【再掲】11 回転灯籠は踊り、覚醒する







  異世界こと新しい世界で生を受けてどれぐらいの時が過ぎたのだろうか?


 引っ切り無しに来る侵入者、襲撃者に眠りの無い夜を余儀なくされ、戦地にいる頃とあまり変わらず、つかの間の浅い眠りが精一杯。


 気の休まらない中でも出来うる限りの睡眠環境を整えようが、前世から続く職業病か……唯一、深い眠りにつける時と言えば、心許せる相手のぬくもりに包まれている時ぐらいだろう。


 もっとも、今では一番のぜいたく品かもしれないね。


 前世の嫁、やはり彼女の存在が大きかったのは間違いなく、それなくして安寧なんてものはなかった。


 それ以前はどうしていたか?


 答えは同じく存在していたし、彼女達のおかげで俺は安心して惰眠をむさぼることが出来たんだ。


 もっとも彼女たちは皆、平等に……俺よりも先に逝ってしまったんだ……戦友でもあったかつての恋人たちよ……今、どこで何をしているのか?


 おぼろげな記憶の中にいる彼女たちを回顧し、もう二度と会えない者達がまだ俺の心の中で、思い出の中で生き続けた……まさかこの世界で再会するとは思いもしなかったけれどね。


 東方の蛮族、魔女一族、または近代化した倭寇の女頭こと鬼族のナギ。


 酒と料理を楽しみつつ彼女から語られた前世の話、俺との関わりはとても深いものだったらしく、記憶の朧気な少年兵時代まで及べば、回転灯篭のように呼び覚まされた遠い日の陽炎が揺らいだ。


 酔いが回れば宵に誘われスイートルームで二人きり、思い出を語りながら深淵を覗き覗かれ、在りし日の前世を辿るように、トレースするように重なりを描き続れば疲れ果てて眠りの淵へ。


 久々の夢のような深き眠りから呼び覚まされれば、豊満ながらも引き締まったグラマラスボディーに包まれ、危うくもう一度死にかけた男の夢。


「よう、お目覚めのようだな……この色男?」


 人を殺しかねないそのボディーと眼光、ほんの少しばかり慈しみと母性を感じるのは、俺が少年兵だった頃からの付き合いからか、彼女の温もりを覚えていた……いや、思い出したからだ。


 姐さんであり、姉でもあり、母のようでもあり、女でもあったナギのぬくもりを鼻いっぱいに吸い込み、大きく吐き出して深呼吸すれば目が、そして頭が冴えわたっていく。


「……おはよう、もう昼か?」


「あぁ、あれだけ熱く激しい夜を過ごすどころか、朝日が昇るまで続けていればな……月旅行にでも行ったような気分だ。相変わらずそっちも強いな?」


「死が身近なお仕事をしていたからね、お互いに性欲も強くなるさ?」


「だろうな、あたしもだよ?」


「「HAHAHA!」」


「……おかげで色々と思い出したよ」


「それは良かったよ……だが、プレイスタイルはだいぶ変わったな?」


「そりゃ生きていれば人は変わるさ? 本質的にそっちが好みなのかもな」


「だろうな、ちゃんと気持ちよかったし、あたしは満足しているよ…あいつも中々好き者のようで?」


「HAHAHA! そりゃどうも、俺もだけどな。さて、遅い朝食にでもする?」


「あぁ、そうしよう……その前に湯あみをしたい」


「同感だ、ついでに歯磨きも」


 スイートルームで過ごした甘い一夜が明ければ、新しい一日から出遅れたマイペースなランチタイムとしゃれこもう。


 大衆的な食堂に入り、山盛りのブッタネスカ風の麵料理を二人で取り合うように、奪い合うように食い意地を張った狼さながらお腹を満たした。


 次はおしゃれなカフェでゆっくりとコーヒータイムを満喫しながら語らう。


 命のやり取りをよく知る二人で語らうのは共通の話題、敵である勇者のお話。


 彼女が語るところ、普通に倒しただけでは復活するらしく、気まぐれで首印を取ったところ同じ奴は現れなくなったらしい。


 同じような現象に遭遇したもの同士、こちらも倒した勇者の情報を提供した。


 天界に首実検を依頼した、なんて話をすればどういうわけか、同じ穴であるはずの狢に何故かドン引きをされたが、情報共有・共通認識を持てた事が大きな成果となる。


 もちろん取った首が空高く飛んでいくような事例もなく、今のところもう一つの平家物語が起こらないことも確認済み。


 天界からのお墨付きもあり、勇者対策はこれで問題ないということになった。


 次に国交樹立を目指す話はとんとん拍子に進み、互いに領事館、外交官、駐在武官、少数の部隊を置くことが決まった。


 民間の方も最初は貿易から始め、そのうち自由な交流をする日も近いだろう。


 一旦はお互いに持ち帰り、協議し正式な国交樹立の調整に追われるのだろう。


 より踏み込んで同盟を結ぶ話もついでとばかりに盛り込んでおいた。


 こうして、win winの関係を結べた事が大きな成果として、当初は心配だった未知なる脅威はなくなり、心強い海の向こうのお友達の出来上がり……なお、セフレ関係に等しいのは、お互いの立場的に良いのだろうか?


「……お前、そんな細かい事を気にするのか? あたしは別にこれぐらい気軽な関係が性に合っている。それにさ、お前が心を向けているのは……あいつなんだろ?」


 姐さんの男気にはかなわない、それは今も昔も変わらずだ。


 世界が変わっても前世の嫁、彼女の事を忘れられるわけがない……おかげで欠けてしまっていた大事なピース、俺と彼女の名前を思い出せたのだ。


 ウィラ、それが俺の前世の嫁の名前であり、フルネームは ウィラ・フォン=ノイマン ……それは昔の名前か。


 シナエ・アラキ、帰化した彼女の日本名だけれど、あの時も変わらず昔の名前で読んでいたけどね?


