」
小さい身体が教室の扉からスタスタ歩いてくる。転入生――井上水流はみんなの方を見てにこやかに笑った。
「皆さんこんにちは。僕の名前は井上水流といいます。好きなことは人間観察です。真理で人を見極めるのが得意です」
クラスは全員すごい顔で引いていた。さすがの糸原も笑顔を作ることが出来なかった。
こうして井上水流は、一日目にして友だち作りに失敗した。
・・・・
生徒たちに、水流が探偵だと気付かれてはいけない。糸原にとってそんなことはどちらでも良かったが、生徒の混乱を避けるためにも従うことにした。
「糸原先生、お疲れ様です。水流さんは上手く馴染めたでしょうか」
話しかけてきたのは、水流の雑用係として扱われている女性の人だった。嘘偽りのない笑顔。年齢は水流よりも上だが、能力は水流に劣るのだろう。
「自己紹介から失敗してました」
糸原は机の中からお菓子を1つ渡した。嬉しそうに受け取る女性。確か夜岡という名前だった気がする。
「やっぱり。あの人の性格から何となく予想ついてました」
その人は強引に鈴木先生の席に座った。鈴木先生がいないからまだいいが、とんだ迷惑だ。
「あの、仕事の邪魔なので帰ってもらってもいいですか?」
糸原は、パソコンを打ちながら夜岡に言う。目も合わせてくれない糸原に諦めたのか席を立つ。
夜岡が職員室を出るとき、糸原は夜岡が知りたいことを教えてあげた。
「あなたが探している【鍵】はここですよ」
糸原は【家の鍵】をチラつかせて見せた。夜岡は糸原の言葉に驚く。夜岡が鍵を探していることは知っていた。
「いえ、私が探しているのは鍵ではありません。決定的な証拠です」
夜岡は深々とお辞儀をすると出ていった。
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