第21話 公爵領カナン町

「と、言われているが、あくまでも経典の一節いっせつであり、実際に呪いが確認された事実は無く、神殿の神官達の説法せっぽうとなっている」


「なんだ、教会の神父さんの教えじゃないか。そんなの、よく言われてたよ。【欲を捨て、大地を敬え】ってね」


ハルさんの話しを聞いていたランス君が、村の教会の教えを思い出したようだ。

まあ、教会の教えである限り、それが現実の話しとして認識される事はないからね。

ボクは二人のやり取りを聞きながら、バックに必要な物を詰め込んでいく。


「お姉さん!?」

「レブ、本当に行くのか?」


ボクの行動に気づいた二人が、慌ててボクのそばに駆け寄ってくる。

「止めても無駄だよ。ボクの決心は揺るがない」


「「…………」」


二人は口を開けて何か言おうとしたけど、ボクから一旦離れて、二人で何やら話してる?あ、頷きあって此方に来るようだ。


「着替えと食料も必要だな」

「レブさん、これも持って行く?」


「え、ハルさん?ランス君?」

二人は急に、旅に必要そうな物を、他のバックに詰め込んでいく。え、まさか付いて来るつもりじゃないよね?


「荷物係は必要だろう」

「助手も要るでしょ」

「二人とも?付いて来るつもり!?」

なんだってぇ!?


「私は君の護衛、付いていくに決まっている」

「当然だね!」

「ちょっと、困るんだけど!って、ランス君は村で、お母さんとマイリちゃんを守ってもらわないと駄目だよ!?」


「え、なんで?」


やはり伝えないといけないか。

ボクは頭を抱えながら、その理由を説明する。

流行はややまいが発生したカナン町から、戻ってきた商人がいたでしょ。その中に病気を発症した人がいたって言ってたよね、ランス君?」


「うん」

「そして村に寄って流行はややまいが発生した町、カナンの実状を言って回った」


「そうだよ。元々うちの村と公爵領の間で商売をしていた商人だよ。村の野菜や畜産加工品を裕福な公爵領で売って貰う為に、村長が呼んだ商人で、普段は近くの町に住んでるけど……?」

……ここからの話しは、ランス君には酷かも知れないけど、伝えられるのは今しかないから、ちゃんと言わないといけない。


「国は万が一に備え、発症した人を隔離するはずだよ。あと、その人物に接触した人や、接触の可能性がある人達も全部だ」


「え?」


「だから村の住民は全員、隔離対象になるんだよ。今頃、皇都では騎士団の派遣を検討しているはず。そして村は隔離される。村から出られなくなるんだ」

ああ、ランス君の顔が真っ青になって……でも、本題はこれからなんだ。


「レ、レブさん、どうしよう!?」


「とにかくランス君は、村の他の人に悟られないように、マイリちゃん、お母さんをこの猟師小屋に連れてくるんだ。今なら騎士団は到着していない筈。暫く、ここに身を潜めるしかない」

「な、何で村の人達には内緒なの?」


「それは……っ」

不安そうに見上げるランス君、やはり伝えなきゃならないか。あ、ハルさんがランス君のところに!?


「ハル?」

「ランス、もし流行はややまいが今までにない、新しい やまいで、命に関わるものだったとする。すると国は他に広がる前に、その病ごと全てを消し去る。つまり村人達は、病が広がる前に、その病とともに燃やされる。だから騎士団が到着した時、村人が居なければ、追っ手が掛かる事になる。お前達にもだ」


「な?!!」


……ハルさんが言ってくれた。

ランス君が震えているけど、慰めている時間はあまりない。

「ランス君、その……」


!?

ランス君は俯いたまま、声をかけようとしたボクに、手のヒラを向けて制止した。

ランス君!


「レブさん、もう言わなくていい。判ったよ。俺、母ちゃんとマイリを、こっそり連れ出してくる。村の他の人達には内緒にする、それしか手がないんだよね?でも、レブさんは、流行はややまいでは無いと言ったよ。それを説明できれば!」


「勿論、それを証明する為に公爵領カナン町に向かう。でも、騎士団が到着するまでに病の確認をして、さらに流行はややまいでは無いと証明する事は、時間的に間に合わない可能性が高い。だから……」


ランス君がこぶしを握りしめて、何かに耐えている。

恐らく、良心の呵責かしゃくに押し潰されそうになっているのだろう。まだ10歳の少年に、この辛い選択を強いるのは、何と酷なことだろうか。


こうしてランス君は、急ぎ村に帰って行く事になったのである。




そしてボクとハルさんは、ランス君が帰って直ぐに、猟師小屋を出発した。


目指すは、流行はややまいの発生するファストマン公爵領、カナン町である。



◆◇◆



◆ファストマン公爵領

カナン町


ファストマン公爵領▪カナン町。

山間部に入る手前にある、それなりの大きな町だ。

この町の先は、比較的標高の低い山が連なる山間部になる。町は、その山間部に入る手前に栄えた宿場町である。

なぜ、辺境の山間部手前の町が宿場町なのか。それは、この町が鉱山に入る玄関口になっているからだ。


この町の先にある標高の低い山々は、銅を産出する鉱山である。標高が低いのにも関わらず、銅の埋蔵量は皇国随一であり、鉱山に向かう労働者は、皆、この町を経由して、それぞれの坑道に向かう。坑道は、領主である公爵の管理下に置かれているが、運営自体は、坑道を掘った民間事業者に委ねられている。


民間事業者に委ねる理由は、坑道はある程度、掘り進めると、銅の生産量が著しく低下する。その為、坑道により生産量が異なるという現象が発生する。これが続くと、銅の全体生産量に響いてくる。

だから公爵は、鉱山そのものを民間の事業者に委ね、競争させる事で一定量の銅の生産を確保しようとしたのである。


民間事業者には、新規の坑道を掘る権利が与えられており、新たに作られた坑道は、領主である公爵に報告義務はあるものの、その運営については、完全に民間に任されている。


産出された銅は全て、公爵の買い上げとなる。民間事業者は当然、生産量を増やしたいが為、次々に新しい坑道を掘る事になる。

そして労働者を確保する為に、競って高い給料を労働者に支払う。

だから労働者達は、一攫千金を夢見て山に入る。鉱山労働者は一旦山に入ると、ある程度の年期を過ぎなければ山を降りる事はない。


カナン町は、そんな労働者達がに集う、宿場町なのである。



そしてボク達は今、カナン町の町役場に居る。

想像通りだけど、役場の中は人影は無く、静寂に包まれていた。


「レブ、どうする?」

「まずは井戸を探そう。話しは其からだ」


「井戸?」

「井戸でなくても、町の飲料水になっている場所。あと、町の近くに坑道があるかどうかなんだけど」


「坑道???」


ハルさんが頭を捻っているけど、これは重要な事なんだ。

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