第3話 就活のレオナルド

 俺(レオナルド)の実家では祖母の決定は絶対である。つまりレオナルドが犬小屋で暮らす屈辱的なエンディングを回避する為には就職或いは日雇いで家に金を入れなければならないという事だった。自分史においてかつてない試練を前に俺は武者震いが止まらない。


 そう俺はもう三年くらい家族以外の人間と話をしていなかったのだ。


 「おい、レオ。俺だ。お前の同級生のハースだ」


 今目俺の前にいるのは俺の高校の時の同級生ハース、よく覚えていないが今は配給所で働いているらしい。

 配給所とはどんな場所かといえば魔物の襲来によって町や村から逃げ出してきた人々が集まっている避難民用の居留地で食料や生活必需品を提供している場所だったりする。

 ハースはついこの間まで別の街で働いていたはずだが、魔物の襲撃によってニューアストリアに帰ってきたらしい。そしてニューアストリアにいた両親から配給所の仕事を紹介されて今では新人のまとめ役になっている。


 高校時代は陰キャだったくせに…ぎぃぃぃッ‼


 「おい、ドナテルロ。コイツ本当に昔から変わってねえな。何とかならねえのか?」


 ハースは呆れた様子でドナテルロに耳打ちしていた。俺の弟ドナテルロは高校を卒業した後、騎士団に入って即戦力の期待の新人として活躍している。今俺は弟のコネでハースの下で働かせてもらう事になった。


