第3話 鍛冶と鉱業の村 オーレン

 ドラゴン討伐作戦が行われた地からほんの少し離れたところ、ここオーレンの村も酷い雨に見舞われていた。

 オーレンは赤褐色の岩肌が露出する乾いた岩山地帯に位置するのだが、このような雨は年に一度あるかないかの珍しいことだった。


 オーレンの村は、鉄鉱と鍛造の街だ。ドラゴンの襲撃から身を守るために、鉱石の採掘跡を住処にしている洞窟型の街であり、鉄鉱石の採掘から、精錬、武具や農具の制作までを村のあちこちで行っている。洞窟内部の一つ一つの空間はドラゴン一体がすっぽり収まるほど大きく、無数にある通気口のお陰で住み心地は悪くなかった。


 チコのいる精錬所は、村の中心から少し離れた洞窟の入口近くにある。雨による水分と溶鉱炉の熱から、真夏並みの蒸し暑さに苦しめられていた。


「この雨で、ドラゴンなんか飛んでこれるかね」

「翼が濡れれば重くなって飛びにくいんだろ? 雷も苦手だっていうし、引き返すんじゃないか?」

「それに、こんな村に何しに来るんだって話だよな。洞穴の中に入れる訳じゃあるまいし⋯⋯」

 チコの鍛冶場で作業に勤しむ従業員たちは、朝からその話題で持ち切りだった。


 つい今朝のこと、ドラゴンの飛来に注意しろという通達が、村長である大親方から村中に伝えられていた。

 どうやら、かなり大型のドラゴンが、ここオーレンに向かって飛行しているらしかった。


「今回見つかった奴、かなりデカいって話だぜ。大型の帆船くらいあるって噂だ」

「そりゃ尚更、洞窟に入れっこないじゃねぇか」

「でもずっとここらに居られたら困るだろうが」

「ここらにいて何をするんだ? 肉付きの良い獣なんてこの辺りにはいねぇだろうに」

「そりゃあ、ニンゲンを喰いに来たんだろ。ああこわいこわい」

 従業員の一人が冗談交じりにそういうと、他の従業員は大袈裟に身震いするフリをした。

「冗談でも言うもんじゃねぇ」

 一人の男は違った。悪夢を思い返すように身震いした。

「オレの故郷はドラゴンに喰われて無くなったんだ」

 その男はそれ以上多くは語らず、持ち場の作業に没頭した。

 周囲の従業員らは交互に顔を見合わせ、気まずそうな表情を見せあった。皆、男に倣い作業に戻るのだったが、ほんの数分もしないうちにまた一人の従業員が喋りだした。

「不思議な話だよなぁ、ドラゴンってのは。普段は他の獣と同じように獲物を食って寝てを繰り返してるだけなのに、突然狙ってきたかのように人を襲うんだろ? まるで何か意図があってやってるみてぇで、薄気味悪いよなぁ⋯⋯」


 その言葉を皮切りに、従業員たちはまた作業の手を止めた。雑談のほうは、どうも止まりそうになかった。


「おい、頼むから少しは作業に集中してくれ」


 チコの一言は、作業場の穏やかな雰囲気をスパッと切り裂いた。

 黒髪短髪の青年チコは、作業の手を休めずにいつものように従業員達を嗜めた。



 チコは、オーレンの鍛冶師の一人だ。十五の頃に独り立ちをし、数人の従業員を雇って日々武具作りに勤しんでいる。若くから鉄を打ってきた腕は引き締まった筋肉がついているが、体格は鍛冶師には珍しくスラリとした細身をしていた。


