第4話 そして星が流れる。

 俺は夕飯を食った後、近所のコンビニに行って給料全額を使って【うまい棒】を買った。そして家には帰らずガキの頃によく遊んだ小学校の裏山に向かう。

 

 平和だった頃嫌な事があった時はここに来て何もせずじっとしていたものだが魔物の襲撃が頻繁になってからは来る機会が減ってしまった。


 俺は校門の上をよじ登って中に入る。小学校は去年飛竜ワイバーンの襲撃で焼けてしまった。今は学校の先生が公民館や外でガキどもに勉強を教えている。


 「魔物ども、どうせなら俺が小学生の頃に襲撃しろよ‼」とけしからんツッコミを入れた。


 …わかってるよ、平和な時代に生まれて平和を謳歌した人間の強がりだってのは。


 騎士団長の指示の下に非難が間に合って犠牲者は出なかったが学校は飛竜の火炎ブレスで跡形もなくなっちまったんだ。嫌な思い出しか無い場所だったがぺんぺん草も生えないような黒焦げになってしまえば悪口も言えない、合掌。


 俺は学校の裏にある小さな山まで走った。

 そして瞬く間に頂上に到着、今日も月が赤くて美しい。

 月が赤いのは魔界とこちらの世界が接するようになってからと学校で習ったような気がする。昔はクリーム色もしくは白だったらしい。


 ガサガサ…。俺はコンビニでもらったビニール袋からうまい棒を取り出した。RPG世界観ぶっ壊しな感じだが【うまい棒】も【セブン】も存在するんだから仕方ねえ。文句あるなら神様さくしゃさまに言ってくれ。


 俺は【うまい棒】のキャラメル味を食べ始める。

 今は魔物が世界各地で暴れている為に【うまい棒】も一本百円になっていた。ああ、早く世界が平和になって【うまい棒】が十円にならないかな…。


 俺は甘ったるい【キャラメル味】を食べてから【ハムサラダ味】を手に取る。(これのどこがハムサラダなのか…わからねえんだよな。ハムも野菜も入ってないし)俺は【うまい棒】を食い続けた。


 「げふっ」


 俺にしては今日は珍しく晩飯を食っていた為に予想よりも早く限界が訪れていた。  

 持ってきた【うまい棒】で残ったのは【メンタイ味】と本命の【ソース味】、そしてジョーカーの【納豆味】だ。

 【納豆味】は食べると糸を引く不思議感、なによりも納豆の匂いを忠実に再現している【うまい棒】界の異端児である。本来ならば【ソース味】だけ買ってくるつもりだったが、まとめ買いは禁止されており店長の【欲張りセレクション】という謎の袋を買ったせいで【納豆味】《ヤツ》を買う羽目になった。俺は学校行事の時にフォークダンスで普段から話をしたくない女子と無理矢理手をつながされた時を思い出しながら、【納豆味】の袋を開ける。


 思い出した。あの女、俺と手を繋いだ後にハンカチで手を拭いていやがったな。

 クソッ‼大学にストレートで進学していたら大学デビューとかして今頃親のコネで就職してウハウハしていたはずなのに…ッ‼


 俺は暗黒の小、中学生時代に対して怒りを覚えながら微妙に醤油とカラシの味がする【納豆味】を食べ尽くす。


 「ああ。納豆味が余計だったぜ。しかも飲み物買っていないから口の中がリセットできやしねえよ…」


 俺はコンビニで貰ったビニール袋にゴミを入れると家に帰る事にした。

 残った【メンタイ味】と【ソース味】は部屋でじっくり楽しむつもりだ。


 その時、辺り一面が暗黒に包まれる。


 すわ何事か、と俺は周囲に見回した後に頭上を仰ぐ。夜空を彩る星の光が消え、赤い月の光さえ失われていた。いや、違う。より正確に言えば月の光が元の白或いはクリーム色、白銀の輝きを取り戻していたのだ。

 俺は以前祖父アダンが言っていた事を思い出す。


 ”


