13話 三連休

 「それは突然の事じゃった。枯れ森の空に死人の如き白き肌を持つ男達が現れ、耳が割れるような大声で『今よりここは灰の女王の領地なり、五日猶予をやる。女王に従う意思を見せねば殺す』とだけ言ってどこかへ去っていきおったのじゃ」


 (死人の如き白い肌の男……それって)


 私はナナが何か知っていないのか目配せで合図を送るが、彼女は静かに首を横に振った。


 「なにそれー!随分と無茶苦茶な奴じゃん!」


 周囲が黙ってビリーの話に耳を傾ける中、クララは身を乗り出し思っている事を素直に口にした。


 「ほっほっほ、そりゃあクララの言う通りじゃよ、そんな要求に耳を貸す者などオーク族やゴブリン族、妖精族、その他の種族にも誰一人もおらんかった……森が枯れ果ててなお、自分達は精霊の住まう森の民であるという誇りを持っておる者も多かったしのぅ」


 「なるほどね……しかし現在その王国とやらが存在しているという事は最終的には灰の女王に屈したという訳でしょ」


 ビリーの話に静かに耳を傾けていたフーリは冷静な表情のまま自身の推察を口にした。


 「……察しの通りじゃ、やつらは宣告した期日にそれぞれの種族の里に現れた。そこで抵抗の意思を示した者はその日のうちに皆殺しにされた。その後奴らはそれぞれの種族の3割程度が生き残る様に無抵抗の者に対しての虐殺を始めたのじゃ……ワシは老いぼれだったのが幸いし運よく殺されずに済んだがの……」


 ビリーはその時の情景を思い出したのか苦虫を噛み潰した様な表情でそう語った。


 「酷い話ね」


 「その後、生き残ったオークの族長代理のバルドは灰の女王に忠誠を誓った……女王はオークに【兵士】の地位を与えた、そこからじゃよ女王の強力な後ろ盾を得た兵士達がロクでもない荒くれ者になったのは。ワシはそれが何かおかしいと感じオークの里を捨てたのよ」


 (この老オークが孤立した環境で暮らしているのにはそんな理由があったのか)


 そしてビリーはため息を一回ついてから話を再開した。


 「まぁそんな事はお主らにはどうでもよい事じゃったか。お主らが知りたいのはオークの居場所じゃったな、しかしじゃ今のオークに手を出すという事は灰の王国に手を出すという事になる……場合によってはエルフの集落も戦火に包まれる可能性すらあるのじゃ。そちらにその覚悟はあるのか?」


 ビリーの言葉に一同は静まり返る。

 無理もない、オークを倒すだけの簡単な依頼だった筈が随分と厄介で拗れた話になったからだ。


 「フーリ、クララすまないが長との依頼を破棄して、王国を迂回しつつこの地を速やかに出ていくという事は可能か?」


 依頼を破棄しエルフ達への信頼を裏切る行為に対しての申し訳なさはある。

 しかし下手にオークに手を出せばエルフ集落そのものを危険に晒すと分かった以上、この申し出には理があり、通る筈だ。

 私達もそしてエルフ達もわざわざ危険な目には会いたくない。

 

 「依頼の破棄については私自身は正直どうでもいいわ、しかしイル達が先に進むというのは不可能よ……何故なら北には灰の大山脈、南には魚竜ひしめく海が広がっている。結局の所、精霊の森を通り抜ける以外に道が無いわ」


 残念そうな表情でフーリが答えた。


 「……私達が先に進むには絶対にこの森を抜けるしかないって事ね」

 

 いっその事旅人を装って堂々と森を進もうか?

 数人の旅人の通行ぐらい普通の国であれば別に問題ない筈だ。

 しかしそれはリスクが高すぎるか?

