【再掲】10 狼達の矜持と揺らぐ大檣






  ボスとの関係は、アレから例年よりも暑い夏が過ぎ去り、職場での距離が近くなるも相変わらず、だらだらと秘密の関係は続いていた。


 やがて秋になり、冬が来る前に二人の予定を立てても良い頃……だが、大人である故の複雑な関係、その裏に潜む甘い蜜のような罠から抜け出せず、気持ちが逸るも迷いからか、未来の予定は白いまま毎日を刻んでいた。


 街路樹が紅葉に染まりやがて落ちる頃には、華やいだ街の空気に押されるのを待つのも悪くはない。


 しかし、それじゃあ男に生まれた身としてどうかとも思う自分もいる。


 思い立ったら吉日か、早速行動に移せば幸運が舞い込む。


 巷で人気の少しお高いレストラン、たまたま予約を確保出来たのだから月末が楽しみだ。


 イレギュラーさえ起こらなければ良いサプライズとなるかもしれない……いや、サプライズ狙いだと事故る可能性もあるな。


慎重に……慎重に考えろ……ボスには正直に告げるか、なら理由は?……そうだな……。


『懸賞が当たったのでご一緒しないか?』


 そうしよう、あとは素敵な夜景の展望台に連れ出し、愛と勇気をオールインすれば半か丁かの二つの運命って訳だ。


 仕事終わりの間際、全ての準備が完了し早速行動に移すも……珍しくと言うのか、ここ最近の彼女は、妙によそよそしい態度をとる。


「ごめんなさい……その日はあれや……遠慮するわ……」


 明らかに不自然なぐらいに、チャーミングなジト目を泳がせながら遠慮がちに言う彼女は、おそらく嘘をついている。


 むしろわかりやすい嘘だってことが、ありありと伝わる。


 豪快でざっくばらんな彼女にしては珍しく、わざわざ嘘をついてまで避けようとするような仕草は、いったいどうしたのだろうか?


 少しばかりショックを覚えるも、ごり押しさえしてしまえば、どうとでもなりそうな隠し事を秘めている様子。


「ボス、どうしてもその日じゃ無いと駄目なんだ……折角懸賞が当たったんだ。俺に対して普段からよくしてくれて、ご飯までいつも一緒にしてくれるボスへの恩返しをしたいんだ……」


「……ごめんなさい、大尉の気持ちは嬉しいんやけど……」


「どうしても駄目か? 駄目なら他の子を誘うけど……」


 断ろうとするも、どこか煮え切らない彼女の態度に、少しだけ苛立ちを感じるものの、追い詰める訳にはいかない。


 嘘には嘘を……ありもしない他の女の影……正確には無いこともないけれど、クソチビポメ柴も今は戦地だから、いつ帰ってくるのかもわからない。


 他は……数年前に彼方へと旅立った姐さん、そしてジェニファー……ああ、過去の俺が愛し、愛された女性たちは通り過ぎていっていってしまったんだ。


 今、俺が愛しているのは、目の前にいるボスだけであり、これまでの関係から投げたコインの表裏は果たして……。


「……わかった、何とか調整するわ。ギリギリになってまうかもしれへんけど、それでもええか?」


「構わない、ボスとご一緒出来るならね」


 この日の会話はそれで終わり。


 予想していたよりも割とすんなりというのか、呆気なく事が済んでしまった。



 再び白い毎日を刻んだ先、決戦日を迎えてもボスのよそよそしい態度は相変わらずで、時折見せる悲しげな顔はいったいなんだろうか?


 何やら暗雲が立ち込めているようだが、怖じ気付いてるんじゃねえよ、男なら出たとこ勝負だろ?