「でもさぁ、チコ。この暑さじゃなかなか集中もできないだろ」

「こんな日くらいのんびりやらせてくれよ」

「この作業台、明日使わないなら洗わなくていいよな?」


 従業員たちのだれた態度に、チコは苛ついた。

 一発でも喝を入れてやろうかとチコが顔を上げたとき、作業場の入口に男が立っていることに気がついた。


「チコ、すぐにでも作業を止めてくれ」


 立っていたのは、華麗な衣装に身を包んだ鮮やかな金髪の青年。名をパウロといった。


「なんだよ急に」


 チコは気だるそうにそう言うと、わかり易く不機嫌そうに顔を顰めた。チコはパウロが大の苦手だった。


「おっと、休憩ですかい? ありがたいっすねぇ、パウロ様」

 作業員たちは、パウロのその言葉にわかり易く喜んだ。従業員たちの嬉しそうな様子に、チコは腹が立ってしょうがなかった。


 チコとパウロは、血の繋がっていない義理の兄弟だ。二人の父親は、オーレンの村を仕切る大親方、すなわち村長である。大親方は鍛冶業で財を成した一家の当主であり、腕利きの鍛冶師として王国中に名が知れていた。そして当然だが、パウロは村長の息子として裕福に、優雅に暮らしていた。


 しかし、チコは少し違うのだ。

 パウロが生まれる少し前に、大親方が養子に貰ったのがチコだった。パウロの母親は暫く難産に苦しんでいたらしく、妻の身を案じた大親方は、生後間もないチコを養子として引き取ったのだ。

 しかし、そのすぐ直後にパウロの妊娠が発覚した。パウロが順調に産まれると、チコはすぐに他所の工房へと預けられてしまったのだ。


 それからチコは、村長の息子でありながら、弟パウロとは全く違う待遇を受けてきた。幼いチコが、その差別に心を痛めたのは言うまでもない。チコは預けられた工房で、鍛治業の手伝いに打ち込むことで気を紛らしてきた。

 チコは独り立ちできる歳になると、すぐに鍛冶師として今の工房へと移り住んだ。なるべく大親方から離れたところで、自立したかったのだ。


 そんな経緯からか、チコは大親方やパウロを相手にすることが大の苦手だった。


「どうやら、目撃されていたドラゴンを狩猟団が仕留めたらしい。狩猟団の生き残りがもうすぐこの村に到着する予定だが、狩猟団の到着にお前も立ち会えとの事だ」

 チコの拒絶する態度に苛立ってか、パウロも不機嫌そうな面持ちになっていた。

「到着に立ち会う? それ、俺が行く必要あるのか? エインズワース家でもなんでもない俺が?」


 エインズワースは、パウロと大親方の姓だ。本来なら、チコ・エインズワースとなるところだが、チコはエインズワースを名乗ることを許されていなかった。


「知るか。これは父上の命令だぞ、いちいち俺にやっかむなよ⋯⋯」

「ただのお出迎えに一般人が一人紛れてなんになるんだか」

 チコは吐き捨てるように言うと、パウロを一切見向きもせずに作業に戻るのだった。

 その様子を見たパウロは、呆れたように溜息をついた。

「とにかく、親方の命令だからな。いいか、俺は伝えたぞ」

 そう言って、パウロは早々に部屋を立ち去ろうとした。


「ちょっと待ってください、パウロ様。狩猟団がドラゴンを倒したって本当ですか? あんな馬鹿でかい奴をあんな田舎の狩猟団が?」

 従業員の一人が、そう言ってパウロを引き止めた。

 たしかに、なぜどうやって倒したのか、チコも気になることだった。チコは手を動かしながら、パウロの発言に耳を傾けた。


「それが色々と不可解でな。兵士の一人が、狩猟ナイフをドラゴンの背に突き刺したら、たったそれだけで、ドラゴンは地面に落ちて死んだらしい。にわかに信じ難い話だが、狩猟団もどうして奴が倒れたのか不思議がっているようだ――」

「え! あんなやばい奴に直接ナイフをぶっ刺したんですか?! そんなの、英雄ものじゃないですか、歴史に残る偉人ですよ!」

「その人に会ってみたいねぇ、俺らの作った武具を使っていたら、尚更名も上がるってもんだ」

 従業員たちは興奮を口々に話した。


「それが残念な話だが、どうもその人は亡くなったとのことだ」


 パウロのその言葉に、チコは思わず作業する手を止めた。

「かもしれない? 命が危ないということか?」

 チコは訝しげに眉をひそめてそう言った。


「行方不明なんだ。詳しいことは分かってないが、ドラゴンが上空で息絶えたせいで、背中に乗っていたその人はかなりの高さから落下したらしい。それで、その落下地点まで行くと、背に乗っていたはずの人が見当たらなかった――というか、違う人が背中に乗っていたんだ」