 全身からどっと血の気が引いた。祖父の失敗によって障壁の効果は不十分となったが、悪魔がこちらの世界に来ているという話はまだ聞いた事がない。

 仮にそんな大事件が起きていたら俺の親父が出て来て、街の人間に外出禁止の命令とかを出しているだろう。


 「よりによってこんな時に最悪の事態が来ちまったのか…」


 俺は袋を握り締めて空の異変を親父に伝える為に突っ走った。


 ギラリ。


 なぜそう感じたのかは俺には知る由もない。俺は喉元に刃物を突きつけられたような圧迫感を気取ると仰け反るようにバックステップを決める。


 次の瞬間、近くにあった木が一息で薙ぎ倒されていた。


 「ふしゅるるる…」


 獣じみた、いやこの世の物とは思えぬ奇怪な唸り声。それもそのはず少なくとも俺は今まで顔の半分が山羊で、口がタコみたいな生き物は見た事がない。

 だが歴史の教科書と、祖父の昔話で嫌というほど聞かされていた魔物だった。

 

 遭遇は不可避の死を意味する存在、死の狩人【悪魔デーモン】である。


 ヤツは六つの目をグリグリと動かして俺を見つけようとしている。祖父の話で聞いていたが悪魔は魔力感知に特化している為に目や耳を使って獲物を探すのは下手くそだった。俺が魔力ゼロ体質だってのもあるんだろうが。


 (黙っていれば逃げられるか…?)


 俺は抜き足差し足で悪魔から離れようとする。悪魔は目や耳を動かしたり、鼻をヒクつかせたりして俺を探そうとするが徒労に終わっている。俺は悪魔を避けて何とか表の山道に出たがふと思いつく。


 (…このままヤツが街に出て行ったらどうなるか?勇者アダン《じいさん》が言っていたっけ。「悪魔は目につく物を容赦なく殺し尽くす。街に悪魔が現れる度に大勢の人間が泣く事になった」…ってな)


 俺は不意に眩暈を覚えた。仮に俺が街に行って親父にこの事を伝えても街の住人から犠牲が出るだろう。


 一体、俺のような無能クズに何が出来るんだ?


 俺は救いを求めるように空を見た。夜空を覆っていた闇のヴェールが薄らぎ、星の光が輝きを取り戻そうとしている。

 それは【障壁】が力を取り戻しつつある証拠だった。障壁が元通りになれば悪魔ヤツらは魔力の供給源を断たれて自然消滅する。これも祖父の受け売りだが今は信じるしかない。


 俺には英雄願望があったわけではない。ただ祖父が昔話をする時たまに見せる悲し気な横顔が今この時になって忘れる事が出来なかった。


 (祖父さん、俺に力を分けてくれ)


 俺は持てる勇気を振り絞って、悪魔のいる方角に引き返す事にした。


 「ふしゅるるる…。るるるるううう…」


 幸か不幸か悪魔ヤツいた、いてくれた。俺は近くに転がっていた石を取り上げる。


 と”引き返すなら今だぞ?”…利口な”俺”が囁く。いつもはヤツの言いなりだったはずなのに今の俺は正気では無かったに違いない。俺は大きめの石を振りかぶり、投げた。果たしてこの決断が正しかったのか。


 ガンッ‼


 金属かよ⁉ってくらい硬いものと硬い物がぶつかり合った音がした。ロクに鍛えていない俺の膂力でぶん投げた石の威力なんざたかが知れた物だろうが、悪魔ヤツはその時初めて俺の存在を認識したに違いない。六つある青い目が一瞬で赤に変わる。それらは明確な殺意が込められた赤だった。


 「俺はここだ‼さっさとかかって来い、馬鹿野郎‼」


 俺は大声をあげて魔物に挑戦状を叩きつける。思えば自分から喧嘩をふっかけたのはこれが初めてかもしれない。


 「くわあああああッ‼」


 悪魔の口が、歯の代わりにタコの触手のようなものが生えたのが大きく開かれた。奴さんも相当お冠なのだ。俺はすぐそこにまで近づいていた己の死を確信しながらも笑っていた。


 武者震い?違えよ、普通に怖いだけだッ‼


 この時もはまだ眠ったままだった。

 


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