第10話 帝国騎士としての矜持

 「敵さん真っすぐこちらに向かって来てやがる……キュリアお前の部隊は半数の百名が上位魔術師ハイマジシャンだったろ?そいつらと一緒に後方支援を頼む。俺達が前に出る」


 「……分かったわ」


 おじさまは素早く私に作戦を伝達して騎士団の所へと疾風の如き速足で向かっていく。


 「私も早く戻らねば」


 敵はかなりの傷を負っている所為なのか、時折ふらつきながらゆっくりと近付いて来ている。


 あのスピードでの接近ならばこちらの魔術師部隊が詠唱に使える時間は充分にあるだろう。


 「おじさま達はもう突撃しているのか……流石は帝国最速の一番槍と呼ばれるだけはある」


 私が騎士団の下に戻るわずか数分で自軍の陣形を整え、攻撃に転じるとは恐れ入った。


 (……私も負けてられないな)

 

 「第一騎士団に告ぐ!目標はあそこに見える手負いの魔人だ!速やかに五属性魔法多重攻撃態勢へと移行して帝国最強の魔法部隊の実力を前衛の第二騎士団に見せつけてやれ!」


 「はッ!!!」


 私が命令を下した瞬間に騎士達は統率の取れた動きで重装騎士、軽装騎士、魔術師の順で整列し、即座に魔術師部隊が詠唱を始めた。

 

 「放て!」


 五色の鮮やかな魔法が様々な軌跡を描き敵を目掛けて飛んでいく、さながらその様子は戦場を駆ける流星群と言った所だろう。

 直後、着弾と同時に周囲一帯に爆音と大量の砂煙が吹き荒れた。


 「やったか……?」


 否、敵は生きている。

 表情が一切変わらないためダメージが入っているのかさえ分からない。


 「チッ……まぁいい。そろそろ第二騎士団が戦闘に入る!誤射を避けるため次は魔力向上魔法をかけて待機だ!待機と言えどいつでも二撃目が打てるように気を引き締めておけ!」


 ………………


 「相変わらず魔法はド派手だな……」


 グレーンは先程空を覆い尽くした鮮やかな流星を思い出しそう呟いた。


 (だが残念ながら……敵さんにはさっきの魔法は催し物の花火程度にしか思えてないって感じのご様子だ)


 「……野郎、あれは一応上位魔法なんだがな」


 「団長!大変です前線部隊が……!」


 一人の騎士が悲鳴に近い声で報告を入れようとしたがグレーンはそれを遮り「あぁ分かっとるさ、少し後退して第一騎士団と連携がとりやすい位置に移動する!」と告げた。


 接敵開始わずか数分で既に第二騎士団の最前線部隊五十名全員が死亡し前線が崩壊していたのだ。


 「こりゃあまずいな」


 ………………


 「……馬鹿な、こんな事が。敵はたった一人だぞ」


 戦闘経過は芳しくなかった。

 魔法攻撃は効かず、第二騎士団が突撃して数分しか経っていないのに最前線は既に赤く染まり騎士達の屍の山が築かれていたからだ。


 「殿下、恐れながら具申いたします、ここは速やかに撤退すべきかと存じます」


 想像以上に凄惨な戦局に茫然としていた私に副団長である老魔術師ハニエルが神妙な面持ちで撤退を進言してきた。


 「ならんぞ!この私に退避している第二騎士団を見捨てて逃げよと申すか!」


 「申し上げ難い事ですがそうでございます。殿下のお命は国の宝、こんな場所でみすみす失うような事があってはなりませぬ……ご理解下され」


 ハニエルは何か覚悟を決めた表情で私を見つめながら撤退を再度進言した。


 「まさか……ハニエル、貴様死ぬ気だな」


 「ほっほっほっ殿下が生き延びる可能性を少しでも上げたいと思いましてな、それになら流石の殿下も断れますまい……それでは、空中浮遊フライ!」


 「待て!ハニエル!!」


 ハニエルはそう言い残すと傘下の魔術師部隊と共に魔人の下へと飛び去って行った。


 「殿下、数名の護衛と共にお逃げください。私達も出来るだけ時間を稼ぎます」


 残された重装騎士の一人がそう告げる。

 

 (彼もまた死を賭して私を救わんとしてくれているのか)