 「ふう。ハース、これ以上僕の兄さんを悪く言うつもりなら…君は裸ニ―ソックスが今の職場の制服になるぞ?」


 我が弟は氷の刃のような視線をハースに送る。


 やるだろう。ドナテルロはやると言ったら絶対にやる男だ。


 「わかったから!もうレオナルドの悪口は言わねえよ!大体俺の裸ニーソなんて誰が喜ぶんだよ!」


 「…君のお母さん、かな」


 それはある。

 ハースの母親は息子を着せ替え人形にして喜ぶ性癖の持ち主だった。ハースが高校卒業と同時にニューアストリアから逃げ出したのは両親の倒錯した趣味が原因である。


 「おい、レオ。お前の仕事の話になるんだが…」


 ハースの話によれば大量の補給物資を運ぶためには人手が必要らしく、俺は病気や怪我で出来上がった欠員の補給人員として投入されるという話だった。


 そこまでヤバイのかよ、人類。


 俺の主な仕事は荷物運びと各部署への確認作業。まあ馬鹿でも出来る仕事ってヤツだ。だが俺という稀有な可能性にとっては人生最大の試練となるのは間違いないだろう。


 「ハースよ、念の為に聞いておくが…この仕事ってのは人と話さなければならないのか?」


 「…」


 ハースは迷わず俺の弟にアイコンタクトを送った。


 「クククッ…僕の兄さんはここ数年、家族以外と話した事はないよ?」


 弟は冷笑を浮かべながら「そんな事もわからないの?」といった感じのプレッシャーをハースに与える。

 ハースははあ…と重いため息を吐く。ハースはひどく疲れたような顔つきになっていた。


 「オマエ…大学受験滑ったくらいで何やってんだよ‼」


 「じゃあお前に聞くが俺の存在理由レーゾンテートルに勇者アダンの孫っていう価値以外に何かあるのか?」


 実際俺も自分にそれ以外の価値を見出していない。

 ドナテルロは両手を投げ出してハースに蔑むような視線を送る。


 「ハース。君は僕の兄さんを庇護する立場につくつもりなのかい?君は兄さんの内弁慶外地蔵っぷりをわかっちゃいない…」


 それを理解しているお前はどうなんだ、弟よ。


 「今から社会復帰するのは無理だろうから、職場の連中には”お前の事は猿に育てられた野生児”って説明しておくよ。物資を運び込んだら受付に報告くらいは出来るだろ?」


 「その受付は女性か?もしも妙齢の女性なら思案から実行まで一週間の時間を要するぜ…」


 俺は学生時代から異性と話す事が苦手だった。この数年間でさらに苦手意識が強まった気さえする。

 ハースはガックリと項垂れて言葉を発しようとしない。


 「君に兄さんを乗りこなすのは無理だ、ハース。いい加減、僕と配置換えするべきじゃないか?」


 弟は勝ち誇ったように言う。でも、百歩譲ったとしてそれも嫌だった。


 「隊長‼こんなところで寄り道をしていたんですか‼」


 エロゲ声優のような甲高い女性の声が聞こえてきた。黒い髪をショートカットにした若い女が数名の騎士を連れて現れる。全体的に整った気の顔立ちの女で、太い眉毛とつり目がちの瞳は彼女の意志の強さを表していた。

 見覚えのある顔だ。たしか高校の時弟のおっかけをやっていたクローディアという女子だろう。そうか、確か親が騎士とか言っていたな…。


 「フン。何か用か、クローディア。僕は兄さんの監視という大切な役目を果たしている途中なんだ。城門の警備くらいお前たちでやっておけ。僕は…忙しい」


 「魔物が出たんですよ、街道で。被害が出る前に私たちで何とかしてしまいましょう。本隊は山道で大型の魔物と交戦中です」


 クローディアの話を解説すると、まず山に大型の魔物が出現する。次に大型の魔物が通ってきた道から小型の魔物がやって来て城門前で人々を襲っているというのが現状だ。魔物たちの通り道は限定的な物で時間が経過すれば自動的に塞がるが魔物は体内の魔力が枯渇するまで破壊の限りを尽くすだろう。また大勢の人間が死ぬのだ。


 (兄さんと一緒にいたい…。でも魔物も退治しなきゃ…。でもここで兄さんを置いて出動したりしたら兄さんの僕への評価が下がって兄弟の縁を切られてしまうかもしれない…。どうすればいいんだ…。史上最大の難問だあああ)


 もうわかったと思うがコイツは極度のブラコンだ。昔から俺が近くにいるだけで一気に駄目人間になっちまう。ドナテルロのストーカーのクローディアも当然この事は知っているので俺を親の仇を見るような目つきになっていた。

 

 「この野郎ッ‼くだらねえ事を考えてないでさっさと行って来い‼」


 俺の一喝でドナテルロは渋々と職場に向かった。帰る際にクローディアはハースに「ご迷惑をおかけしました」と事務的な挨拶をする。そして俺には首を掻っ切るジェスチャーを見せた。この差は何なんだ。後で騎士団にセクハラされたって苦情を送ってやるからな…ッッ‼


 「まあ今日は初日だから荷物の運搬を頼む。今は猫の手も借りたいほど忙しいんだ…」


 ハースは俺の仮採用の書類を用意する為に役所に行った。残された俺は色々な世代の人間に混じって黙々と仕事をこなす。ゴミ箱に要らない物を捨て、荷車に乗せてゴミ捨て場に運ぶ。体力を消耗する上に体がメッチャ疲れる地獄のような時間だったが、犬小屋で生活させられるのに比べれば我慢できる範囲だ。

 俺はとにかく動く度に「死にたい。俺以外全員死ね」とか「世界滅べばいいのに」とかヘイト発言を繰り返し、一日で職場の嫌われ者ランキング上位者となった。


 だが天は額に汗を流して働く者を見捨てはしない。すごく嫌そうな顔をしながらハースの野郎がヘルパーの採用通知書と今日の給料を持ってきたのだ。


 ここから始まる俺の栄光への道ヴィクトリーロードッッ‼

 

 俺はその日、人生初の日給をもらい家に帰った。俺は胸を張って祖母に給料を突き出してやった。銅貨三枚(三千円くらいだ)、少ないがこれも立派な収入さ‼


 祖母は銅貨を二枚ほど抜いた後、一枚を俺に返してくれた。


 ふははははっ‼やった‼俺の勝利だ。今日はこれでうまい棒いっぱい買って一人祝勝会をするぞー‼

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