10月4日

 三日坊主という言葉がある。


 俺は三日坊主にもなれない男だ。


 三日でも、何かを続けるのは、大変なことだと自覚した。


 この日記を三日ぶりに書くからだ。


 しかし、この三日間、何も無かったわけでは決してない。


 バイトの面接をいくつか受けた。


 芸人は売れるまで、いくつものバイトを掛け持ちして、生計を立てる。


 俺はとりあえず、居酒屋とコンビニという当たり障りのないところの面接を受けた。


 どちらも特に手応えはなかったが、どちらからも合格の電話を受けた。


 それが!今日の正午頃の出来事であった。


 初めは当然だと思っていたが、誰かに認められたのが久しぶりだったためか、俺は相当浮かれた。


 金もろくに持ち合わせていないのに、夜になって近所の居酒屋で、たらふく酒を飲んで飯を食べた。


 自分へのご褒美は大切である。


 そこで面白い男と出会った。安西という同じ年齢の会社員である。


 彼は大学を卒業して大企業に入社したが、わずか半年で見切りをつけて退職を決意したとの事である。


 たまたま、居酒屋のカウンター席で彼の隣になった俺は、同い歳にも関わらず、社会の荒波に半年間揉まれて、少し大人になっている安西に兄貴肌を感じた。


 先に話しかけてきたのは安西である。


 酔っ払いが絡んできたのかと思ったが、彼は一口ほどしか口を付けてないビールを片手に、俺の方に向いて言った。


「すまん。今日は色々と溜まってて、どうしても一人で飲む気にならん。俺に付き合ってくれへんか?」


 俺にも断る理由はなかった。


 むしろ、半年間の養成所生活でも、煙たがられて生きてきた俺は、久しぶりに見下して来る人間以外と話せて嬉しかった。


 ただ、人見知りを発揮した俺は素直になれない。


「なんで、見ず知らずの人とサシで飲まないといけないんですか。」


「なんて、気の利かないやつなんだ。まぁええわ。じゃあ、ラジオ代わりに聞いてくれや。」


 そこから安西のトークライブが始まった。


 まずは、安西がどれだけ辛い想いを会社でしてきたかである。


 営業職の新入社員。


 意気揚々と入社した大企業は、自分よりも出来の悪い人間ばかりだった。


 これが日本の社会の縮図か。


 と思いつつも、成果を上げ続け、彼は上司をも押さえて、営業トップの成績を取った。


 そこで、上司に言われた言葉は一つ。


 豪に入れば郷に従え。


 その次の日、安西は辞表届を出した。


 そして、そのまま居酒屋に来て俺に会ったらしい。


 今、俺は驚いている。


 ここに文字に書き殴って気づいたが、何の変哲もない、面白味も特にない、ただの新入社員の失敗話。


 だが、彼の話術はこの話をとてつもなく興味深く、更に笑いを誘うような絶妙な「間」を感じた。


 だから、こんなしょうもない話ではありながら、俺は一瞬も退屈することなく、話が聞けた。


 まるで、噺家や落語家のような話術を持っていた。


 養成所で見てきた誰よりも、安西は面白いやつだった。


 連絡先を聞いておけばよかった。


 アイツとなら...。


 いや、違うんだ。俺の理想の相方は、あんなもんじゃない。


 いや、でも...。


 今日は、いつもより酒を飲みすぎたようだ。


 明日からバイト生活も始まる。


 そろそろ寝よーか。


 あ、風呂入ってないけど。


 まぁ、もう寝るか。


 また、終わり方を考えられてない。


 どっかでおもろいこと言えたらな。


 あれ、今のとこ何もおもんないやん。


 まぁ日記ってこんなもんか。


 ではでは、また明日!

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