 戦場に降り立った魔術師達は第二騎士団の前に防御壁を張り魔法攻撃と負傷者の回復を見事な連携でこなしていく。

 しかしせっかく固めた盤面も魔人の一薙ぎで全ての防御壁が破壊され無に帰してしまっていた。

 

 「殿下、彼等もいつまで持つか分かりませぬ、お急ぎください」


 戦局は誰の目から見ても明らかであった。

 それでも彼等は必死に戦っていた。


 勝つために……いや、私を逃がす為だけに。 


 「……分かった、それでは……」


 私が爆音轟く戦場を後にしようとしたその時。


 「……あらあらぁ誉れ高きヤハテウス帝国第一騎士団団長殿がまさか、まさか仲間を見捨てて尻尾巻いて逃げるとはねぇ……これはお笑いだわぁ」 


 「その声はベヘリット、生きていたのか」


 「ピンポーン」


 騎士の間をかき分け私の前に現れたのは連絡の途絶えていた第三騎士団の団長ベヘリット・アウギュストスだった。


 「至極卿殿、殿下に向かってその態度は少々不敬であるぞ」


 ベヘリットのあまり好ましくない態度に対し騎士の一人が忠告する。


 「うるさいよ三下、私はこのお馬鹿さんとお話ししてんだ……文句あるかい?」


 「なっ、貴様ッ!」


 「待て!待て!よい!私が許す」


 騎士の一人が剣を抜こうとしたので私が慌てて静止する。


 (危ない危ない。このままではがベヘリットに殺されてしまう所だった)


 「まぁいいさ、それでぇ、キュリアあんた逃げるつもりだったろ?」


 「ええ残念だけど、私は皆の覚悟を尊重し撤退するわ……貴女もついて来てくれると助かるわ」


 「……嫌だねぇ、私は弱虫のガキのお守りなんてコリゴリさぁ」


 わざと私を焚きつける様な態度を取るベヘリットに対し再び剣を抜きかけていた騎士を静かに静止する。


 「だったら貴女は私にここで死ねと?そんなのそれこそ何の意味もない事だわ」


 こんな所で激昂していても仕方がない。

 軽く一呼吸置き、冷静に私が問うとベヘリットは「はぁー」と大きく溜息をついた。


 「キュリアぁ、アンタには欠けてるものがあんのよねぇ……アンタは他人に答えを求め過ぎている、今だってそうさアンタの心はキュリア・イェール・フォーチュナー・ヤハテウスの本心は自分だけが助かる事かい?違うだろぉ?」


 ベヘリットのその言葉に私は激しく胸を打たれ、その場から崩れ落ちそうな気分になる。

 

 確かに自分の本心はここに残り戦う事だ、しかしそれはただの我儘に過ぎないのではないか?


 「……でも私ではあの魔人に勝てるとは思えない」


 「いやそんな事はどうでもいいのさぁ、アンタは騎士団長だろ?今だってあのグレーンガキは逃げずに戦ってる、それに私だって一応は全滅した使えない阿保どもを弔う気持ちくらいは持ってるよ……それが上に立つ者の責務なのさ」


 「……ベヘリット」


 「ここで逃げ帰ったら、アンタはいつか後悔するさ後一太刀斬っていれば、阿保の意見を信じず自分で判断しておけばってね……副団長に地獄で教えときな騎士団の命を預かってんのはテメェじゃない……騎士団長様だって事をねぇ」


 それはきっと彼女なりの私に対する騎士団長としての心構えの指導なのだろう。

 

 私は覚悟を決めベヘリットに再度向き直る。


 「ベヘリット。共に戦ってくれないか?」


 「ふん、いい目だぁね……褒美にいい事教えてあげようねぇ、アンタの憧れだった人生きてるよぉ。例の洞穴に彼女の鎧と死体が残されていなかったからね、アレと戦って生き延びるとは成長したもんだねぇ」


 「なっ!イル先輩が生きている?」


 そう言うとベヘリットは先程までの嫌味たらしい笑顔ではない優しい微笑みで私に笑いかけた。


 「どうだい?やる気が出ただろぉ?」


 「ああ!」


 覚悟を決めた私を止めようとする騎士はもういない。

 私達は第二騎士団と魔術師部隊大バカ者を救出すべく戦場へと一直線に駈け出した。

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