第3話  みんな責任を取りたくない

みんな責任を取ることが嫌なんだ。

彼と関わり、何か事故が起こった時、一緒に責任を被ることが御免なのだ。

修学旅行に来ていた引率職員は誰一人として手伝おうとはせず、他の業務でわざと忙しいアピールをすることに集中していた。ホテルの従業員だけ、達樹君が喉に食事を詰まらせて吐き出した時、清掃業務を手伝ってくれた。

後から聞いた話だったが、交流クラスでの集合写真は二回撮影が行われたのだという。達樹君が写っているバージョンと、写っていないバージョンがあったそうだ。もちろん、写っていないバージョンを学校側は交流クラスの生徒は購入させていた。

「あんな寝たきりでさ、どこの方向向いているかわかんないような表情で写っているとさ、彼が見世物みたいになってしまって、いじめにつながるでしょ。」

野田は、学年会で私がこの件を問い詰めた時、当然のことと言わんばかりに言い放った。

職員が彼に対して、距離を置いている以上、たとえ授業に参加させていても、彼の方に寄ってくる交流クラスの生徒は誰一人としていなかった。どの生徒も達樹君を、珍獣を見るような目つきで遠くから眺めていた。私は珍獣使いとでも思われていたのだろうか、楓にすら生徒は挨拶一つ交わしてくることはなかった。


「わかりました。それでは私は野田さんのおっしゃる通り、中教研には参加いたしません。その代わり、その旨を管理職と教育委員会に伝えていただき、説得してください。」

学年主任の野田は、口をだらしなく開けたまま、楓の顔を睨みつけてきた。唇の周りにはせんべいに付着していたザラメがついている。

「私の力では、中教研に参加しない、研究授業をしない、という意思は伝えられませんし、非常勤講師は言う権利すら持っていません。野田さん、代わりに伝えて下さい。どうしても補欠を組みたくないとおっしゃるなら。」

野田は乱暴にパソコンのふたを閉めた。そして頭をかきむしり、黄色い溜息を何度もつき始めた。他の職員の中には、その様子を見て、にやついている者もいる。無理もない。五限目の空きは学年主任の野田しかいないのだ。すなわち楓の出張を認める=野田が達樹の面倒を見るという構図が自然に成立してしまう。

来年度、管理職の座を狙っている野田は、現管理職に対し、盾を突くことや教育委員会に文句を言う行為など言語道断である。

「中教研、行って来いよ。」

もうほとんど機能していない子宮から絞り出したであろう重い声で、野田はつぶやいた。

「ありがとうございます。行ってきます。五限目終了後、今日は病院に行く日ですので、お母様が迎えに来られます。そのため生徒玄関まで彼を連れて行って、お母様に引き渡してください。よろしくお願いいたします。」

もう野田は返事をしなかった。どうやら脳内がフリーズしてしまったらしい。

楓は管理職に補欠を組んでもらったことを伝え、急いで学校を後にした。

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