 聞く限りこの国は魔物住まう人外の国、人の常識が通用するかは未知数だ。

 そういった情報を持っていない以上、ここは慎重に動くべきか。


 「今最も必要なのは情報、そうでしょイル?」


 「……そうね、フーリ」


 短い付き合いだがフーリはかなり頭が切れる。

 実際今だって私の考えていた事を容易く言い当てられてしまった。


 「だったら適任な子が恐らく今いる筈よ。出て来て頂戴……アヤメ」


 アヤメ?聞いた事も無い名を突如口にするフーリに少し困惑する。

 そして一瞬、場に静寂が訪れたその時。


 「……フーリ一応言っとくが私は隠密だぞ、あまり気やすく呼びかけないでくれるか?」


 フーリが虚空に問いかけた後、ドアの前の何もない空間から突如、一人の全身黒尽くめのエルフがスッと姿を現して返事を返した。


 「えっ!」「うわわ!」「ゲゲっ!」


 「おおう!まさかもう一人来客がいたとはな、こりゃたまげたわい」


 私を含めた皆が突如姿を見せたエルフに吃驚する。

 

 「マジビビったッス……んで、どちら様?クララさんのお仲間の痴女ッスか?」


 「なっ!誰が痴女だ!!貴様初対面に向かってそれは無礼だろう!!……これは忍びの者としての正装だ!」


 「そうだそうだー!アリサちゃん酷いよ!アヤメちゃんはともかく、アタイは別に痴女じゃねぇし!」


 アリサのノンデリカシーが炸裂して二人を怒らせたのは置いといて。

 

 アヤメと呼ばれた髪飾りの付いた肩にかかる焦げ茶色の髪を持つエルフの恰好は一言でいえば奇抜だった。

 動き難そうなロングブーツと黒光りする皮膜の様に薄い珍しい材質の装束が体にピタリと密着して食い込んでおり、エルフの持つ豊満なボディラインが浮き彫りになっていた。

 正直道端でその姿を拝んだ場合、痴女と言われても致し方ない程際どいものだった。


 「紹介するわ、彼女はアヤメ、恐らくイル達が妙な動きをしないか見定める為にコル様が寄こした監視人ってとこね」


 アリサとクララのくだらない押し問答を無視しながらフーリが姿を見せたエルフを私達に紹介する。


 「私はアヤメだ。お前達旅の者が不審な動きをしないか影ながら見ていた」


 今回の依頼に道案内兼監視者という名目でフーリとクララを私達に付けた上で、その他にもう一人隠密を付けていたとは。

 あのコルってエルフは随分とおちゃらけて見えたが意外と抜け目のない男の様だ。


 「なるほど、それにしても道中誰もアヤメの存在に気付く事は無かった。凄まじい隠密能力だな」


 私は分かってましたよ、みたいなニヤケ面を見せるナナは無視して私は素直にアヤメを称賛した。

 

 「彼女は【暗殺者アサシン】と【盗賊クレフティス】のスキルを持っているから隠れる事スニークに関しては超一流よ、それでアヤメさっきの話だけども、これはエルフの集落にとっても一大事になりうる問題よ……協力してくれるわよね?」


 アヤメはフーリの話を聞き終わった後、何かを考えるように目を瞑りしばらくしてから口を開いた。


 「いいだろう、ただし三日は下手に動かず待っていてくれ。私がまず灰の王国についての情報を集めよう。その後、集落での方針と旅人の今後の処遇についてコル様に判断してもらおうと思う、それが済んだ後お前達に得た情報を伝えるつもりだ」


 「ええいいわよ、イル達もそれでご納得?」


 「ああ、それで構わない」


 急ぎの旅という訳でもないし、たかが72時間待つだけだ。

 ノーリスクで情報が手に入るならそれに越した事はない。


 「分かった、それでは三日後、この場所に戻ってくる」


 アヤメはそう言い残し、擬態生物の様に周囲の景色と同化していき数秒後には完全にその場から姿を消した。


 「……しかし三日もどこで過ごすッスか?」


 少し不満げにそう語るアリサ。

 確かに分からんでもない。

 周りには枯れ木しか見えないこの場所で三日となると少々気が滅入る。

 

 かといってビリーの家にこの人数で押しかけ続けるのも無理な話だ。

 今も皆が座っている状態でも少し手狭に感じる。

 

 (こんな窮屈な場所で三日過ごすくらいならまだ外の方がマシだわ)


 「まぁアリサ三日ぐらいならこの辺でどうにかなるでしょう」


 「あっ、そうだ。そういう事ならここから少し歩いた所に広い離れがあるぞい、必要ならそこを使ってもよいぞ」


 「おお、それはビリー殿、かたじけない」


 ラッキー、助かった。

 ここはビリーの厚意に感謝してありがたく離れを利用させてもらう事にしよう。


 こうして私達はアヤメの持ってくる情報を待つため、三日ばかりの休息を過ごすのであった。

 

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