「美人で・・・胸が大きかったからです」



「いただきます」


「このお茶碗可愛いですね・・・もしかして、私用だったりします?」


 今日はお隣さんのおうちでご飯です。もちろんおかずは私が自分の部屋から持ってきましたが、今まで仕事をしていなかったお隣さんの炊飯器が珍しく活躍してくれています。


 私の好きな薄緑色の小さめのお茶碗にご飯を持ってくれるお隣さんを見ていると、一足早く新婚生活を味わえた気がします。台所に立つ私を見ているお隣さんも同じ気持ちだったのでしょうか?


「それにしても新しい食器ばかり・・・もしかして、普段使っていませんね?」


 当然知っていましたが、知らない振りをして揶揄ってみると困った顔をされてしまいました。ふふ、そんなところも可愛らしいです。


「これからは私がしっかりご飯作りますからね。今は御夕飯だけですけどゆくゆくは三食ちゃんと食べてもらいますから」


 好きな人には長生きして欲しいですから、妻として当然の責務です。


「あ、ご飯粒ついてますよ?」


「とってあげましょうか・・・って、そんなに慌てて否定しないで下さい。ちょっと寂しいじゃないですか」


「あぁ、もしかして指先ではなく口で取って欲しかったとか?」


「ふふふっ、本気にしないでください。こうして二人で食事をするようになって、なんだかとっても毎日が幸せなんです。浮かれすぎて柄にもなくちょっとダイタンな冗談を言っちゃうくらいには」


 カチャリ、と新品の箸置きに新品のお箸が重なる。


「・・・あの、ありがとうございます。私の事を必要としてくれて」


「大袈裟なんかじゃありません。お隣さんにご飯を作る日課が、会える理由があるだけで私は本当に幸せになったんです・・・あの日、最初におすそ分けをした日。受け取ってくれて本当にありがとうございました」


「正直、怖かったんです。気持ち悪いって跳ねのけられてしまわないか・・・ほら、私達ってそれまで二回会話しただけじゃないですか。それなのに急に手料理なんて不気味だと思われてもおかしくなかったので」


「え? 二回ですよ。そして茄子のみぞれ煮で三回目です」


「覚えていないんですか? 引っ越しの挨拶をしたのは二回目です。その前に一度・・・」


「ここに引っ越してくる前。駅前のコンビニで、レジに並んでいた私の前に若い男性が割り込みをしてきて、そうしたらお隣さんが注意してくれたんですよ? 覚えていないんですか。あの時のお隣さん、とてもかっこよかったのに・・・」


「私はあまり強く注意できる性格ではないし、男性に苦手意識があったから、本当に素敵に見えたんです。これは冗談ではないですよ? 店員さんですら黙って見過ごしていたのに、見ず知らずの私の為に注意をしてくれた。すごく正義感が強い、ヒーローみたいな素敵な方だなって思いました」


「・・・それにしても、コンビニでの事を覚えていないなら尚更手料理なんて怖いじゃないですか。私はお礼のつもりでもありましたけど、お隣さんにとって私はただ一度挨拶しただけの人だったということですよね?」


「私が言うのもおかしな話ですけど、そんな親しくもないよく知らない人の手料理を警戒しないで食べちゃうのはどうかと思いますよ。お隣さんの優しい所は好きですが、もう少し相手を疑った方が良いです」


「え? 誰にでもするわけじゃないと。何を言っているんですか、さっき私が殆ど素性の知らない相手だったと認めたではありませんか」


「・・・・・・へ!? わ、私が美人だったから?」


「な、なななんですかその冗談は、さっきの仕返しですか? あ、あり得ませんそんな」


「本気? 尚更あり得ません、そんな理由で! それだけの理由で人を信じるなんて」


「ほ、他にもある? なんですか、言ってみてください」


「・・・美人で、あと、胸が大きかったから?」


「な、なななななななんですかそれ!! いっ、意味が解りません! そんな、そそそ、そんな!」


「そ、そりゃ、そうかもしれませんけど。というか。うーん。胸・・・ですかぁ」


「・・・あの、これは興味本位での質問なのですけど」


「・・・・・・やっぱり、触りたかったりするものなのですか?」


「▽×◇★%◎!?」


「きょ、きょうは帰ります! ごちそうさまでした!!!!」




 □月●日


 ごめんなさい拒んだわけじゃなかったんです。びっくりしたんです。恥ずかしかったんです。びっくりした。びっくりした。びっくりした。いえ、その、違うんです。ごめんなさい。嫌いにならないで。面倒な女と思われたでしょうか。変な女と思われたでしょうか。違うんです。そうじゃないんです。驚いてしまっただけなんです。だって、そんな。そんなこと初めてだったから。今まで似たような事を言ってくる微生物以下の下種な男性はたくさんいました。履いて捨てる程いました。その言葉に一切の紳士性も信憑性もなく、チラシの裏に寝ぼけて書いたラクガキ以下の価値しかない言葉でした。その度に嫌悪感と不快感でとにかくその殿方が無残に苦しんで死んでしまえばいいとそれくらいしか思わなかった。だって、当たり前じゃないですか。それが普通で。今まではそうだったから。

 だから、そんな風になるなんて思わなかったんです。お隣さんにそういう風に思われていたことが・・・嬉しかったなんて。恥ずかしい。はしたない。こんな気持ちになるなんておかしいです。私に興味を持ってくれたことが、私の顔や身体に価値があると思ってくれていたことが、どうしても嬉しくなってしまう。こんな女性気味悪いと嫌われそうで慌てて逃げてしまいました。けど寧ろその程度の話題で逃げ出す臆病で面倒な女だと思われていないでしょうか。あぁ、やり直して誤解を解きたい。でもこの感情をうまく言語化できる自信がありません。もうどうしたらいいのでしょう。初めて会った時の事を覚えていなかったショックなんてもう遠くへいなくなってしまいました。今はただ私という存在があの人に求められて必要とされていることが嬉しくて仕方がない。



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