第7話 英雄

「実は俺……ケンタウロスを知らなかったんだ」


 神・ディファロスは泣きじゃくりながら言った。

 今回の件で始末書を書き、今の今まで、神業界でお詫び行脚していたらしい。


 悲壮感と憔悴。

 ドラセナに謝り続ける姿に、もはや神の威厳はない。


 しかも状況は最悪だ。


 サロルド軍は今、ローレンス城を2万の大群で取り囲んだ。

 明朝に総攻撃し、王国もろとも滅ぼすのだという。


 だが、その状況を知っても、今のドラセナにはどうすることもできない。


『このドラセナには、がございます‼︎』


 不意に鼓膜を自らの声が揺らす。

 それは、ドラセナが数時間前にマーカム王に直言した言葉だ。


「秘策か……」


 自嘲するように繰り返すドラセナ。

 だが、その瞬間、脳を電撃が貫いた。


「あっ‼︎」


 眼前で号泣するディファロスも顔をあげる。

 これ以上ない秘策が、ドラセナの脳内で今、きらめいていた。


「ディファロス、いけるぞ‼︎バッカード大草原に国中の馬たちを集めてほしい‼︎」


 馬。


 馬。


 馬。


 野外ライブ会場さながら。


 数時間後、バッカード大草原は馬たちで埋め尽くされていた。

 青鹿毛、鹿毛、栗毛、白毛、芦毛……

 色とりどりの馬体。


 計3万頭の馬たちに向かって、馬人間ドラセナは声を張った。

 無論、馬語である。


「我が名は最強馬•トゥレネ」


 そうドラセナが叫んだ瞬間、場が一気に静まり返る。


 数秒後。

 いななきが大地を揺らした。


 トゥレネは王国の頂点に君臨する馬だ。

 いわば、馬界ばかいのプリンスである。


 トゥレネに扮したドラセナは演説を続ける。


「我は人間と融合しこの姿を得た。この国は今、存亡の狭間にいる。超大国サロルドが攻め込んできたためだ。彼らは知っての通り、我らを好んで食う馬食うまくびとである。もし今、このウマリティ王国が彼らの手に落ちれば、我らの運命も明るくはないだろう。我はこの王国を守るため、サロルドと戦う‼︎そのためにこの姿になった‼︎賛同するものは我を背に乗せ、一緒に戦ってくれ‼︎」


「ヒヒヒーン」


 賛同の意。


 3万頭のいななきが大草原を駆け抜ける。

 反撃の狼煙のろしが上がった瞬間だった。



「敵襲‼︎」


 闇夜。

 狼狽する声が四方八方から聞こえる。


 ローレンス城を2万人の大群で包囲し、明朝に一気に攻め滅ぼす。

 勝ちは目前。


 その夜、サロルド軍は酒宴を開き、油断し切っていった。


「数万の大群です‼︎」


 誰かが言った言葉に宴席はたちまち大混乱に陥る。


 馬群の足音といななき声。

 突然の夜襲に、サロルド軍は慌て、総崩れ。


 無論、奇襲をかけたのはドラセナが率いる3万の馬たちである。


 軍師と化したドラセナの指示で、波状攻撃を仕掛ける。

 馬しかいないのだが、闇夜と混乱でそれに気付く者はいない。


 馬は夜目よめが効く。

 逃げ惑う敵軍を500キロの馬体から繰り出される後脚キックで撃退。

 混乱の最中、敵軍大将のファオンも、馬に踏み潰されて死んだ。


 翌朝。

 ウマリティ王国の家臣団は、城の眼下に広がる光景に息を呑んだ。


 取り囲んでいたはずのサロルドの2万の大群はいなくなり、無数の死体と陣営の残骸のみが散らばっていたからだ。


「一体何が……」


 いぶかる家臣団に向かって、傍のマーカム王は笑って言った。


「ドラセナじゃ」


 全員の訝るような視線がマーカム王に向く。


「昨夜、我が夢にディファロスという神が出てきた。彼曰く、トゥレネに跨ったドラセナが1人で夜襲をかけたとのことだ。今は残党狩りをしているそうだ。全く……凄き男よ」


 マーカムは微笑む。

 それから、まだ状況を飲み込めない家臣団に向かって言う。


「さぁ、我らもドラセナに加勢するぞ。戦支度を整えよ‼︎」



 その昔、ウマリティ王国に最強戦士あり。


 超大国•サロルド共和国とのいくさにて、愛馬・トゥレネとともに単騎で夜襲をかけ、2万の大群を打ち破ったという。


 その後、彼を見た者はいない。

 だが、王国存亡の危機の際には、闇夜に紛れて現れ、必ず危機を救ったという。


 他国まで名をとどろかせた英雄。


 その名は「モエ・ドゥ・ドラセナ」である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

馬人間ドラセナ 神様の勘違いで最強戦士が逆ケンタウロスに 松井蒼馬(旧・萌乃ポトス) @moenopotosu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