第11話 祝福なき二人

「はぁ……はぁ……いくら何でもお前強すぎるよ」


 グレーンは額から流れ出る血を拭いながら半ば呆れ気味にそう呟く。


 「魔法加速アクセラレーション……疾風斬りスラッシュオブゲイル!!」


 バフによる加速で一気に距離を詰め、息もつかせぬ猛攻で数発の剣戟を叩き込んだ。

 しかしグレーンの攻撃は魔人の体に僅かな傷をつけた程度でダメージを与えたとは言い難いものであった。


 「おいおいこれでもだめかい」


 はっきりいって彼に勝ち目はなかった。

 それでも尚、帝国第二騎士団長グレーン・アドルフは砕けた鎧と刃こぼれした剣を構えながら戦い続けている。

 何故ならば彼の前には大勢の部下の屍があった。

 そして彼の背にはまだ息がある生存者達がいたからだ。


 「ははは!いい加減飽きてきただろう?だがよぉ俺はお前さんを殺すまでは死ねないんでね」


 (……とまぁ、かっこいい事言ってもさっきのやつで魔力も尽きた。どうっすかな?)


 グレーンは空を眺め思考を巡らせる。


 「どっちしろ体はボロボロで動けねぇんだ、だったらこれしかねぇ」


 目を閉じ、精神を極限にまで集中させ魔人が距離を詰めるのを静かに待つ。

 魔力が尽き、素早い行動が不可能になったグレーンはカウンターを主体とするファイトスタイルを選択したのだ。

 

 (……死ぬ前に最高の一撃をお見舞いしてやるぜ)


 死を覚悟したグレーンの放つ鬼気迫る気迫が伝わっているのか魔人の動きは先程よりも慎重になった様子で距離を保ったまま動かない。


 「来いよ、どうした?ここにきてビビってんのか?」


 魔人の表情に変化はないがさっきまでの相手にもされていないノーガード戦法とは違い、ようやく敵として認識された事がグレーンに多少の喜びを与える。

 その僅かな気のゆるみを察知した魔人が激しい戦闘で巻き上げられた灰埃を吹き飛ばしながら弾丸の様な高速移動でグレーンとの距離を詰める。

 

 「ぐおおおおおおお!」


 グレーンの集中力は途切れてはいなかった。

 彼の渾身の一振りは魔人の一つ残っていた左腕を斬り飛ばした。

 

 しかしその代償は大きかった。

 彼の胸部には魔人の右腕が貫通して突き刺さっていたからだ。


 「ごふっ!」


 グレーンは激しく吐血しその場で息を引き取った。


 ………………


 「そんなっ!グレーンおじさま!」


 「間に合わなかったねぇ……だが感傷に浸るのはまだだよぉ」

 

 私達が戦場に駆けつけた時には既にグレーンおじさまは亡くなっていた。

 しかしまだ生き残っていた僅かな騎士達が必死の抵抗を続けているのが見えた。

 ベヘリットの言う通りまずは彼らを救う。

 

 泣くのはその後だ。


 「行きましょう」


 「えぇ」


 ………………


 「くっ、くるなー!」


 一人の騎士が泣き喚きながら剣を振り回し攻撃するが、魔人はその行為を意にも介さずそのまま騎士の首根っこを掴み引きちぎった。


 「胸糞悪いからそれくらいにしてくれるかしらぁ?」


 ベヘリットが魔人の頭上から細身の刀身を持つ刀で強襲するが魔人は寸での所で攻撃を回避する。


 「ふぅん、さっきぶりねぇ」


 「こいつが皆を!」


 私は怒りに震えながら目の前の白い悪魔に対面する。


 「……逃げない所を見るとさっきの転移は使えないようね……それとも諦めたのかねぇ」


 「どっちでもいいわ、こいつだけは生かしちゃおけない。命に代えてもここで仕留めるわ」


 (最初から出し惜しみなしだ!全力で畳みかける!)


 「ドライマジック!魔法加速アクセラレーション攻撃強化ブリッツ滅びの火の加護ゲヘナフレイム


 私は自身にバフをかけながら宝玉剣タブリスを抜刀して魔人に斬りかかる。


 「食らえええこれが散っていった者達の無念を晴らす一撃だ!!夜明けの蒼い焔アルバアスールフラム!!」


 私の叫んだ技に呼応し宝玉剣に蒼の炎が纏わりつき激しく燃焼をはじめた。

 あとはこれをアイツにぶち当てるだけだ! 

 

 「ほう、ドライマジックに対象を焼き尽くすまで消えない炎の攻撃とはやるじゃないか……確かに当たればヤツを殺せるんだけどねぇ」


 私の持てる最大最速の剣技は魔人を捉えることは出来ず虚空を舞った。

 

 (……悔しいけど、そうだと思ってたわ)


 実は私はこうやって空ぶる事を想定してこの技に保険をかけていた。


 「まだまだああああああ爆散!!!」


 剣に宿った炎を周囲に拡散させる爆散。

 これを超至近距離で躱せるなら躱してみろ!!


 流石にこれを躱すのは不可能と悟った魔人は咄嗟に残っていた右腕で炎を防御した。

 

 炎に触れた。

 その時点で勝敗はあっけなく決する事になる。


 「終わりだねぇ……なんだい出る幕無しじゃないか」


 「いや、ヤツにもしも腕が残っていたら最悪相打ちに持ち込まれていたかもしれないわ……おじさま見てますか?私が敵を討ちましたよ」


 魔人の右腕に着火した炎は大きく火柱を上げて燃え広がる。

 ヤツが消し炭になるのも時間の問題だろう。


 腕を焼き尽くした後も体を侵食するように延焼し続ける炎に魔人は死を悟ったのかその場から一切動かなくなった。

 

 「……何か言い残す事は?口が付いてんだからなんか喋れるんでしょ」


 別にこいつから謝罪が聞きたいわけではない。

 この魔人が何のためにこんな事をしでかしたのかそれが知りたかった。


 「……私は単なる鳥籠の監視者だ、それ以上でもそれ以下でもない……祝福なき、招かざる者達よゲートは開かれた。龍と銀の騎士を追え、それがお前達の運命さだめだ」


 「わけがわからん」

 

 「あんな狂ったヤツの話なんて聞くもんじゃないさ……それよりも私は任務続行するよぉ、事務処理は面倒だからさぁ勝手にやっといて」


 ベヘリットはそう言うと後ろ手を振りながら砂漠の奥へと歩を進めていった。


 「ちょ、ベヘリット!……ちょっと、おい!そこに突っ立ってる騎士!今回の報告を頼むわ」


 「は、はい!して殿下はどちらに?」


 「決まってるじゃないベヘリットに付いて行く……任務続行よ」


 結局魔人の言っている事はよく分からないままだ。

 

 ただ一つ分かるのは多くの犠牲を出して掴んだドラコニアへの道を外れる選択は許されない。

 ここで後戻りや尻込みする事はあり得ない。

 そう、つまり結局私達は進むしかないという事だ。

 

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