第2話  主人公はクズニートな次男坊

 ここはアストリア王国の首都ニューアストリア。この街には「勇者アダンの生家」という豪華な屋敷が存在するがアダン本人はそこで暮らしたことが無い。皆無だ。なぜならアダンの住んでいた家は彼が若い頃、魔物が旧首都アストリアに攻め込んきた時に焼失してしまったからである。

 ちなみに旧首都アストリアはその後魔物の攻撃を受け続けて放棄されてしまった。市民を見捨てて逃げようとした王族と当時の王様は都を出て行ったところで別の魔物の群れに殺されてしまったらしい。

 アストリア国民としては超恥ずかしい話だが、不幸にも王族たちが囮になってくれたおかげで国民が全滅するという結果にならなかったのは怪我の功名というものだろう。


 ではアダンは今どこに住んでいるのか?


 平民が暮らす住宅街のわりと小さな家に住んでいた。その家にはアダンと妻のソフィー、アダンの一人息子カインと妻のティナ、そしてカインの息子であるラファエルとその家族(嫁さんと子供一人)、レオナルド、ドナテルロ…合計9人だ。

 俺の感想を言わせてもらうと…はっきり言って狭い。子供の頃から英雄の家なんだから個人の部屋という物が欲しかった。

 今は長男のラファエルが家族で部屋を使っているので次男のレオナルドと三男のドナテルロは物置だった場所を自分の部屋にしていた。


 ちなみに次男坊ってのが俺、レオナルドだ。年齢は23歳、お世辞にもピチピチとは言えないが若者である。

 趣味は釣り、職業は自宅警備員。家族以外の女性と話をしたことがない、或いはその勇気もない童貞だが正直ずっとそのままでいいと思っている。

 原因は父親と兄だった。父親は外で英雄の後継者として堂々と振る舞っているが家の中では母親と妻のご機嫌取りばかりしている。いくら非童貞になったところであんな人間にだけはなりたくない。

 この前だって食後のお茶をこぼしたくらいで自分の母親から涙目になるくらい怒鳴られていた。


 その姿を見ながら勇者アダンは「昔はああじゃなかったんだ。こう人見知りをする深窓の令嬢でなあ…」と悲しそうに語っていたっけ…。


 きっと女なんて物はエッチしてモノにしてしまうよりも遠くから眺めて愛でているくらいが丁度いいのだろう。


 何?何をわかった気になっていやがるだって?下手に期待した分だけ辛い思いをする。…ははは、人生なんてそんなものさ。


 その日、俺は朝の十時くらいに目を覚ますと一階に降りて行く。朝食に何かを食べたいという気持ちがあったがウチは超高齢者が財布の紐を握っているので無理。キッチンに行けば多分リンゴとミルクくらいは残っていると思うのでそちらの方に向った。


 「おはよう…」


 ガチャリ。築二十年くらいの家なので年代物というほどではないが扉を開閉する度に音がなるのは仕方のないことなのだろう。問題は中身だ。俺は扉の外から居間を見渡す。


 (OKOK。家族はいない、と)


 祖父アダンは治療院で腰痛の治療。祖母ソフィーは町内会の顔役として定例会議に出席している。普段は商工会の会長として職人や商人たちから様々な相談を受けていた。最近では魔物による破壊活動が頻繁になって相談を受ける機会がさらに多くなっている。

 父カインは当然いない。最近は魔物だけではなく盗賊の出没によって騎士団の主導回数はさらに増えていた。食っちゃ寝ライフを満喫している俺は少しだけ肩身を狭く感じる。母アナも当然いない。実家は魔術を研究する魔術師ギルドの役員なので、魔術師だった俺の母親もまたギルドの役員兼研究員として第一線で活躍していた。俺には魔術の才能が皆無だったので仕事の事は知らないが若い頃はすごい魔術師だったらしい。ま

 兄ラファエルは親父とは別の部署で働いている最中だろう。ご苦労、ご苦労。家族というか俺と弟の前では尊大に振る舞うが外では礼儀正しい脳筋ゴリラとして人間ヒトの皮をかぶっている。マリア義姉さんは託児所に甥っ子ミケランジェロを預けて多分兄貴と一緒にいるだろう。二人は職場結婚をしているのだ。性格は兄貴と同じ脳筋ゴリラで俺はガキの時分よく殴られた経験がある。まあ基本的には優しい人なので熱くなると無茶ばかりする兄貴を任せておける貴重な人材だ。欠点は料理の腕前が壊滅的に駄目な事くらいだろう。

 最後に弟の…


 ふっ


 「ぎょわあああああああああああああああッ‼」


 俺は左耳に吐息を当てられ悲鳴を上げる。背後には俺の弟ドナテルロが立っていた。俺と同じ赤みがかった巻き毛の前髪をかき上げる。素材は変わらないはずだがコイツの方が圧倒的に異性にモテるのだ。


 「何をそんなに驚いているんだい、兄さん。兄弟同士の軽いスキンシップじゃないか?」


 そう言ってドナテルロはアイスブルーの瞳を片方だけ閉じた。


 「いいか、糞弟ファッキンブラザー。自分の気配を消して俺の背後に立つのは止めろ。次やったら俺は家の中で家出してやるからな‼」


 あくまで家からは出ない。それがクズニートの矜持だ。 


 「ところで兄さん。今日は朝イチで就職活動に行くって言っていなかったかい?」


 ドナテルロ《ヤツ》はポケットから兄愛という不吉なタイトルが書かれた手帳を取り出し、中身を確認している。おそらく俺の発言や予定について事細かく書かれているのだろう。キモイから止めて欲しい。


 「予定変更だ。今日は実家の内部を隈なく捜索する事にした。目下食料を確保する為に行動している。お前、何か食い物を持ってないか?」


 ドナテルロはシャツのボタンを外して妖しく微笑んだ。

 

 「そうだな。性欲と食欲は人間の同じ三大欲求なわけだから性的に…僕を食べるってのはどうだい?」


 「いらんわあああああッ‼」


 この通り弟のドナテルロはかなりの変態だが優秀な男である。いつものように遅めの朝食を俺に用意してくれた。


 「兄さん。昨日、血族の類人猿ラファエルが外に犬小屋を作っていたのを知っているかい?」


 ドナテルロは長兄を特に嫌っていて人類の仲間にさえ入れていない。毛深い男は生理的に駄目らしい。ひでえ話だ。


 「おーおー。何かそんな事をやってたな。犬でも飼うのか?」


 犬か。まあこんな世の中だ。魔物がやって来た時に存在を知らせる番犬くらいにはなるかもしれねえな。流石は俺の兄貴、細かい気配りが出来る男だぜ。

 だがドナテルロの顔はいささか厳しい。何か気になる事でもあるっていうのか?


 「新しい兄さんの家だってさ。お祖母ちゃんが言ってたよ」


 「ババアッッ‼俺にはもう人権すらねえのかあああッッ‼」


 「だって兄さん、もう五年もニートやってるじゃないか‼いい加減、僕に永久就職するとか考えなよ‼」


 …最後の方は聞かなかった事にした。俺は五年前、エリートだった。兄ラファエル以上の秀才でストレートに王立大学に進学するはずだった。だが受験ですっ転んで浪人生をやっている間に世の中は魔物だらけになって勇者の孫ってだけで優遇されるバラ色の未来は消え去ってしまったのである。そこで俺は「こんな世界でまともにやっていけるかバーロー‼」と自棄やけっぱちになってしまい今に至るというわけだ。


 そして今俺は人間としての尊厳さえ失おうとしている。


 はっはっは‼どうだ、凄いだろう‼

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