第4話  使えない教師だらけ

特別支援教育の中教研の会場は特学分校が併設されている、都立小川町中学校で行われている。楓が到着した時には、既に会場である視聴覚教室に、各学校で特別支援学級の担任をしている教師たちが集合していた。一様に皆、真正面からひどく殴られたような表情を浮かべている。楓と同様、補欠を組むことに心を砕いてきた疲れが体全体から滲み出ているかのようだった。

「それでは、お揃いですので、第二回目の特別支援教育部門の中教研を行います。今回のテーマはメールで先にお知らせしていましたように、一月に行われます、特別支援教育の研究発表者を決めることです。では早速ですが、難しいのが南星中学校の森川先生でしたね。」

「ええ、はい。申し訳ありません。私は非常勤講師の立場で特別支援学級の担任を任されております。今の辞令が年末で一度切れます。一月からまた頂けるかわからないので、研究授業が確実にできるというお約束ができないため、申し訳ありません・・・。」

楓は深々と頭を下げた。この文句を考えたのは、教頭の高田だった。

「あんたいつも佐藤君で苦労しているし、そんな研究授業まで引き受けなくていい。非常勤講師だから、辞令が次貰えるか分からないから、で通せばいいからさ。先に僕の方からも特別支援教育の中教研幹事に話も通しておくからさ、安心して行って来てよ。」

教頭の高田は、別に楓を気遣ってこのような言葉や働きかけをしたのではないことは、一目瞭然だった。研究授業を引き受けてしまうと、学校に教育委員会をはじめとして、多くの教育関係者を招かなければならなくなる。そうすると必然的に、日ごろの佐藤達樹の扱いが外部にバレてしまう。職員の協力体制が確立されていない校内の状況は、管理職の威信にかけても隠し通さなければならないことだった。

楓だって、達樹で研究授業を行う気持ちはさらさらなかった。寝たきりで、絵本の読み聞かせすら成立しない生徒である。もし、それでも研究授業をやれと言われたら、おむつ替えを堂々とやろうと心に決めていた。これだけは達樹のおかげで上達したからだ。

「それは仕方がないですね、そうしましたら、他にやって頂ける中学校の先生方はいらっしゃいませんか?」

司会の小川町中学校の宮下は大きな舌でなめるように室内を見渡した。一斉に皆、視線を明後日の方向へ飛ばし始める。そして一人、一人と申し訳ない表情を作り、私情を語り始めた。

「私は自宅で親を介護しておりまして、いつも授業が終わったら飛んで帰っているんです。とてもじゃありませんが、研究授業の準備なんて、できません。」

「僕だって、そんな無理ですよ。だってほんと大変な子なんですよ。座っていられないし、奇声出して暴れまくるし、気に入らないことがあると、かみつきまくるし。教室も僕もボロボロですよ。この子で研究授業ったって、成立しません。普段の授業が成立していないんだから。その前に教育委員会のお偉いさん方、この子にかまれて怪我しますよ。」

「私はうつ病で、今年復帰したばかりなんです。今も薬を飲み続けておりまして、自分自身がいつ倒れるかわからない状態でね。このような状況ではとてもじゃないけれど、お引き受けできません。」

出席した担任たちは一様に私情を述べた後、表情を一層硬くして酌量を求めてきた。

宮下は視線を下に落とした。

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