第9話 もう一つの旅
イル達がゴブリン狩りの依頼を受けた同時間帯、帝国では灰の砂漠を超えドラコニアを目指す件の作戦が開始されていた。
「……はぁ……この洞穴に第七騎士団を全滅させた化物がいるのぉー?」
分厚い黒のロングコートを羽織り、極端に肌の露出の少なくなっているのが印象的な長い黒髪を靡かせている2メートルを超える長身の女性。
外見年齢は20代前半の美人ではあるが、血色の悪い肌や青ざめた唇、くすんだ紫の瞳等のせいで全体的にダウナーな印象を与える。
そんな女性がかつてイル達率いる第七騎士団が散々な目にあった例の洞穴の前で一人のヤハテウス帝国の騎士だと思われる男に問いかけた。
「どうやらその様ですな、至極卿。早速突撃いたしますか?」
「はぁ……それもいいけど私達はあくまで時間稼ぎだよぉ……まずは偵察を送って様子を見る……私に埃を付けたイルのガキが殺されてんだ、ある程度様子を見なけりゃ全滅もありうるかも……分かるよねぇ?副団長?」
至極卿は嫌味たっぷりな口調で副団長を叱りつける。
「は!はい、申し訳ございません!」
副団長は自分の発言に心から反省し至極卿にペコペコと頭を下げる。
「……あれが性格に難ありで万年帝国第三騎士団、団長止まりの至極卿ベヘリット・アウギュストスか」
騎士団の鎧を着用していない帝国に徴用されたであろう冒険者の一人が隣の冒険者に耳打ちする。
「単純な実力でいえば帝国最強クラスの人らしいのにな、おぉこわいこわい……イッ!」
「ん、どした?……あっ!」
突如冒険者達が蛇に睨まれた蛙の様に固まり動かなくなった。
何故なら数十メートルは離れた位置にいた冒険者達に向かってベヘリットが邪悪な笑みを浮かべて手を振っていたからだ。
「至極卿?いったい何をなさっているのですか?」
「……副団長まずはあそこにいる冒険者どもに偵察に出てもらいましょうかねぇ」
………………
灰の砂漠、砂丘の上で一人の騎士が遠視の水晶が入った筒を使い周囲を見渡していた。
「おーい、キュリアそろそろ休憩しようぜ!ベヘリットの婆さんどうやら上手くやったみたいだしな!」
鎧越しでも分かる分厚い筋肉に覆われ、片目に大きく付けられた切傷に短く刈られた金髪、威厳のある髭を蓄えたいかにも戦士という風貌を持つ男が親しげに偵察中の騎士に声をかける。
「あらグレーンおじさまったら、まだあくまで魔人の暫定生息域から抜け出したに過ぎないわ、馬の使えない砂漠の旅ですしもう少し距離を稼ぎましょう」
彼にそう返答をしたのは周囲の騎士と比べ少し軽装気味な鎧に黒いマントを身に着けた少し風変わりな騎士であった。
恰好はいまいちだが灰の世界の中で鮮やかな光を放つスカイブルーの髪を後ろで束ね、気品ある美しい顔立ちと強い信念の輝きに燃えた切れ長の金色の瞳が見る者に圧倒的な存在感を与える風貌は王の器を感じさせる。
彼女こそ齢17にしてヤハテウス帝国、帝位継承権第三位を有する皇女キュリア・イェール・フォーチュナー・ヤハテウスその人であった。
「まぁ、キュリアがそう言うなら先に進むとするか、ここでは俺はお前の部下だしな」
「そういう事、あと10キリも行けば砂嵐を防げそうな廃墟に辿り着くわ。取り敢えず今日はそこまで向かいましょう」
キュリアがグレーンに今日の目的地を告げたその時、一人の騎士が大慌てで砂丘を上ってきて二人の前で片膝をついた。
「話し中の所失礼致します!天色卿、金色卿……至急お二方にお伝えしたい事がござり、参った所存です!」
「……楽にしていいぜ、それで何があった?」
「はっ!」
グレーンの言葉を聞いた騎士はその場に立ち上がり話を続けた。
「たった今第三騎士団の魔術師による定期連絡が途絶えました……最後に至極卿と思われる方から「逃がした。すぐにそっちに来る」と連絡があったようです」
騎士が暗い表情で連絡を伝え終わると、辺りにしばしの静寂が流れた。
「……報告ありがとな、あぁ隊列に戻るついでに皆に戦闘に備えるように伝えてくれないか」
「ははッ!畏まりました!」
連絡を終えた騎士は大急ぎで砂丘を下り騎士団の元へと向かっていった。
「さてと、気を引き締めろよキュリア。相手はあの婆さんから逃げ切った様なタマだ」
「ええ、おじさま分かってるわ……恐らくはあの
キュリアはとある場所に指を差しグレーンにそう告げた。
数百メートル程先の何の変哲もない砂漠の空間にぽっかりと空いた次元の裂け目から、かつてイル達に死をもたらした六本腕の魔人が腕を数本斬り落とされ体中に切り傷が付けられた幽鬼の様な姿でその場に現れた。
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