第8話 シーサイド・エルフ

 「海が見えてきたな」

 

 (さっきから鼻をくすぐるような潮風の匂いがしていたのは海に近づいていたからか)

 

 「ええエルフの新しき集落タリケスは母なる海の近くに築かれているのよ」


 フーリは朝日の昇る海を背景にそう語った。

 この付近に海がある事自体は夜の偵察中に確認済みだが、まさか森で暮らすイメージのあるエルフ達が海を目指して歩いていくとは思いもしなかった。


 「みんなーここまで来たらコル様ん家はもーすぐよん」


 タリケスでの宿泊と通行の許可に決定権を持つ集落の上役、コルなるエルフはどうやらこの近くに居を構えているらしい。


 「母上、周囲に気配を感じます」


 「ここのエルフは特に警戒心が強いから仕方ないわね」


 先程から姿こそ現さないが多くのエルフがこちらを監視している。

 私達がコルの居住地へと近付くにつれて警戒が厳重になっていくのを皆が感じ取っていた。


「着いたわ。ここがコル様の家よ」


 海岸線を辿ってしばらく歩き小高い丘の上に辿り着く。

 そこには一軒の木で作られた小さな掘っ立て小屋の様な家が建っていた。


 「じゃあ、ちょい待ち、アタイが呼んで来るっすわ」


 クララは家のドアをガンガンと雑にノックしてコルを呼ぶと家の主は気怠そうに「はいはい」と返事をしてドアを開く。


 「……うるさいぞ~クララ、一体何の用だ……おや?」


 家の主は男のダークエルフであった。

 人でいえば20代から30代前後の青年といった風貌で剃り込みの入った短い白髪と南国の花があしらわれた異国風のシャツを着ていたのが印象的であった。


 「久しぶりね、コル」


 家から出てきたダークエルフにナナは軽く手を振りそう告げる。


 「ナナさん知り合いなんッスか?」


 「前に言ったでしょ?この地は過去に訪れた事があると」


 「誰かと思えばナナ嬢じゃねぇか……まぁ入りな。中で話を聞こう、フーリとナナも一緒に来い」


 コルは私達に手招きして家の中入るように促した。


 「じゃあそういう事なら遠慮なくッス」


 「お邪魔しまーす」


 小屋の中は意外と広くて私達全員が入ってもそこまでの窮屈さを感じる事は無かった。


 「旅の方達まぁ座れよオレは元ビッカ族族長のコル、今は散り散りになったエルフ部族達をまとめている相談役さ……それで?そんなオレの家に何しに来たんだ」


 (ここは下手に嘘をついて敵対するような事は避けるべきか)


 私達はコルに今までの旅の出来事、そして目的地がドラコニアである事、その為にこの地の通行と宿泊の許可が欲しい事をありのまま正直に話した。

 

 「なるほどな……確かにノルポから直線でドラコニアを目指すとなると灰が深く積もる中での山越えをしなきゃならん、正直それは不可能だ。だからわざわざ遠回りして高い山や灰の少ないここへとやってきた訳か……」


 私達の話に耳を傾けていたコルはそう語ると何やら思案するしぐさのままでしばし沈黙し、突如何かを閃いたのかこちらに含みのある笑みを向けた。


 「ねーってばコル様、別にこの子ら悪い奴じゃなさそうだしぃ一泊位いいんじゃね?……アタイは仲良くなりたいし何泊でも構わねぇけど」


 「こら!クララ!」


 「あぁ、いいよいいよ」とコルはフーリがクララを叱りつけようとするのを制して口を開いた。


 「まぁオレも別にいいんじゃねぇのとは思うが、ここの民達は【あの日】母なる森を焼き払われ、流浪の民となり各地で様々な心の傷を負っている者も多い……だから初めて出逢う者には特に警戒したままなのさ」


 (エルフ達が想像以上に私達を警戒しているのはその為か)


 「一応外の守りは必要以上に荒事にならない様にフレンドリーな奴を配置しているとかオレなりには考えてんだけどな」


 「なるほど確かにフーリさんとクララさんはフレンドリーッスね!」


 「そうっしょ!アリサちゃん!私達気ぃ合うかも!」


 確かにクララのあの軽い感じはアリサに通じる物があるし。


 「それでだ、話を戻そうか……すまんがオレの立場的によく分からない余所者に対し独断で宿泊と通行許可を出すというのは難しい……そこでだ集落のエルフの信頼を得るために一つ頼まれてくれやしないか?」


 民の反感を買う行動は相談役としては避けたいというコルの発言は納得できるものだ。

 

 「ふむ、それでこちらの願いが聞き届けられるのなら受けるしかなかろう……して、その依頼とは?」


 「オーケーじゃあ聞いてくれ。オレの頼みは近隣の枯れ森でオークとゴブリンが増えつつある、こいつらを出来るだけ多く狩ってきて欲しい…………なにあんたらの腕なら苦は無い筈だぜ」


 「……なるほどいいだろう、その依頼受けよう」


 (無理難題吹っ掛けられて帰される線もあると思ってたが、簡単な依頼で助かった)


 「サンキューな!そんでもってそいつらの肉を使って今夜はBBQだ!!!これでこの地がしばし安全に、旅人達は集落のやつらとも親交を深められる最高の案だろ!!」


 「……ん?ビービー何?」


 「BBQ!マジ!?テンションぶち上げなんですけどぉ!!」


 クララはBBQという単語が聞こえた瞬間涎を垂らし歓喜の声を上げた。

 フーリも周りに気付かれない様に静かに口元を拭っているのが目に入った。


 「B……B……Q?」


 聞いた事の無い言葉に私達は首を傾げた。


 「……今夜はパーリィ★ナイトだぜ!外で盗み聞きしてる奴らすぐに準備に取り掛かれ!」


 コルの号令を合図に家の外から聞き耳を立てていたダークエルフ達が一斉に「イエッサー!」「ヤッフー!!」「Yes!」と歓喜の声を上げた。


 一つエルフについて分かった事がある。

 普通のエルフはお淑やかで非常に大人しい。

 そしてダークエルフは何故か明るい性格でテンションが異常に高い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る