 そう自分に言い聞かせるも、まさか決戦日に水を差されるとはな……。


 当日になり、ボスの仕事終わりを待っているときだ。


 ふいに携帯端末が鳴り、ディスプレイに表示された名前が、ボスではないことに落胆。


 誰かと思えば……前の職場の同僚からか、連絡が入るなんて久々だ。


 電話に出ればあの頃から全く変わらない元同僚と、久しく話に花を咲かせた一方で、もたらされた風のたよりが、最近のボスの様子と関係しているとしたら……当然の事かもしれない、そうとしか思えないものだった。


 ボスに俺を推挙した人物である、クソチビポメ柴……彼女が、戦地の霞と消えた……そうか、そう言うことか。


 ボスにとっては、かつての部下であり、俺にとって関係の深い大切な人の一人であり……そして、彼女の死が、これまでのよそよそしい態度と関係していたのだろう。


 俺にわざと情報を落とさず、しかし、時間稼ぎをしたところでいずれは、俺に対して命令を下さなければならないであろう、彼女なりの葛藤だったか───。








  海沿いの城塞都市を攻略したことにより、獲得した港町を行きかう船は、世界中から様々な情報、産物をもたらしたことで、我が魔王軍の領内を潤した。


 100年間の租借を得た権益の恩恵はとても大きく、城塞都市の復興と並行して港の拡張を行う公共事業への投資は、将来的に得られる交易収入や税収でほっこりすることは間違いない。


 また、船舶や各施設の接収により、それまでモンゴル海軍程度(ボート一隻)の無いに等しい規模だった魔王軍の水上戦力の編成事情は、大幅に改善したのだ。


 ランドパワーよ、ありがとう……そして、さようなら。


 これからはシーパワーに方針転換だ。


 我が軍の近代化は着々と進んでおり、例え比較的力の弱いコボルト族やゴブリン族であろうとマスケットを装備すれば、小さい身体が却って有利に働く。


 ライフリング、後装式の研究・開発も進み、レバーやチューブを経るかはともかくとして、ボルトアクションまで繋げば、ただの人間相手にはまず負ける事なんてないだろう。


 運用する者の数は問題ないから、後はひたすら飛び道具の数をそろえないとだな。


 そんな訳で現状余り気味の陸戦兵力の割合を、モンゴル海軍規模だった船舶要員へと大きく振り分け、商船隊と小規模な海軍部隊を編成出来るようにもなった。


 脱・民営化したモンゴル海軍、ボリビア海軍(港無し)超えもすぐそこだ。


 ……ところで、我が軍で泳ぎの得意な奴は?……うん、わかってはいたよ?


 こりゃあ前途多難ってやつだ。


 いくら船舶が充実したとはいえ、ただ単に接収したところで戦力強化とは言えず、元から居た乗組員等の貴重な経験者、技術者なので好待遇でもって我が軍に迎え入れてやった。


 その代わりに変な奴が少し増え、所属先が変わった事により、元から所属していた者たちは困惑したものの、待遇改善によって概ね歓迎された。


 当面の間はおおむね既存のまま、前世の知識を取り入れながら訓練に努めつつ、船舶を新造して拡充していく方針だ。


 元々の所属が陸軍だった俺からすれば、全くの専門外であるのだが、ある程度の基礎知識と応用を用いれば、それこそ昔の船舶工兵程度、またはレザーネック達に学んだ事が生かされるかもしれない。


 とりあえず、ダークフェアリー族には発光によるモールス信号を習得させているので、大いに役立つことだろう……通信技術をもっと向上させれば自然と航海技術が発展し、シーパワーで覇権を握れるかもしれない。


 当面は商船隊を守れる程度の戦力を維持、そのうち拡張・拡充してシーパワーによる発展を目指すリムランド的な生存戦略は、果たしてどうなることやら?


