10月5日
コンビニのバイト初日。朝9時から。
寝坊。
二度寝。
明日から、もう来なくていいから。
何やってんだよ、マジで。
昨日、日記を書いてたら、テンションが上がって、コンビニまで酒を買いに行った。
金もないのに、机の上にある酒の量を見ると、アホみたいに買ったようだ。
バイト開始3分前に起きて、その光景を見て、すべてがどうでもよくなって、もう一回寝た。
コンビニで酒を買って、コンビニのバイトに間に合わない。
何やってんだよ。頑張れよ。
となろうとしているが、そうなれない俺がいる。
そして何より、酔っ払って覚えていないが、コンビニで、安西と再会していたようだ。
バイト先の店長から、電話があり、戦力外通告を受けて、数分経った時だった。
知らない番号から電話がかかってきた。
仕事の連絡かと思い取ると、相手は安西であった。
要約すると、安西も俺と会って、何かを感じて、すぐには寝られず、もう少し宅飲みしようと思って、コンビニに来たようだ。
そして、お互いその日に会った仲ではあるから、二人で飲むのはどうか、という話になり、コンビニの前で一缶だけ500ミリ缶を飲んだ。
俺は、熱くなりすぎて、自分がお笑い芸人であることを、安西に伝えてしまったらしい。
しかも、安西にネタを見せる約束までしたらしい。
コンビニのバイトが終わったら、連絡してもらおう、と思っていた安西だが、バイト時間中に俺が出て驚いていた。
しかし、話をすると、すぐに電話越しに笑い声が聞こえた。
「やっぱ、お前。おもろいやつや。早う、ネタ見せてくれよ。」
「いや、昨日は酔った勢いで、言っちゃったかもしれないけど...」
「そういうのがタイミングっていうやつや。ほな、今からでもいいやろ?バイト、しばらくないんやから。」
それには、何も言い返せずに言葉を交わしていると、
「じゃあ、昼飯まだやし、駅前のファミレスに12時半な!昨日言うてたネタ帳持ってきてや!ほな!」
「おい!ちょっと待てって...」
俺の言葉は虚しく、電話は既に切れていた。
勝手なやつだと思ったが、同時に緊張してきた。
漫才のネタ帳は、養成所にいた頃から、誰にも見せたことがない。
まぁ、相手は素人だし、テキトーに説明すればいいか。
その考えが、甘かった。
約束の時間に指定されたファミレスに行くと、安西は先に来て待っていた。
メニューを選び、注文すると、すぐにネタ帳を見せた。
こんなにもドキドキしたのは、いつぶりだろうか。
心の中をさらけ出すようで、とてつもなく恥ずかしくなった。
安西から一言。
「アカン。」
「...え?」
「設定とか、ボケの発想に関しては、ええネタもあるけど、言葉選びがアカン。」
お前に何が分かんねん!と言いたいところだが、正直なところ、図星であった。
安西は続ける。
「お前は、ツッコミを目指してるんか?」
「一応、そのつもりやけど...」
「うん、お前はたぶん、ボケの方が才能あるわ。」
やっぱりか。そう思った。
以前から思っていたが、自分に嘘をつきながら、生きてきた。
どうしても、ツッコミがやりたいからだ。
「俺も、それは薄々気づいてるんやけど、譲れない部分がある。」
「それはなんや?」
「俺は漫才が大好きだ。そして、特に好きなのが、ネタ終わり。芸人がアホな話をし続けた後に、もうええわ。の一言で終わる。あそこまでが芸術なんや。」
「...なら、余計にお前はツッコミに向いてない。」
「え?どれだけ否定するんだよ。」
「すまん、否定するつもりは全くない!しかも、何ならお前の考え方は好きや。」
「じゃあ、なんでツッコミがダメだと思う?」
「ツッコミに憧れてるからや。そんなやつは、自分では出来へん。尊敬できるツッコミに、漫才を終わらせてもらわんと。」
この言葉は俺に刺さった。
まさにそうだと思った。
俺は、そういう人を探していたのだ。
養成所を卒業してから気付かされた。
「安西さん。あんた、お笑いは素人やんな?なんで、そんなに正解をベラベラ語れるんや?」
「お前もまだ何もしてないやろ。笑」
「間違いない。笑」
そこからは、昼飯を食いながら、熱いお笑い論争を、一日中していた。
気づいたら、晩飯の時間を過ぎて、もう寝るような時間になっていた。
安西は、養成所の同期の誰よりもお笑いを知っていた。
何故だか聞くと、受験などで、勉強漬けだった学生生活。
その時の唯一の娯楽が、お笑いだったらしい。
勉強しながら、芸人のラジオを聞き、休憩時間は、お笑い番組の時間に合わせていた。
これだけ、有名な大学を出て、大企業で働いていた人間と、お笑い芸人しか目指していなかった俺の知識が、ほとんど同程度となれば、俺も少し部が悪かった。
でも、安西が思っていないことを言った。
「こんなに、お笑いの話を語って、ついてこれたんは、お前が初めてや。嬉しいで。」
「これでもプロなんで。」
と言いながら、内心すごく嬉しかった。
そして、俺も同じ気持ちだと伝えた。養成所にも、安西ほど、お笑いに熱い人間は少なかった。
いや、いなかった。だから、俺には相方がいない。
俺は、決心した。
安西にコンビを組もうと伝えた。
「安西!俺とコンビを組んで、日本一の漫才師にならへんか?」
安西は一瞬、鋭い目つきになった後、答えた。
「それは無理や。俺には才能もないし。お前と組んでも日本一には、なられへん。すまんけど。」
そりゃ、そうだよな。
俺は何を言ってるんだ。
大手企業を辞めて、転職を考えているエリートに、何をお願いしてるんだ。
そこからは、何となく気まずい感じになり、他愛ない話をして、解散した。
急に、お腹が空いた俺は、またまたコンビニで、大量の酒とカップ麺とお菓子を買って、家に帰った。
そして、すぐに、これを書いている。
これから飯を食う。
恥ずかしい気持ちや、悔しい気持ちを、何にぶつければ良いのか分からず、ここに書き殴ることにした。
なかなか、スッキリした。
日記を書くとは、我ながら良いことを考えたもんや。
もう結構、書いたな。書いてるうちは気づかんかった。
少し落ち着いたからか、お腹が鳴りだした。
時計はもう、その日が終わったことを告げている。
飯食って、酒飲んで、寝るか。
明日は居酒屋のバイト。
夜からやから、好きなだけ寝よう。
安西か...
いやいや、俺にはもっとええ相方がおる。
単純に、お笑いを語れて楽しかったわ。
んなら、今日は終わり!なんか、気持ちもスッキリしたわ!
ではでは!!
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