第6話 一体どうすれば

「魔物を排除せよ」


 狂気に満ちた表情で襲ってくる兵士や住民から逃げ続けて数時間が経った。

 森の中でドラセナはようやく走るのをやめた。


 空は白み始め、1日の始まりを告げるように小鳥たちがさえずる。

 ローレンス城から東に15キロ。

 「バッカードの泉」まで辿り着いたドラセナは、透き通る森の泉の前で両膝をついた。


 喉が渇き、水を渇望していた。


 重すぎる頭を屈強な下半身で支えつつ、ドラセナは水面みなもに向かって口を近づけた。


 ゴクリゴクリ。


 カラカラに乾いた体に水が染み渡る。

 あまりの美味さに喉が鳴る。


 目を開ける。


 やはりか……。


 水面に自らの顔が反射していた。


 漆黒の毛色にトレードマークの額の流星。

 それはまさしくトゥレネの頭だった。


 ドラセナは全く驚かなかった。

 この数時間の出来事を通し、自分が馬人間になったのだと悟ったからだ。

 むしろ、ようやく追い回された理由が分かったことへの安堵感さえあった。


「魔物を殺せ‼︎」


 皆がそう叫んでいた。


 水面に映った自分の顔を凝視する。


 「ふっ」と笑いがこぼれる。


 確かにこれではウマリティ童話に出てくる漆黒の魔物そのものではないか。


 逃げる道中で、腕がないことにも気付いた。

 嗅覚や聴覚は研ぎ澄まされ、視界はほぼ全方位を見渡せる。


 走りながら、ドラセナは確信した。

 自分は馬人間になったのだと。


「神・ディファロスよ……」


 走りながら何度も語りかけたが出てくることはなかった。


 神にも見放された。

 そう思った。


 水を飲み終え、この数時間の出来事を思い出すと泉の如く疲れが溢れた。

 ドラセナはその場で寝転がる。


 新緑の森の合間から見える空に向かって言う。


「俺は一体どうすれば良いんだ……」

 


 ちょうどその頃。

 ローレンス城は混乱していた。


「ドラセナはいずこへ……まだ見つからんのか?」


 マーカム王もさすがに動揺の色を隠せない。

 意図せず語気が強まった。


・放牧地への隕石の飛来。


・直後の魔物の出現。


・ドラセナとトゥレネの失踪。


・刻々と迫り来るサロルド軍。


 さすがに慌てない方がおかしい。


「ドラセナは既に敵国の軍門に下り、裏切ったのでは?」


 家臣団からはそんな噂も出ていた。


「マーカム王様、申し上げます‼︎」


 声がマーカムの鼓膜をつんざく。

 早馬はやうまでローレンス城に帰還した兵だった。


「サロルド軍は次々と主要砦を陥落。20キロ東の距離まで近づいております‼︎夕刻にはここローレンス城に到達します‼︎」


 片膝をついて一気に捲し立てるように声を張った。


 予想遥かに上回るペースでの進軍。

 重い空気が王の間に滞留した。


「敵に備えよ‼︎戦支度いくさじたくをせよ‼︎」


 マーカムは、下を向く家臣団に向かってげきを飛ばす。


 足早に王の間から出ていく家臣団の背中を見送ってから、マーカムは上を仰ぐ。

 ポツリ吐いた。


「ドラセナよ、我は一体どうすれば良いのじゃ……」

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