「いつも笑顔でいてくれたら嬉しいです」


 どくん、どくん、と自分の心臓が非常識に騒いでいるのがわかります。


「掃除もした。料理も大丈夫。飲み物もある。トイレも綺麗にしてある。前髪は乱れてない。エプロンにゴミはついてない。台所は綺麗。雑誌はしまった。パソコンは閉じてある。コレクションは押入れの中に隠した」


 もう何度目かわからないチェックをして、何十回目かわからない深呼吸をする。


「・・・よ、よし。そろそろ時間ですね」


 約束の時間ぴったしにチャイムが鳴る。わかっていても身体がぴくりと跳ねてしまったのは、それだけ緊張していた証拠でしょう。


「い、いらっしゃいませ」


 お隣さんの「こんばんは」にそう返事をして部屋に招き入れる。


「時間ぴったりですね・・・って、お隣だから当たり前でした」


 今日は初めてのおうちデート。そして、私達が恋人で、夫婦で、家族になって初めてのデートでもあるのです。顔を真っ赤にしてギクシャクと慣れ親しんだフローリングを歩く私、お隣さんも同じように緊張しているようでした。


「下ごしらえはしてありますので、テレビでも見て待っていてください。急いで片付けたのであまり他の所は見ないでくださいね?」


 お隣さんが背筋をピンとさせて、私の部屋で正座している。なんだかまだ夢の中にいるみたいな光景。現実味が少し無いです。


 ほやほやとした気持ちで料理の最終仕上げをしたらテーブルに並べます。お裾分けの時は出せなかったコンソメスープもちゃんと添えて。


「ふふっ、めしあがれ」


 あぁ。やっぱり何度でも夢みたいと疑ってしまう。でも、こうして嬉しそうに私の作った料理を食べているお隣さんを見ると本当に私達は恋仲になったのだと実感できます。

 いっぱい食べる旦那さん。っと、まだ籍は入れていないので未来の旦那さんですが、今から一緒に暮らすのが楽しみです。


「美味しいですか?」


 そんな言い方をすれば美味しい以外言えないと思いつつも、元気いっぱいな感想が欲しくてつい聞いてしまいました。


「もう、慌てて食べないでも大丈夫ですよ・・・おかわりだってありますから、ね?」


 いつもと同じ部屋で、いつもと同じものを食べている筈なのに、今日のごはんはとびっきり美味しく感じました。


 私はそれだけで充分幸せなのですが、お隣さんは優しいので少し気兼ねしている様子です。


「そんな、遠慮なんてしないでください。え? お金ですか、いいですよそんな! プロの料理じゃないのですから」


 いずれ夫婦になる約束をした者同士、気にすることないと私は思うのですけれど。


「うーん、ですがまとめて購入した食材とかもあるのでいくらと言われると難しいですね・・・そ、それなら」


「食事代は、デート代に充ててくださるというのは・・・ど、どうでしょうか?」


 恋人同士はデートをするものです。夫婦だって当然してもいい筈。

 おうちデートでは私が、その分お外ではお隣さんが多めに支払っていただければお互い気兼ねなく甘えることができます。我ながら良い提案だと思いました。


「って、どうしてそんなに赤くなっているのですか?」


「何故そんなに驚いているのでしょうか。私何かへんなこと言いましたか?」


「も、もしかして、私とデートするのは嫌ですか・・・?」


「ほっ、違うのですね。それなら良かったです」


「ふふっ、楽しみにしてます」


 何故だか意外そうな顔をしていますが、なんとおうちデートだけでなくお外のデートの約束まで取り付けてしまいました。こんなに幸せで本当に良いのでしょうか。

 勇気を出してお隣さんになって本当に良かったです。




「・・・え? 好きなタイプですか」


 そろそろ食器を片そうと思ったところで、突然そんなことを聞かれました。


「過去には本気で好きになった事がないのでタイプというか、傾向などはわかりませんね・・・お恥ずかしながら」


「お隣さんは・・・いえ、やっぱりいいです。違ったら多分ショック受けちゃいますし。タイプよりも、そうだ、結婚したらして欲しい事とか、理想の結婚生活について聞きたいです!」


「何故って、知りたいからですよ? 私には言えないようなことですか?」


「いつも笑顔で? それだけでいいのですか・・・もしかして、私の前だから気を遣っています?」


「ふふっ、いいですよ。いつかちゃんと教えてくだされば。ちなみに私が結婚相手に求める事はたった一つです。一途に私の事を見続けてくれること・・・ふふっ、ベタですか?」


「だから私の好きなタイプは、一途な人ですね」




 ○月■日


 どうしましょう。お隣さんの事が好き過ぎてどうしたらいいかわかりません。あんなに可愛い笑顔。どうにかなってしまいます。可愛くてカッコよくて、優しくて、私にはもったいない最高の旦那様です。決めました、私お隣さんの為にずっと笑顔でいます。本当はもっとお隣さんの役に立ちたいですがまだ付き合いたてなのできっと色々と遠慮しているのでしょうね。もっとたくさん我儘を言って欲しいのですが、これからゆっくりと信頼関係を築いて行くしかないです。

 それにしても、デートのお誘いをしただけであんなに赤くなって驚いてしまうなんて、本当に純情なんですね。過去に付き合った女性などはいるのでしょうか?あれだけ素敵な方ですから一人や二人いてもおかしくはないとは思いますが・・・・・・考えたくないですね。なんだか胸がもやもやとしてきました。

 もっと幼いころから出会えていれば、いっそ最初から家族だったら良かったのに。私の知らない過去に誰かが私の夫にべたべたと触っていた事実があるなんて、どうにも我慢ができません。あの人の過去も現在も未来も、全て私のものになればいいのに。今はまだ胃の中すら完全に独占できていませんが、きっと直ぐに私だけのお隣さんになりますよね。

 本当に、求められるのが、必要とされるのが、こんなに幸せだなんて知りませんでした。私は一生かけて一途にあの人だけを愛することを誓います。



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