 最終的には結婚したから、 シナエ・カスガでもあり、ウィラ・フォン=N・カスガでもあるのかな?


 そして俺の名は……トラチヨ・カスガ。


 この世界で今更名乗るべきなのか…いや、前世を知るものにそう呼ばせればよい。


 俺は魔王と呼ばれる事に慣れて仕舞いには受け入れた、意外と気に入っているんだぜ?


 東方の蛮族、近代化した和寇の女頭のナギこと、ナギサ・コウサカ。


 彼女も結婚していたから、正確にはナギサ・K・イナだったな。


 前世における彼女は、ウィラと親友の関係でもあったおかげで繋がったんだ。


 おかげで少しばかり希望が持てたから、この世界をまだ楽しめそうだよ。


 もっとも……いつか前世の嫁、ウィラがここに来る保障なんてどこにもないけれどね───。







  ───運命を信じるか?


 ……あぁ、俺は信じるよ、故に何もせず受け入れるなんてまずあり得ない。


 俺は自らの手で切り開いてきた、そうして生き残ってきた……即ち行動せざるは、神の見えざる手による俺の知らないもう一つの運命だ。


 俺がもがき足掻いた先の運命、それが失恋だとしても……いくらでも待ってやる、挽回するんだ……そのチャンスを再び掴みとってやるさ。


「……ごめんなさい……うちがこんなんであんたを困らせてもうたんや……ほんまにごめんなさい……」


 俺の胸の中で泣きじゃくる彼女を宥めていれば、どれだけの時が過ぎたのだろうか?


 熱気に当てられて消えたカップルたちは、いつのまにか鮭の遡上のように戻ってきて再び賑わう展望台。


 ほんのひとときだった100万ドルの夜景の山分けは、数多のカップルたちとの共有財産としてタダ同然に等しいほどの大暴落。


 せいぜい今のうちに楽しんでやがれ。


 こちとら現在進行形の人間ドラマに出演するキャストによる、撮影風景のような空気感を醸し出し、遠巻きに眺めるカップル達の冷ややかな視線を秋風のように浴びているんだぜ? HAHAHA!


 そんなカップル達の中には、風のように去りぬラティーノのように応援してくれる変わり者はいるのかね?……いや、ラティーノ、そもそも誰だよお前?


 ずっとこのままでも良いけれど、それじゃあ風邪を拗らせてしまいかねない……よしよし、そろそろ泣き止むかな?


 彼女の温もりを両手にいっぱい貰い続け、嗚咽を溢していた彼女がようやく落ち着いたのか、瞼を腫らしたままの顔を上げて涙の残寧をぬぐい、いつものように笑みを浮かべるもどこか痛々しいのは精一杯の強がりか、矜持か。


「ほんまにごめんなさい……今のうちには答えられへんわ……それにな……」


 強がりはそこまでだった、再び悲しげな表情を浮かべた彼女は続く言葉に迷っていた、悩んでいた……それが抗いではなく購いの正体だろう。


 ここは俺から言おう。


 東部の同僚からの風のたよりが、彼女を苦しめているものだとしたらね。


「出征だろ?……今では俺の上官になりやがったクソチビポメ柴のあいつを、そしてボス……あんたのところの部下でもあったあいつを、祖国へと連れて帰らないとな?……違うか?」


 彼女は無言のまま頷いた、再び目に涙を浮かべて…。


「……大丈夫、ちゃんと連れて帰る。チビと言ったら狂犬のように噛みついてきたあいつがさ、もっとチビになりやがってしまったけれど……」


 一筋の滴が頬伝いながらも目線は逸らさず、真っ直ぐな彼女の意志は続く言葉に立ち向かうつもりのようだ。


「心を壊して無口になってもな、あいつは人としての矜持を曲げなかった……その果てにはもう何も語らなくなっちまった……俺の階級を突き放すどころか置いていきやがってよ……」


 貰い物の涙が柔い頬を伝い溢れ落ちるまま、それでも彼女から視線を逸らさず言を続ける。


「そんなあいつをな、戦地に置き去りにするわけにはいかない……ボス、怖がらず俺に任せてくれよ。いや……大佐、あんたは俺に命令を下すんだ」


「……嫌や、あんたまで失うかもしれないんや……そんなん……うちには耐えられへん……嫌なんや、うちの事好いてくれる人が、ナギが……ヒナコが……うちの大好きな人達が……うちの命令一つで失うなんて嫌や! あんたまで失ったら……嫌や!!」


「舐めるな! 俺はこの手で運命を切り開いた、死を身近にしながらも諦めずにな!……俺は、例えあんたに死ねと命令されても喜んで遂行する。それだけ惚れ込んでいるんだ、大好きなんだよ、あんたの事を愛しているんだよ……だから俺に命令を下してくれ、頼むよ……」


「アホ……なんで、なんでや……うちがどんだけ悩んだと思っとんねん? それなのに……どうしてなんや? どうしてあんたは生き急ごうとするんや?」


「それが俺の矜持だ、譲らねえぞ?……それにな、俺は何がなんでもやり遂げて必ず帰ってきてやる。だから、この続きはまた今度ゆっくりしよう。その時まで俺は待つよ……もっとも、あなたをしばらく待たせてしまうけどね?」


「……アホ、この大馬鹿者……約束やからな?」


「あぁ、あんたの答えが楽しみで例え死んでも死にきれないよ、HAHAHA……んっ……」


 最後はほんの少しおどけてみれば、彼女は微笑み…お互いに濡れた笑顔で交わした口付けは少しだけしょっぱかった。


 愛と勇気をオールインした結果、これが、信じて切り開いた「運命」か───。






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