第二章 灰の王国編

12話 灰の王国

 海に面したエルフの集落から内陸へと4時間ほど歩いただろうか?

 周囲の景色は豊かな自然が残る海岸部と打って変わり、霧がかかり視界の悪い黒ずんだ大地に朽ちた木々が立ち並ぶ陰鬱な雰囲気の場所へと変貌を見せていた。


 「ここが枯れ森の入り口よん」


 先頭で道案内をしていたダークエルフのクララが炭化した一本の大きな倒木の前で立ち止まる。


 「ひええ何か気味悪い所ッスねぇ」


 「私、なんだか怖いです」


 レミナはナナにべったりとくっつき、ナナのローブの裾を摘まんでいる。


 「……お化けが出たりして」


 アリサがわざとらしい態度と声でレミナの耳元で囁いた。


 「ひええええ!」


 「コラ、あまりレミナを苛めないでくれるかしら」


 半泣きのレミナに飛びつかれたナナが冗談を言ったアリサに対し制裁の拳骨を食らわせた。


 「いて!」


 (ナイスよナナ)


 そんな微笑ましい光景を見て、少しニヤついてしまうが、それをナナに気付かれてしまったので私は慌てて顔を伏せた。


 「ハア……安心しなさいこの地はかつて精霊の森だった場所、たとえ朽ち果てた今でもゴーストの類は寄り付かないと思うわ」


 少し遅れて最後尾を歩いていたフーリは杖に体を預けて息を切らしながらレミナ達に告げた。


 「へぇ、ここって精霊の森だったのね、それは知らなかったわ」


 ナナは少し興味深げにそう呟いた。


 「まぁそゆこと、フーリちゃんも限界みたいだし、この辺で休憩取っちゃいますかあ」


 クララの音頭を合図に皆がその場に座りしばしの休息を取る。


 「……それでフーリ、で良いわよね?オークがどこにいるか当てはついてるの?」


 アリサと同じ雰囲気がするクララに問いかけてもロクな答えが返ってこないと思うので私はフーリの下へと歩みより質問した。


 「構わないわよ、そうねオークの事はオークに聞くのが早いわね……南西にこちらの話が通じる老オークが住んでいるの、恐らくクララも一先ず彼に会いに行くと思うわ」


 「ほう、オークと言えば粗暴で生殖器に脳が付いた猪の魔物とばかり思っていたが、そんな奴もいるのだな」


 帝国周辺のオークは審判の日に絶滅している。

 なので私のオークに対する知識は本などで得たものに過ぎないとはいえ、知的なオークなどいまいちイメージが湧かなかった。


 「ええ、大抵はそういう奴らよ。でも彼は少々だから」

 

 フーリは少し含みのある言い方でそう語る。


 「変わり者?」


 「ええ彼は強者にしか、しかも男にしか興味が無いの……だから私達が行っても安全」


 「……へぇ、そうなの」


 何か聞いて損した気がする……。


 「さて!休憩時間しゅーりょーそれじゃ、しゅっぱーつ!」


 私達の会話が一段落ついた所でクララが立ち上がり、移動の再開を宣言する。


 「それじゃ、私達も行きましょうか」


 「ええ、そうね」


 フーリの予想通りクララは枯れ木と倒木が並ぶ同じ様な風景が続く道のりを何の迷いもなく、ひたすら南西へと進んでいく。

 

 しばらく歩いていくと枯れ木の森の中の開けた空間にポツンと一軒、土で作られた小屋が建てられた場所へと到着する。

 その小屋の隣では全身が濃い茶色の毛に覆われた一匹の年老いた大きなオークがおり、彼はクワを持って土を耕していた。


 「おーい、ビリー爺さーん、久しぶりぃー」


 クララがオークに声をかけ手を振ると、彼はこちらに気が付いて作業を止め手を挙げた。

 

 「どうやらマジで話通じるっぽいッスね、先輩……アレが例のホ……」


 「それ以上いけない。」


 アリサが良からぬことを口走る前に手で塞ぐ。


 「取り敢えずクララ達に付いて行きましょう」


 「ウッス」


 気が付けば老オークは庭仕事を切り上げ、小屋へと戻りドアの前で私達の到着を待っていた。


 「爺さん久しぶりー!」

 

 「よう来たのぅ、フーリ、クララ……それとお客人達」


 「元気そうねビリー、訪ねたい事があって寄ってみたわ」 


 エルフの二人は目の前の老オークに親しげに挨拶を交わした。


 「立ち話もなんだ、茶でも飲みながら中でゆっくり話そう」


 ビリーの招きを受け私達は小屋の中へと入っていた。


 ………………


 「……なるほどのぉ、それであいつらの居場所が知りたいって事なのじゃな」


 クララはここにやってきた理由。

 数を増やしている無法者のオークを討伐すべく彼らの居場所を教えて欲しいという事をビリーに話した。


 「どうかしら?対価は穀物の種子とエルフの霊薬三つ(腰痛用、頻尿用、精力増大用)よ」


 そう言うとフーリが腰に身に着けていた小袋をテーブルの上に置いた。


 「よいだろう」


 ビリーは有無も言わさず即決し小袋に手をやった。


 「ちょ、ちょっと待って。貴方は一応同族でしょ?なんでそんな事にあっさり協力を?」


 流石に早すぎる。

 交渉というのはすんなり決まった時ほど怪しいものはない。

 何かの罠である可能性を疑い、もう少し詰め寄るべきだ。


 「ワシはに与するアレらを同族と思っておらんよ、それに人間だって他国の者や無関係の他人であれば平気で売り払うし戦争となれば殺し合うじゃろう、それとさして変わらぬ事じゃ」


 確かにそう言われると何も言い返せない。

 しかし、それ以上に彼の発した王国というワードが私の中で強く引っかかる。

 

 「王国?……王国って?」

 

 フーリやクララも王国という単語に心当たりがないらしく、首を捻っている。

 

 少なくとも審判の日以前には帝国の周辺地域に王がいたという伝承は存在していない。

 

 つまりはあの大災害が起こったわずか30年の間に新興国が出来た事になる。

 比較的被害の少なかった帝国でさえ混乱を抑え領地と領民をまとめ上げるのに四苦八苦している状態であるというのに……正直あり得ない。


「そうか、皆は知らんのか……15年ほど前【灰の番人】を名乗る恐ろしき女王が建国を宣言した灰の王国の事を……」


 ビリーは茶を一杯飲み干し、静かに【灰の王国】について語り始めた。

 

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