 パウロの説明に、従業員たちはポカンと口をあけたまま固まった。チコも、訳が分からず首を傾げた。


「その……、そいつは何処から現れたんだ? 違う人ってのは狩猟団の人か?」

「いや、狩猟団の人ではないらしい」

「じゃあ最初からドラゴンの背に乗っていたのか?」

「いや、ドラゴンが落下してから初めて確認されたそうだ」

「そんな事は無いだろう」

「彼らの言い分の通りに喋ったまでだ」

「その狩猟団の人が混乱しているだけじゃないのか?」

「その可能性はあるが、こればっかりは実際に狩猟団の人とじっくり話してみないと分からない」

「ドラゴンを倒した人は? 亡くなっかもしれないってことは、遺体が見つかってないってことか?」

「まあそういう事だ。といってもドラゴンはさっき討伐されたばかりだ。まだ生きてるかもしれない。ドラゴンの元へ村の兵士を討伐確認に向かわせたが、合わせてその人物の捜索も指示している。今夜には捜索が終わっていると信じたいところだ」


 パウロはテキパキとした口調で説明した。どうも、早くこの場を去りたいようだった。


「なるほどな。大型ドラゴンを倒したが倒した張本人は行方知れず、更に突然知らぬ人が龍の背に乗っていたと……よくそんな大事なことを伝えずに帰ろうとしたな」

チコは呆れたふうに言った。仲が悪いからといって肝となる情報を伝えないというパウロの態度は殊更気に食わなかった。

「最初に聞く耳を持たなかったのはお前だろうが」

 パウロはチコよりも一つ年下だったが、その態度は明らかに上からだった。

「どうせ大親方から伝えるよう頼まれてたんだろ? パパの言いつけはちゃんと守れよ坊や。大事なことを伝えなかったら伝書鳩失格だ」

 チコはわざとパウロの気を逆撫でるような言葉使いをした。

「お前みたいなロクでもない奴に、こんなことを伝えても何にもならねぇだろ」

図星だったらしく、パウロの耳の先が少し赤くなった。

「そのロクでもない奴への伝言と呼び出しだけの仕事に遣わされる気分はどうだい。未来の村長なんだろ?」

「馬鹿にしてるのか」

「ああもちろん。脳なしの世襲は嫌われるぞ」

 チコがそう嘲笑うと、パウロは今にも爆発しそうなほどに顔を真っ赤にした。

「もういい。時間の無駄だ。来ないなら来ないでいい」

パウロの声は震えていた。


「行くさ。命を懸けて村を守ってくれた方々だ。顔を出すのが礼儀ってもんだろう」

チコは冷静にそう言ってのけた。

「さっきは行かないって言ってただろうが」

「そうは言ってないぞ。話はちゃんと聞け」


 チコはパウロをからかい続けた。そんなのは不躾なことだと分かっていたが、日頃の鬱憤を晴らすには丁度いい機会だった。


「もういい、もういい! 来るなら来るで勝手にしろ!」

 パウロは酷くイライラした様子で怒鳴ると、早足でチコの作業場を去っていった。


「少しはそのひねくれた根性を改めろ!」


 パウロの捨て台詞が外の洞窟に響いた。

 チコは誰も居なくなった入口を横目に鼻で笑った。


「あれじゃパウロ様が可哀想ですよ。チコも大人になりましょうや」

 従業員のその言葉に、みなうんうんと頷いた。チコはよく従業員に対して厳しくあたっていたので、パウロとやり合うと従業員たちはいつもパウロの肩を持っていた。


「おい。ここの後片付けはお前が全部やっておけ。じゃなきゃ減給だ」

 チコは自分の作業台のあたりを指差しながらそう言いつけると、パウロに続いて急いで作業場を後にした。

 背後から、酷く汚い言葉で罵る声が聞こえたが、チコはぴくりとも感情を揺らさなかった。

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