 さて、海への出口が開けたことで選択肢も増えたが、同時に厄介事も舞い込んでくるようにもなる。


 第二、第三、続々とやって来る選ばれし勇者に始まり、侵入・襲撃が活発化して後を絶たないのは、勢力圏が広がった事による弊害とも言えよう。


 黄ばんでカビ臭く、そして何故か血なまぐさい古地図を改めて確認してみれば、前世で言う沿海州から満州あたりのどこかと思われる我が勢力圏。


 新しく地図を書き直してもらいたいよ、全く……ああ、話が逸れてしまった。


 今回得た海沿いの城塞都市は、俺の居城から見て西側にあり、旅順港みたいなものと思われるので今後の発展にも期待したい。


 船舶が航海する上での安全と自由を手に入れる為、ここから海沿いの地域を東へ西へと拡大していきたいところであるが……どうも東の果ての島国、前世で言えば祖国に近い何かから……厄介な蛮族がやって来たのだ。


 特に何か敵対するような理由はないものの、ご挨拶に伺いたいんだってよ?


 鎌倉武士的なご挨拶じゃないことを祈りたいね、俺が言えた事じゃないけれど、その時はその時だ───。







  元々栄えていた港町らしく、照射な迎賓館の類はあるので東方の蛮族との会合場所はセッティング済み。


 もっと栄えている城塞都市の方でも良いかとも思ったが、現状は復興の途上であり、先の戦争では少々やり過ぎてしまったのでしばらくの間、俺は出禁を食らっている。


 なんでだろうね? HAHAHA!


 確かに連日連夜、人為らざる氏族達の咆哮、抜けたラッパのようなものを吹いたり、銅鑼のようなものをジャンジャン打ち鳴らした不協和音のお祭り騒ぎだった。


 時折打ち込まれるお化け臼砲で我々に被害はなくとも、城塞に籠る全ての生き物にトラウマを与えてしまえばそれも当然か。HAHAHA!



 とりあえず城塞都市の使用は諦め、港町の照射な迎賓館にて迎え入れた来訪者のとても変わったいでたちは、前世で例えると近代化した倭寇の女頭と言うべきか。


 やっぱり東方の蛮族ではないか?


 対面した近代化した倭寇の女頭こと、彼女の筋肉質で引き締まった身体、それでいて素晴らしい持ち物二つのグラマラスボディーを包み込むように巻かれたさらしは下着代わりと言うより、実戦を想定しているのだろう。


 揺れる素晴らしい持ち物二つが邪魔にならないようコンパクトにまとめたり、斬られた際に内臓が飛び出すのを防ぐなどの役割だろうか。


 その上から高級感のある雅な長羽織を着流し、ココ・シャネルを思わすハイウエストパンツと編み上げ靴を組み合わせた着こなしは、和洋折衷の傾奇者か。


 大太刀を帝国海軍の軍刀のように腰に下げ、兜割、二つの鎧通しを確認したところからロマンと実戦のバランス、屋内戦闘と組打ちも想定しているのだろう……ついでとばかりに、前世でよく見たホルスターに鎮座するのは、ブローニング・ハイパワーか。


 良い趣味をしているし、間違いなく転生者であることもわかるだけでなく、何よりも……只者でない。


 彼女の鋭い目が、全てを物語っているのだ。


 俺よりもやや長身、190cm以上はあろうか、上から見下ろす彼女の眼光はとても鋭く、その瞳の奥は全く笑っていない……。


 こいつ、人を殺した事あるな……それも俺と同じか、それ以上か……勇者とか目じゃないね。


 少しでも対応を間違えたら、それこそ鎌倉武士との命のやり取りになりそうだし、そへだけは願い下げだ。


 なんならロマンスの方がよっぽどいいと俺は思うね。


「お前が大陸東に現れたと噂になってる新参の魔王か?……ただの人間、いや、あたしにはそうだな、危険な香りを隠しきれてない魅力的な色男にしか見えないな?」


 こちらを値踏みする彼女から特に敵意は感じられず、むしろ好感度が高いのかもしれないね。


 おまけにエリザベス・デビッキ似の超絶美人だぜ?


 ジーザス、ありがとう! クソッタレ!


