第20話 教典

◆ファストマン公爵領

北部の町カナン


カランッ

風で何かが吹き飛んでいく。


ここは町のまん中を通る石が敷き詰められた、交易につかう街道に繋がる道路。本来なら多くの町民が行き交い、市場などが開かれる町でもっとも活気のある場所の筈だった。

だが、今では人っ子一人居おらず、静寂につつまれている。

道の端には、無造作に放置された遺体が幾つも転がり、さながらゴーストタウンの様相である。

だが、何も動く者が居ないと思われたその町で、二つの動く人影があった。

深く被ったローブに身を包んだ二人、大人と子供だろうか。

背丈に差がある二人、背が高い方が低い方を庇いながら歩いているようだ。

そして間もなく背丈が低い人影が、その顔を上げた。

僅かに覗くその顔は、年若い女性のようだ。はみ出たその髪は銀色をしており、風になびき、その髪が日の光に輝いた。



◆◇◆



◆レブン視点


「酷い、遺体がそのまま放置されている!」


「仕方ない事だ。おそらく流行はややまいの先入観で、手を出せなかったのだろう」

「すぐに処置すれば、助かったかも知れないのに……」


ボクは被せてあるボロ布を退かして、遺体を確認する。

「?!」

「……まだ子供だな。身なりからすると、町のスラムにいる孤児か」


ハルさんが遺体の子の素性を予測し、ボクに伝えてくる。孤児……体力のない子供や老人、家族の居ない孤児などから先に力尽きる。判っていてもどうする事も出来なかった。

事前の確認では、町の住民は3千人あまり。

皇国の町としては、けっして小さくない町だ。それでも遺体すら放置するという事は、町の統治の仕組みが機能不全に陥っているという事。


「急ごう、町民を取りまとめている人達に会わないと!」

「ああ」


ボクが此処にいるのは、ある事がキッカケだった。その理由は数時間前にさかのぼる。



▩▩▩



「馬鹿な、正気か!?」


「駄目だよ、レブさん!!」


ハルさんとランス君、 珍しく二人が口を揃えて叫んでるけど、これは退くわけにはいかない。

「大丈夫。それより急がないと、その町の人々が手遅れになる」


「駄目、駄目だよ、レブお姉さん!流行はややまいがあるんだよ?!お姉さんの命が危ないよ!」


「自殺でもするつもりか!?君がいくら、優秀な薬師の卵でも、流行はややまいの発生地に行くのは、護衛として感化出来ない。そもそも、君が行かなければならない道理は無いだろう!?」


ボクの言葉に、ランス君がすがるように懇願する。ハルさんも何故か、怒り顔だ。

うーん、困ったな。これは、ちゃんと説明しないと、この小屋を出して貰えそうにない。


「今は、ハッキリとした事を言えないけど、もしかしたら、流行はややまいじゃないかも知れないんだ。それに、その商人達が流行はややまいの事をあちこちで伝え話したのなら、おそらくだけど、薬師ギルドは動かない。薬師達も自分の命が大事だからね。そうなったら、町の人達は助からない。今は一刻を争うんだ」


「「流行はやり病じゃない!?」」



うん、二人が驚いてる。

そうだろうね。

この事は、長年のボクの研究の中で発見した、まだ未公開の内容が含まれるから。



「だが、その判断が間違っていたらどうするつもりだ。君はまだ、薬師ではないのだろう?」

「そ、そうだよ、レブお姉さん!!」


確かにハルさんの言う事の方が正しい。

ボクも、他人が同じ行動を取ろうとしたら、全力で止めただろうね。けど、その症状は、長年、ボクが研究していたものなんだ。


「ランス君、確か、その町はファストマン公爵領の北部という事でいいよね」


「う、うん。カナンって町なんだけど」


ボクは地図を拡げながら、その町の位置を確認する。二人が不思議そうに見てるけど、説明するには、地図を見せる事が一番なんだ。


「ファストマン公爵領の主な交易品は、銅。ファストマン公爵家は代々、銅の鉱山を持っている」


「どう?こうざん?」


「…………」


農民であるランス君には判らないか。

ハルさんは、あごに手を当てて、地図を凝視している。あ、燐国の人だから、皇国の地図が珍しいのかな?


「ランス君、銅貨を知ってるだろう?あの銅貨の元になっているのが、鉱山で産出される銅という金属なんだ。ようは、山で穴を掘って、地下から銅貨の元を掘り出してるのさ」


「お金を山から掘り出してるの?土の中から?」

「ランス、金、銀、銅などの金属は土の中にある。魔石もそうだ。神が宝を人間に見つからないように、土の中に隠したと言われている」


ハルさんが、ランス君に説明してる。

神の教えの一節かな。

「シスレーン神聖皇国の教典だね。セーデア神の」


ボクの言葉に、ハルさんが頷く。

セーデア神、この皇国のあるセーデ大陸における唯一、信仰されている神様。そのもっとも信仰心が厚く、布教活動に務めている国が、皇国の燐国でもあるシスレーン神聖皇国。セーデア神は薬の神でもあり、皇国と神聖皇国はその教義を同じくする兄弟国だ。


「何で土の中に隠したんだ?」


「人が宝を手にすると、その量や質によって争うようになるからだ。だから、見つからないように土の中に隠した。それでも人の欲は留まる事はなく、ついにはそれ鉱山を掘り出してしまった」


ランス君の質問に、ハルさんが教義の内容を伝えていく。

そう、神の教典の中には、先人達の様々な教訓が書かれている。ボクが疑問に思い、研究をした理由は、教典の次の一節なんだ。



「だから神は、宝に呪いをかけた。宝を掘り出す不届き者に罰を与える為に」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る