10月6日

 三日坊主の権利を得るところまで来た。


 やっと、三日続けることが出来た。


 先に言っておくが、たぶん明日は書かない。


 三日間続けられたことに、既に満足しているからである。


 今日は、昨日のこともあってか、最悪の寝起きだった。


 起きて、悪酔いしながらも、昨日、安西から断られたことを思い出した。


 好きでもない人に告白させられた。


 そう思うようにした。


 アイツとは縁がなかったんや。


 ただ、それだけのことや。


 切り替えて、居酒屋行く準備するか。


 と思っていたところで、安西から連絡があった。


「...もしもし?」


「おう!俺や!聞こえてるか?」


「どうしんや?」


「ちょっと話があるから、昨日のファミレスに来て欲しいんやけど。」


「いや、俺、これからバイトやねんけど...」


「初日から遅刻したやつが、何を真面目なこと言ってんねん!ほな、待ってるわ。」


 ツーツーツー。


 安西の言っていることは、正しい。


 正直、気持ち的にも休みたかったし、安西の言っている話も気になった。


 どうにでもなれ!と思いつつも、バイト先には体調が悪いと伝えて、電話越しにペコペコと謝罪した。


 駅前のファミレスに行った。


 安西は昨日と同じ席に座っていた。


 昨日と同じスーツ姿で。


「おう!こっちや、こっち!座れ、座れ。来てくれて、ありがとうな!」


「ほんまやで。初日からバイト休んだわ。」


 そんな他愛もないラリーをしたあと、安西が内定通知を見せてきた。


「俺の経歴と実力を見込んで、明日からでも働いてほしいやと。さっき、面接で言われたわ。」


 そこは、誰もが就職できるなら羨む、有名な大手企業であった。


「転職先が決まったんだな。おめでとう。」


 俺は、少し期待していた自分を押し殺した。


 目の前で、安西が内定通知を、ビリビリに破いている。


「おいおい、お前、何してるんだよ。」


「俺は、お前の話を聞いて、自分に嘘ついてるのが、恥ずかしなった。こんな企業に勤めるのは簡単や。いつでもできる。」


 俺には一生、就職できないような企業を、こんな企業と言い切る安西に、最初は少し憤りを感じた。


 しかし、冷静になってくると、何を馬鹿なことを、と思い出した。


「安西!どういうことか説明しろよ。」


「俺もお笑い芸人になる。というか、なってみる。」


「え?」


 俺は、泣きそうになるくらい、感極まった。


 こういう伝説をテレビで、芸人が話しているのを、羨望の眼差しで観ていたからだ。


「安西。改めて、よろしく頼む。」


 しかし、俺の感動は、一気に終焉を迎えた。


「ん?なんか、勘違いしとらんか?」


「え?」


「俺とお前はライバルや。相方はもう決まっとる。」


「は?」


 俺はブチ切れた。


「お前を、お笑いの道に連れてきたのは、俺だろ?俺と組まへんで誰と組むねん。」


「お前より、おもろいやつや。」


 それには、何も言い返せなかった。


「でも、お前、それってあまりにも...」


「だからこそ、最初に、お前に話そうと思ったんや。俺は、お前にこれでもかってくらい感謝してる。ありがとう。」


 客の目も気にせず、立って頭を下げる安西に、かける言葉は、出てこなかった。


「...そうか、分かった。ライバルってやつやな。こういうのもなんか、テレビで見たことあるわ。」


 俺は、自分の感情がボロボロになって、崩れていきそうなのを、必死に堪えて、安西に向かって右手を出した。


「ライバルとして、これからもよろしくな。」


 安西は、俺の右手を両手で、がっちり掴み、望むところやで、と答えた。


 そして、俺は家に帰って、一生分、泣いた。


 こんなにも惨めなことがあるだろうか。


 昨日、俺のことを振った女が、彼氏ができたと報告してきた。


 顔も何も知らない安西の相方に、嫉妬すら覚えそうになる。


 これを書きながらも、涙が零れそうになる。


 思い出しただけで、色々な感情が目まぐるしく、俺の中で渦巻いている。


 なんなんだよ、アイツ。


 俺は、絶対に負けねぇぞ。


 安西、今に見てろよ。


 俺は、良きライバルを持った。


 お前が、俺と組んでおけばよかったと思えるような芸人になる。


 俺は、漫才がしたいが、とりあえず売れないといけない。


 ピン芸、ピンネタに磨きをかける。


 だからこそ、日記は少し休むことになるだろう。


 この熱い想いをネタに乗せる。


 なので、今日はここまで。


 まずは、日本一のピン芸人になってやる。

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