「ちゃんと鏡を見てないものでね……色男かどうかは後程確認しよう。危険な香りね、それはお互い様だと思うけどね?」


「違いない」


「「HAHAHA!」」


「それよりもだ、どうやら俺は、あんたにモテているらしいから問題ないな?」


「「HAHAHA!」」


「面白い色男だな、いいね……で、あたしか? あたしはそうだな、極東の魔女一族と呼ばれている。種族で言ったら鬼、数ある神のうちの一つだ」


「なるほど、前世で言えば極東の島国の伝承みたいなものか?」


「ほう……やっぱりお前、転生者か?」


 前世の話を交えれば目の色が変わった、相変わらずその奥は笑っていないけれど。


「あぁ、そうだよ……最期はこれで頭を吹っ飛ばした……そしたら魔王だってよ?」


 愛銃のマカロフの入ったホルスターとポンと叩けば、彼女は大笑いしたのだ。


「……ま、あたしも似たようなものさ。もっともあたしもさ、お前が転生者だとわかっていたからさ、銃を突き付ける必要なんて無さそうだな?」


「あぁ、この世界の奴はさ、撃たないと驚いてくれないからな?」


「「HAHAHA!」」


「お前、それやったら驚く前に死んでるだろ?」


「「HAHAHA!」」


「まぁな、おかげで東方の蛮族に目をつけられた訳だ」


「違いない、勢力を拡大すれば嫌でも気にはなるさ……冗談はともかく……お前、今までで何人殺した?」


 果たしてどこまでが冗談なのやら?


 鋭いまま笑っていない彼女の眼光そのまま、むしろ興奮を覚えるよ。


「さぁ、どうだろうね?」


 おどけてみせれば口角を上げて笑う彼女に、同じく釣られて笑う同じ穴の狢か。


 全く、親近感を覚えるばかりか、どことなく懐かしいと思えてしまうのは……いいや、気のせいだろう。


「おかげでこっちは平和、あたしの獲物が減って暇になっちまった」


「暇だからって俺のところに来たわけだ。ようこそ、歓迎するよ」


「そうだよ、ついでに良い男に歓迎されるわけだからな、感謝するぜ……で、あたしが鬼と言ってもさ、ただ角の生えた人間にしか見えないだろ?」


「あぁ、そうだな、俺となんら変わらない。そんな麗しくも凛々しい鬼族の魔女様に俺はさ、思わず性的興奮を覚えるよ。立ち話も難だ、このあとうまいご飯と酒を楽しんでからスイートルームで一夜明かさないか?」


「いいな、乗った、お前は面白いやつだし何よりも前世を知っている……堅苦しいのは終わりだ、早速案内してくれ」


 言うが早くこちらの腕を掴み、ご自慢のグラマラスボディーを寄せて包み込むように、腕を組んできた彼女の肉食っぷりに思わず視線を合わせた。


 目の笑っていない人殺しの眼光も、たちまち乙女のように和らいだそのギャップがたまらない。どうやら彼女とは仲良くなれそうだ。


「お前の人を食ったかのような表情が堪らないな、ますます気に入った」


「意外と乙女チックなあんたの表情も堪らないね、案内するよ」


「「HAHAHA!」」


「言ってくれるな、魔王よ? あたしの事は"ナギ"って呼んでくれ……いや、昔みたいに分隊長でもいいぞ?」


 ……ナギ?……分隊長?


 その言葉に思わず足を止めた。


 前世の話、転生者の話題は特別珍しい訳でもないが、あたかも知り合いのように語る彼女の表情を伺えば、何か確信めいたような笑みを浮かべた。


「お前、最終階級は?……あぁ、戦死する前のな」


「大尉だ、兵卒上がりのな」


 本来なら兵卒上がりであると言わなくても問題ないが、何故かそう答えてしまった。


 そして彼女は、まるで子供のように目を輝かせ、心底からの満面の笑みを浮かべながらこう言った。


「そっか、あたしと並んだんだな……"カスガ"大尉?」───。










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