一日一首(令和二年一月)

新年を迎へて願ふは感動を起こす歌ども詠まむことなど


俗に言ふ富士鷹茄子の初夢なく正月二日も熟睡に目覚む


岩手山が金色(こんじき)の雲を背に立てる 施設の老いらに笑みな絶えそね


正月の夜半の看取りに参じしにご家族不在に夜をあかしけり


正月はめでたけれども突然の看取りに参じてさは言ひ切れず


食堂に恒例の餅搗きの音ひびき集ふ老いらの掛け声高し


通常は〈常食〉なれど七草の今日の昼食は習ひなれば〈粥〉


降りやまぬ夜来の雪やありがたし日照りの夏の苦労思へば


録画して〈最期の七日〉を妻と観つつ「‘今’を大事に」と語りあふなり


タクシーで寄りし本屋から自宅まで雪道を徒歩にて汗する夕


向き合ひて本読むうちにお互ひを空気のやうに忘れゐにけり


霧の底を流れくるかな啄木の〈春まだ浅く〉霧笛のやうに


老いたれば難しき議論は脇に置き歌をしづかに詠むに及(し)くなし


連休明け白衣に着替へて思ふらくかつての医学生も今は「爺医」なり


〈地域別将来推計人口〉見よ 消えゆく県あるに何が北方領土だ


おめでたき傘寿の祝をたてまつり師が歌心こそあやかりたけれ


回診にて会話漏れ聞き覗き見ればそれぞれ独語(どくご)するお婆がふたり


本を買ひワンタン麺を食すれば土曜の散歩の楽しからずや


ベランダにてのほほんと読書の日和かな暦めくれば明日は大寒


大寒とて義理に降りしやこの雪は眩しき日差にたちまち溶けむ


驚くはこの紹介状、九十四歳(くじふし)の「頭脳明晰お婆さん」とぞ


老耄も矍鑠たるも合はせての〈集団リハビリ〉は効果よろしき


願はくは医者つづけゐる日常に一瞬の〈時間の錘〉を詠みたし


生き甲斐が働き甲斐なる生活に老い甲斐ありとふやせ我慢もなす


〈七十歳の手習〉とふ名でデータ保存 その日付が叫ぶ「満一年!」と


こぞのけふ仲間入りせし〈ものぐさ〉を団塊世代の学び舎とせむ


大相撲徳勝龍の優勝に亡師「勝人」の乗り移りけり


雑誌特集〈新春歌人大競詠〉言葉を水着に歌詠みら屯(たむろ)す


「アル中」と家族に見捨てられしまま逝きし男を氷雨も哀れむ


「七十二歳おめでとう」に迎へられ背筋のばして白衣を羽織る


誕生日祝ひに子等呉れし鰻たべ夫婦で祈念す七度目の子(ね)を

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